大暴走
ラング准将がバグって(?)しまったので、祐奈はグロリアとバーバラのほうに視線を向けた。
二人の喧嘩はヒートアップしていき天井知らずだった。とうとう掴み合いに発展してしまったので、善良な修道女二名が必死で引きはがしにかかっている。
しかし一人は老齢で、一人はとても痩せていたものだから、パワフルなあの二人に勝てるはずもないのだった。
老齢のほうはバーバラに後ろ足で蹴飛ばされ尻もちをつき、痩せているほうはグロリアが繰り出した裏拳を浴びて悲鳴も上げずに引っくり返ってしまった。
これを見た祐奈は瞬間的にブチ切れてしまった。酒の勢いもあったのだろう。(たぶん)
……祐奈の名誉のために、ここは酒のせいということにしておいたほうがいいかもしれない……
「いい加減にしろー!」
祐奈はラング准将の拘束を振りほどき、腹の底から怒鳴った。
それでも二人が聞こうとしないので、すぐさま雷撃を放つ。
グロリアとバーバラは中空に眩い光が弾け、次いで小卓が吹っ飛ばされたのを見て、あんぐりと口を開けた。ドカンという結構な破壊音が響いたから、愕然としたようだ。
――祐奈はふらりと足を進めた。呪文名を唱えていないけれど、キレている状態の彼女は放電を続けていた。
パチパチ、パチパチと拳大の火花があちこちで弾け、眩しいくらいだった。
そのうちの一つがバーバラの髪を弾き、頬に当たったようだ。パチッと瞬間的に刺激を感じた程度のはずなのに、バーバラは大袈裟に喚き立てた。
「い、痛ーい! なんなのこれ」
他の火花が今度はグロリアの丸いおでこに当たった。
「きゃあ痛い! ひどいじゃない!」
祐奈はふらつきながら足を進め、二人のすぐ前までやって来た。グロリアとバーバラは化け物でも見るかのようにヴェールの聖女を見つめている。
彼女たちが怒りと不満の感情を抱えているのは明らかであったが、それよりも恐怖の度合いのほうが強いのか、飛びかかっては来ない。
祐奈は小柄なグロリアを指差し、こう言い放った。
「どちらを朗読者にするか、決めろ、決めろとせっついて。なんでそんなに高圧的なの? 他人のことを馬鹿、馬鹿言うなんて、思い上がりもはなはだしいですよ!」
グロリアの手に放電が当たると、彼女は小さく飛び跳ね、悲鳴を上げて祐奈を睨み返した。
次に祐奈はゴージャスなバーバラを指差した。
「やれ『お酒を用意しろ』だの、『紅茶に砂糖を入れるな』だの、『今日は気を利かせて入れろ』だの……あなた何様なんですか!」
「私は使えない下僕を教育しているだけで――」
「あなたにそんな権利はない。そのくらい自分でやりなさい。ここにいる修道女はあなたの奴隷ではありません」
「そんなこと、お前ごときに言われる筋合いは」
バーバラのそばで放電が起き、さすがに彼女はその口を閉ざした。しかし瞳にはまだ反抗心が満ち満ちている。
彼女の山のように高い自尊心のおかげで、これまで一体何人の善良な人々が泣かされてきたのだろうか?
「あなたたち、他人に嫌味を言わないと死んじゃう病気にでもかかっているのですか?」
祐奈が厳しい目でふたりを見据えると、ゴージャスなバーバラが一歩前に出て、長い髪を振り乱しながら反論してきた。
「ふざけんじゃないわよ、こっちはね、相手がズレまくっているから、親切で教えてあげてるの! 私は正しいことをしているし、相手は至らない点を反省するべきでしょ!」
「自分が絶対に正しいと思い込んでいる時点で、あなたの感覚はすでにズレているんです――根本的にズレている人から、うるさく指摘されるほうの身にもなってください」
「なんですって? そんなことない! 私は優秀だから、相手のだめな部分にも色々気づけるんだから」
「いいえ、あなたは他人の能力を多角的に理解することができず、一方的に敵視しているだけ。能力が優れている人は、無害な他者にいちいち駄目出しなどしないものです――だって自分を高めることに大忙しで、ネガティブなことに使う時間なんてないから。つまり他人の文句ばかり言っているあなたは、肝心の自分自身に目が行き届いておらず、成長できるチャンスを一生逃し続ける人だと思います。そんな残念な人からのアドバイス、誰も必要としていません」
「私はこれ以上成長する余地のない、優れた人間よ! 現に皆、私を尊敬してる!」
「ねえ一度、客観的に考えてみてください――真面目に生きている誰かにケチをつけて、嫌がらせばかりするような人間を、一体誰が好きになると言うのですか?」
祐奈はバーバラとの長い口論を経て、胃のむかつきを覚えていた。
言葉が届きそうにない……同じ言語を話していても、心が通じ合うことは未来永劫ないだろう。
バーバラもグロリアも狂信的に『自分が一番正しい』と信じ込んでいる。
この人たちの怒りが尽きることはない。怒りの原因は外ではなく、彼女たちの内に根を張っているからだ。鬱屈した感情――自身のコンプレックスや、上手くいかない現実への不満、それらを持て余して、目についたものに叩きつけているだけ。
他者を罵り、傷つける行為を、命ある限り続けようとする人たち……正直なところもう関わり合いになりたくない。
そう――すぐに旅立ってしまう祐奈はいいのだ――『もうこの人たちとは関わらない』というのを自分で決められるから。
しかしここに残る人たちにとって、彼女たちの攻撃的な在り方は、害毒でしかない。
「ふざけるんじゃないわよ! 嫌われ者のヴェールの聖女が、偉っそうに」
「そうよ、とっとと出て行け、このクソ女!」
自分が一番偉い、自分が一番正しいと信じているグロリアとバーバラは、ヴェールの聖女に対してこれ以上ないほどの反感を覚えているようだ。
祐奈は酒で血流が良くなっているせいもあり、魔力制御が難しくなってきていた。
放電がひときわ大きくなる。そうなってやっとグロリアとバーバラは不安そうな顔付きになった。
今や放電されたものが二人の頭上で不気味な音を立て続けており、グロリアもバーバラもそれを避けるために、段々と中腰になりつつあった。
祐奈は背筋を伸ばし、童顔なグロリアを見つめた。人から『顔はいまいちだが、とびきり賢い娘』と呼ばれている彼女に告げる。
「グロリア――あなたは言われているほど醜くないけれど、天才ではない」
次に祐奈は派手なバーバラのほうに視線を移した。人から『顔は美しいが、とびきり馬鹿な娘』と呼ばれている彼女に告げる。
「そしてバーバラ――あなたは確かに愚かだし、その上たいして美人でもない」
しん、とその場が静まり返った。
「あなたたちには学びが必要です。どうかもっと謙虚になってください」
祐奈の厳しい言葉が響き渡ると、暴力を振るわれた二名の修道女たちが、『溜飲が下がった』とばかりに、こっそりと口角を上げた。




