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038_今孔明

 


 一向衆との戦いは終わった。

 俺たちは七千人の一向衆を皆殺しにした。

 こうなると歴史はかなり変わってしまっているので、今後のことは暗中模索になる。


 今回のことで、長島城の伊藤氏は願証寺の影響力を排除しようとしているらしい。

 尾張に攻め込んできたのが、願証寺の影響力の強い者たちだったから、伊藤氏にはちょうどよかったのだろう。

 しかし、願証寺も黙ってはいない。

 今回の敗戦は伊藤氏が兵を出さなかったからで、その責任は伊藤氏にあると言っているらしい。


「半兵衛、この諍いを利用できないか?」

「さすがは殿です」

 なんか褒められた。

「願証寺と伊藤氏の不仲を決定的にする策があります」

「その策とは?」

 俺がそう聞くと、半兵衛はたたずまいを正す。どうした?


「殿、殿が知らなくてもよいこともあるのです」

 ん? それはつまり俺に話すのが憚られるような策なのか?

「裏の部分はこの半兵衛が全てお引き受けいたしますので」

「………」

 俺がそういったことに向いていないのは、自分自身が一番分かっている。だけど……。

「半兵衛」

「はい」

「俺はお前ほど頭が切れるわけではないし、汚いことは嫌いだ」

「………」

「だからと言って、全てをお前に押しつけるほど俺は甲斐性がないか?」

「……いえ、そのようなことは」

「お前から見れば、俺は頼りないかもしれないが、俺に関することは俺自身が責任を負う。だから、話せ」

「……分かりもうした」

 俺は半兵衛の求めに応じ、耳を出した。

 ごにょごにょと半兵衛が耳打ちをするその内容に、俺はちょっと引いた。


「それは……」

「これを行うは一向衆の門徒どもです」

「うむ……」

 半兵衛はかなりドライな考えの持ち主だ。

 今回の策も俺なら絶対にやらないが、効果はあると思う。

「分かった。半兵衛に任せる」

「はっ」

 半兵衛にだけ負担を負わせるのだけはダメだ。

 俺が判断を下した以上、その責任は俺にある。そう、俺が責任者なんだ。


「それはそうと、桑名を抑えておかなければ、なりますまい」

 俺たちが戦っているのは尾張の国と伊勢の国の境付近だ。

 木曽三川(きそさんせん)と呼ばれる、木曽川、長良川、揖斐(いび)川があって、その三つの川の輪中に長島城がある。

 そして、桑名は長良川と揖斐川の合流地点から伊勢側にあって、三つの城がある。その三つの城が桑名三城と言われる城だ。


「抑えるとは?」

「我らが長島を攻略する間に、桑名三城から援軍が出ないようにしておくのです」

 桑名三城は伊藤氏の東城、樋口氏の西城、矢部氏の三崎城がある。

 他にも桑名には多くの城砦があるが、今、半兵衛が言っているのはこの三城のことだ。

 そう言えば、実史では永禄十年に信長様が稲葉山城を奪取した時に、斎藤龍興が伊勢に逃げたことで信長様が桑名に手を出したんだよな?


「どうするのだ?」

「手紙を出しましょう」

「手紙? そんなものでこちらに三氏が味方するとは思えんが?」

「味方にするのではなく、お互いにお互いを監視させるのです」

 なるほど、手紙を受けたことで織田家と繋がっているのではと、他の二氏に思わせるわけか。


「上手くいくか?」

「上手くいかせるのです」

 なんか、半兵衛が言うと説得力のある言葉だ。

 俺が言っても誰も上手くいくと思わないだろうが、半兵衛なら上手くやると思ってしまう。


 永禄九年五月。

「かかれぇぇぇっ!」

 俺たちは長島城を攻めている。

 願証寺と伊藤氏の関係が悪化して、お互いに争ったところを突いた形だ。

 なぜ願証寺と伊藤氏が争ったかというと、伊藤氏の娘が願証寺の僧に乱暴されて殺されたからである。

 この裏に鯏党がいるのは言うまでもないが、鯏党は手を出していない。

 伊藤氏の娘が出かけるのにあわせて、織田家臣の娘が伊藤氏に輿入れするという噂を流した。それ以外には何もしていない。これだけは本当だ。

 しかし、半兵衛の思惑通り願証寺の生臭坊主たちは動いてくれた。

 生臭坊主たちは織田家臣の娘と思いこんだ伊藤氏の娘を攫い弄んだ末に殺した。

 それを知った伊藤氏が願証寺を焼き討ちしたのだ。

 このことで、伊藤氏は一向衆とは相容れない存在になってしまったのだ。

 半兵衛の知略が恐ろしい。


 殿はやっと長島城を攻めることができると、嬉しそうだ。

 だが、そう簡単にはいかない。

 長島城は輪中に造られた城だ。城を攻めるには川を渡っていかなければならない。

 仮に兵糧攻めをしても川を通って補給ができるので、なかなか難しい。


「一益!」

「ここにっ!」

「一隊を率いて、あの浅瀬を渡り、七郎左衛門を援護しろ」

「承知しました!」

 殿の命で滝川様が走っていった。

 現在は信辰が兵を率いて長島城を攻めているが、やはり攻めにくい城のようで、信辰は攻めあぐねている。

 それも仕方がない。川を渡るのに苦労する上に、城からは矢が飛んでくるのだ。

 滝川様が部隊を率いて、援軍に向かった。


 俺は殿のそばで、殿のお守りだ。

 前回の防衛戦で活躍したし、今回の長島攻めのお膳立てもした。

 だから、今回は信辰や滝川様に戦功を立てさせようというのだ。

「勘次郎、どう見る?」

「敵も後がないので、必死でしょう」

「つまり、長引くと?」

「さて、意外とあっさりといくのでは?」

「……何を隠している?」

 あら、殿も意外と勘がいい。


「……分かりました。半兵衛、説明を」

「はい。今回、長島城の中には我らの手の者が潜んでおります」

「なんだと!?」

「もう少し、佐久間様と滝川様が城に接近したら、城内で騒ぎを起こす手はずになっています」

「まったく……。勘次郎、上手くいったら褒美は弾むぞ」

「ありがとうございます」

 俺は何もしていないんだけどね。

 全て半兵衛と鯏党でやってくれた。俺は半兵衛に任すと言っただけだ。


「む、動いたぞ!」

 殿が城内の異変に敏感に反応した。殿も結構楽しみにしていたようだ。

 城門が開いて、信辰の兵がなだれ込んだ。

 少し遅れて滝川様の兵も城内へ入っていく。

 城門さえ抜けてしまえば、後はこっちのものだろう。


「勘次郎、俺もいってはダメなのか?」

「今、殿がいけば七郎左衛門殿と滝川様が殿に手柄を盗られたと思いましょう」

「むぅ……」

 いい子だから我慢してくれ。


 

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