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036_今孔明

 


 永禄九年三月。

「雲慶、利益、兵はどうだ?」

 長島を攻めるには半兵衛の知略だけではダメだ。

 だから、俺は持てる財力の全てを使って兵を養っている。その数は二千人にもなる。

 殿の兵が千五百なので殿の兵力よりも多くなっているが、それは目を瞑ってもらうしかない。

 それで、俺の兵は毎日雲慶と利益によって鍛えられている。


「南無阿弥陀仏。順調ですぞ」

「精鋭とまでは言えないが、練度は高い」

 まだ精鋭までにはいたっていないか。

 鯏党から長島の一向衆に動きがあると報告があった。間に合わないかもしれない。

「このまま訓練を続け、精鋭に鍛えてくれ」

「南無阿弥陀仏。承知」

「任せろ!」


 実史では元亀元年(1570年)に殿は死んでいる。

 だが、それよりも四年も早い永禄九年に動くのか? そこまで歴史は変わってしまったのだろうか?

 変化が加速している? まさか……。


 その一カ月後のことだった。


【ミッションコンプリート】

『ミッション、精鋭兵を鍛え上げよう! をクリアしました。報酬としてプレゼントをランダムで三個獲得しました』


【ランクC】

 ・鉄砲×10


【ランクD】

 ・火薬(1箱)×10

 ・鉛玉(100発)×10


 鍛えていた兵士たちが精鋭認定されたようだ。

 しかし、喜んでばかりもいられない。


「数は?」

「およそ七千」

 貞次の報告によって、長島の一向衆が農民を集めこちらに向かっていると分かった。

 長島一向一揆の始まりだ。


「すぐに兵を集めよ。それと殿と滝川殿にも連絡だ」

「はい!」

 貞次は音もなく部屋を出ていった。

「殿、我らは手はず通りに」

 半兵衛はあれ以来、顔色がいい。

 乱取り稽古をしても息があがることもなく、それどころか細身の体が逞しくなってきた。

 薬が効いて本当によかった。


「俺たちは夜陰に紛れるぞ」

「「「「「はっ!」」」」」

 清次、雲慶、伊右衛門、利益が準備のために部屋から出ていく。

 残ったのは俺と半兵衛の二人だ。


「半兵衛、あの策はどうなった?」

「問題ありません。一向衆は疑心暗鬼になっております。その証拠に半数以上は動いていません」

 織田家の調略によって内応した者がいるのではないかと、一向衆の中で疑心暗鬼が芽生えている。

 一向衆が本気になれば二万は軽く集まる。今回はその三分の一の七千しか動いていないことが調略の結果なのだ。

 とはいえ、こちらは殿と滝川様の兵を集めても四千。倍近い戦力差だ。


 その日の夕方。再び貞次が情報を持ってきた。

「一向衆は兵を三つに分けました」

「予想通り、古木江、鯏浦、蟹江に戦力を分けましたか」

 貞次の報告に半兵衛が頷いた。

 服部党の本拠地だった荷ノ上城は破却しているので、そこには向かわないのは分かっている。

「この鯏浦には二千、蟹江には千、古木江に四千が向かっています」

 一向衆の狙いは殿か。だけど、そうはさせない!


 俺は立ち上がった。

「出陣だ!」

「「はっ!」」

 半兵衛と貞次が頭を下げた。


 二歳になった勘一郎を抱き上げる。

「ちょっといって悪い奴らをぶっ飛ばしてくるからな。何も怖いことはないぞ」

 勘一郎に話しかけているけど、俺自身に言い聞かせているのだ。

 戦争なんかしたくないけど、悲しいかな戦国の世なんだ。

 俺は死にたくもなければ、家族を殺されるのも嫌だ。

 だから、俺は敵を殺す。


「旦那様、お気をつけて……」

「お由。勘一郎を頼んだぞ。なぁに、俺は死なない。必ず生きて二人のところに帰ってくるから、安心しろ」

「はい」

 右手に勘一郎を抱き、左手でお由を抱き寄せる。

 うん、この暖かな場所が、俺の帰るべき場所なんだ。


 暗闇の中、俺たちは移動している。

 一向衆が野営している場所は貞次によって分かっている。

 暗闇の先に明かりが見え始めた。あそこに一向衆がいるのだ。

「清次、いいか?」

 清次は強襲夜襲部隊を任せている。

 夜陰に紛れて敵を強襲するために育ててきた部隊だから、俺の部下の中では最精鋭といっても過言ではない部隊だ。

「もちろんです」

 清次の目が怪しく光った気がした。


 清次の部隊が消えていく。

 十分もすれば、一向宗に清次の強襲夜襲部隊が突撃するだろう。

 その後、一向衆が混乱したところに、俺たちが攻撃を開始することになっている。

 俺たちが一緒に動くと物音がするから、時間差での攻撃になっている。

 しかし、清次の部隊は音もなく動いてすごいな。

 あれほどの無音行動なら一向衆も気づかないだろう。


「南無阿弥陀仏。そろそろですな」

「お前、こんな時くらい南無阿弥陀仏は止めろよな」

「口癖にて、なむ……」

 雲慶は南無阿弥陀仏と言っているが、一向衆ではない。

 ただのエセ坊主だから宗教は関係ないのだ。


「始まったようです」

 半兵衛の言葉通り喧騒が聞こえてきて、一向衆が焚いていた篝火が倒れたりしている。

「よし、いくぞ!」

 俺は刀を抜き、一向衆に向けて走り出した。


 一向一揆というのは、一揆というくらいなのでほとんどが農民だ。

 その農民が越境して俺たちの土地で我が物顔をしている。

 一揆は搾取する支配者と戦うために立ち上がるのが筋だが、こいつらは違う。

 自分たちの、一向衆のための国を造るために立ち上がった奴らだ。

 宗教ではなく、欲によって動いた奴らだ。

 俺も自分の欲によって戦っているが、一緒にだけはしてほしくない。

 宗教を隠れ蓑にして、無知な民を扇動する生臭坊主とだけは一緒にしてほしくない!

「歯向かう者は切り捨てろ! 容赦するな!」

「おう!」


 俺だってこの土地では新参者だが、一向衆を認めるわけにはいかない。

 こいつらを認めると、日本全国に一向一揆の勢力が広がっていく。

 こいつらは武士とは違って思想によって突き動かされている。

 死ぬのは怖くない。怖いのは極楽浄土にいけないことだ。

 そして、極楽浄土にいくために、こいつらは他の者から奪うのだ。

 そんな奴らを野放しにしては、多くの人間が地獄の苦しみを味わう。

 こいつらは鬼だ。地獄の鬼なんだ。


 混乱している一向一揆衆に突撃した。

「おらぁっ! 皆殺しだ! 地獄に落ちろ! 亡者ども!」

「殿に遅れるな! 地獄の亡者どもを皆殺しにしろ!」

 いいぞ伊右衛門!

「地獄の鬼どもを叩き潰せ!」

 そうだ、雲慶!

「この前田利益が地獄の閻魔になり代わって、亡者どもを退治する!」

 利益は芝居がかってるな。

「亡者が跳梁跋扈する世界を許容するわけにはいかぬ!」

 大げさだぞ、半兵衛。


 

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