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見習い従者とメイドくん  作者: arty
第1話:ガーデンパラソルとメイドくん
13/27

2-4. フローマス騎士団1

 シャルロの行きつけである青空市場は、東街区の一画にある。

 大通りから一本奥に入った裏通り。

 公共スペースであるはずの路上には、無認可の不法屋台が所狭しと建ち並んでいた。

 悪名高い東街区であっても、市場の全てがブラックマーケットだというのは偏見だ。

 大半の露店で扱っているのは、ごく普通の日用品や食料品の類だった。


『オレンジ一つで銅価一枚ですか。店主、それは適正価格と言えるのですか? ぶち殺しますよ?』


『勘弁してくださいよ、旦那。うちは産地直送の高品質が売りでして。ほら、香りからして違うでしょ? 一つ差し上げますから、試食どうです?』


『おや、催促したつもりはなかったのですが。ありがたくいただきます』


 果実店の軒先で店主とやりあっているのは、鎖帷子の上から濃緑の制服を着込んだ短髪の女性だった。

 生真面目そうな女性で、鋭い目付きに油断ならない光を宿す。

 この辺りは東街区でも特に、王国系の移民が多い区画。

 交わされる言語も王国語だ。

 オレンジを受け取った女性は、自分の服でごしごしと擦ると皮のまま齧り付いた。


『ん、確かに美味です。まあ、いいでしょう。今日は取り締まりに来た訳でもありませんし』


 女性が僅かに口元を緩める。

 店主も愛想笑いを返そうとして、顔が引きつってしまった。

 フローマス騎士団。

 それも正騎士が訪れるなど非常事態すぎる。


 騎士団は東街区にうるさく口出しをしない。

 代わりにその住民を保護もしない。

 それが不文律だったはずだ。

 慣習を破って土足で踏み込んでくるということは、それだけ今回の事件に力を入れていることの証。

 どんな理由にしても、店主にとっては迷惑な話だった。

 正騎士ともなれば、普段この辺りで見掛ける平民出身の徴集兵とは持っている権限が違う。

 うっかり対応を誤れば、店主の不法屋台など簡単に取り潰されてしまうだろう。


『本題に戻りましょう。良く見て下さい。その顔、本当に最近は見掛けていませんか?』


 オレンジの汁がついた指先を舐めながら、女騎士がチラシを指差しつつ回答を促す。

 騎士と言っても、所詮は地方領主に仕える下級貴族。

 宮廷で社交ダンスを踊るような優雅さとは無縁だ。

 どちらかと言えば、戦場で剣を振るっている方が似合っている。


 表情の下からチラリと覗く容赦のなさは、その辺のマフィア顔負けだった。

 いや、融通が利く分だけマフィアの方が百倍はマシだろう。

 国家権力とは、最強の暴力機関でもある。


 店主の手に握られているのは、重要参考人の手配書だ。

 そこには若い男の顔が、報奨金の金額と共に描かれている。

 見覚えはあった。

 以前このストリートに居着いて、似顔絵描きを生業としていた若者だ。

 絵描きは移民街でも天涯孤独な身で、店主も特に親しくはなかった。

 恨みもないが、助けてやる義理もない。

 その所在を知っていれば、店主は尻尾を振って情報提供しただろう。


 しかし、本当に知らないのだから提供出来る情報もない。

 緊張する店主の表情を、ねっとりと睨み付けるように観察する女騎士。

 やがてシロだと判断したのだろう。

 すっと身を引くと、嘆息混じりに肩をすくめてみせた。


『知らないのならそれで構いません。ただ、もし見掛けたらすぐに連絡を下さい。隠し立てなんてしたら、ぶち殺しますからね?』


 女騎士が銅貨を一枚放り投げた。

 そのまま果実店に背を見せると、隣りの露店へと足先を向けてくれる。

 はーーっと店主は安堵の息を吐いた。

 見渡すとストリートには、彼女の部下と思われる傭兵達の姿がちらほらと見える。

 かなり本腰を入れた捜査体制を敷いている様子だった。


『あは、店主さん災難だったですね』


 騎士達が居なくなった頃合いを見計らうようにして、果実店の軒先にひょっこりと可愛らしい顔が覗いた。

 東街区には珍しい、綺麗な身なりをした子供のメイドだ。

 まず目に付くのが、蒼い光を湛えた瞳。

 透けるような白い肌は、桃色にうっすらと色付いていた。

 日の光にきらきら輝く銀髪を三つ編みにまとめて、ちょこんとカチューシャを乗せている。


『おう、シャルロちゃんじゃねぇか!』


 先程までの緊張ぶりが嘘のように、果実店の店主が明るさを取り戻した。

 豪快に笑いながら小さな頭を乱暴に撫でつける。

 シャルロと呼ばれたメイドが、くすぐったそうに首を竦めた。

 シャルロの身につけたメイド服は見るからに高級品で、ボロ布を纏ったガキ共が多い東街区ではかなり浮いている。

 それもそのはず。

 シャルロはこれでも、領主の屋敷であるヘイウッド邸の正式な使用人だった。


『あの、それでですね、今日はオレンジを四つほしいのですよ』


『はっはっはっ! 四つなんてケチなこと言わねぇで、好きなだけ持っていきな!』


 あわわと瞳を白黒させるシャルロから手提げ袋を奪い取ると、店主がはち切れんばかりにオレンジを詰め込んでいく。

 そしてシャルロの薄い胸元へ、押しつけるように手渡した。


『おじちゃんの気持ちだからよ! 遠慮しないで受け取ってくれや!』


『こんなに持てないですよっ』


 シャルロが溢れそうなオレンジの山を抱え込み、落とさないよう必死にバランスを取る。

 あたふたする小さなメイドを温かな目で見守りながら、店主は満足そうに頷いた。

 そんな店主の耳を、ぬっと伸びてきた手が捻り上げる。


『痛ててててててて! 千切れる! 千切れるってば、おい!』


『あんた、また鼻の下伸ばして! なに店の商品、勝手にサービスしちまってるのさ!』


 店番を交代しに来た女将だった。

 尻に敷かれっぱなしの店主と比べて、どっちが店の主なのか分からないぐらいの貫禄っぷりだ。


『女将さん、こんにちはです。あの、これやっぱりお返しした方が良いですよね?』


『いいって、いいって。どうせこのバカが仕入れすぎたせいで、余るんだからさ。屋敷のみんなで食べてもらってよ』


 店主には厳しくても、シャルロには優しい女将だった。

 不公平すぎる。

 この露店市通りにおいて、シャルロは客でありながら看板娘的な扱いだった。

 店主連中からだけではなく、女将達からも好かれている。

 扱いの温度差に、店主は恨めしげな目を女将に向けた。


『そういえばあんた、さっきあの騎士様から何のチラシ受け取ってたんだい?』


『おう、これか』


 店主が懐からぐしゃぐしゃになった手配書を取り出した。

 シャルロと女将がその紙面を覗き込む。

 そこには印象の薄い顔をした、若い絵描きの姿が描かれていた。


『ふーん、確かにこの子、近頃は見掛けないね。一体、何をやらかしたのやら』


『目撃情報だけで金貨五枚ですか! すごいのですよ!』


 似顔絵の下に記載された金額に、シャルロの目が釘付けになる。

 ちなみに生け捕りなら金貨二十枚。

 貧民街の住人なら一年は軽く遊んで暮らせる金額だ。

 殺人事件の容疑者にだって、これだけの懸賞金は付かない。


『ほら、例の噂になってる騎士狩り事件の関連だよ。騎士団の面子が掛かっているからな。そりゃ連中も必死になる訳さ』


 声を潜めて店主が囁いた。

 フローマス騎士団の関係者ばかりを狙った襲撃事件。

 新聞を読めない店主のような下層階級でも、大まかな概要ぐらいは口伝えで耳にしていた。


『やだやだ、物騒なことで。あの絵描き、そんな大層なことするタイプには見えなかったけど。魔薬でもキメてたのかねえ』


『はー、それは恐ろしいお話なのですねー』


『シャルロちゃんも人ごとじゃないよ。あんた身なりもいいし、可愛い顔してるからさ。襲われないように気を付けな。この移民街でシャルロちゃんに手を出す輩は居ないけど、最近は余所者だって増えてるからね』


『おう、仮に襲われそうになったら、おじちゃん達を頼ってくれよ。ストリートの店主連合で、直ぐに駆け付けるからな』


『バカかい、あんた。襲われてからじゃ遅いよ』


『あは、お二人ともありがとなのですよ』


 本気で心配をする店主夫婦のやり取りを見て、シャルロがにっこりと微笑む。

 天使の笑みだ。

 思わず店主の頬もだらしなく緩む。

 そんな店主の足下を軽く蹴り上げながら、女将がシャルロを午後のお茶に誘った。

 しかし今日は屋敷に新しい客が来るということで、シャルロは早めに帰って準備に掛からないといけないらしい。

 女将は残念そうな顔をしたが、仕事は大切だ。

 無理に引き留めるようなこともしない。


『じゃあさ、今度来る時はゆっくりしていっておくれよ』


『はい! 必ずなのですよ!』


 ぺこりと頭を下げて、シャルロが果実店を後にする。

 オレンジを落とさないように、頼りない足取りでバランスを取る後ろ姿がまた愛らしい。

 そんな様子を見送りながら、女将がしみじみと呟いた。


『いやあ、それにしてもいい子だねえ』


『だろ? まじでシャルロちゃんは俺らのアイドルだぜ』


『だとしても、そのにやけた顔は気持ち悪いから止めな! このロリコン親父が!』


『痛ててててて! だから何度も耳を引っ張るなって! もげる! もげるぅうう!』


 シャルロの目がなくなった途端に、容赦のなくなる女将だった。

 その手が止まったのは、露店市通りの奥の方から悲鳴と罵声が聞こえてきたからだ。

 何事かと顔を見合わせる店主と女将。

 騎士団が揉め事を起こしたのかと思ったが、どうやら違うようだ。

 徐々に騒ぎが近づいてくる。


 それほど大きな市場でもない。

 騒ぎの元が果実店の前を通り過ぎたのは直後のことだった。

 通行人を次々と突き飛ばしながら、一人の若者が果実店の前を走り抜ける。

 通行人の一人が屋台へ倒れ込んできて、売りもののオレンジがばらばらと路上に転がった。


『馬鹿野郎! どこ見て走ってやがる!』


 倒れたままの通行人が、相手に怒声を投げつける。

 しかし若者の背中姿は、ストリートを端まで抜けて何処かの路地へと消えた後だった。


『速えー。なんつー脚力だ』


 店主が呆然と呟く。

 怒る気力が失せるほどの、見事な俊足だった。


『ねえ、あんた。今の走ってた子、もしかして……』


『ああ。目撃情報だけでも金貨五枚だっけか?』


 女将の声に、店主が頷く。

 若者が走り去った後を眺めながら、店主は手配書を握りしめた。

 騎士達はつい先程、露店市での聞き込みを終えて撤収したばかりだ。

 それほど遠くには行っていないはず。

 近くの大通りに馬を用意していないなら、走れば直ぐ追いつく距離に居るだろう。


『あんた! 早く騎士様を呼んできて! 金貨五枚だよ!』


『おう!』


 露店市に居る誰もが同じ事を考えたはずだ。

 皆が一斉に四方八方へと走り出す。

 移民街の露店市通りは一瞬で、蜂の巣を突いた様な騒ぎに巻き込まれた。

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