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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第五章 天を衝く咆哮
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"異形"の存在

 

 眷属発生における聖王国アルリオン半崩壊と人的被害の調査報告書


 聖王暦五百五十三年七月(ななつき)二十三、月の日。

 (かね)てより懸念されていた眷属がアルリオンの城壁を越え、聖王都への蹂躙を開始した。

 通常の魔物とは明らかに逸したその風貌と凶悪な力は、もはや魔物と呼べるものですらない。あれは既に別の存在と思われる。アルリオンに待機していた冒険者、聖騎士が討伐に向かうも軽々とそれを(ほふ)り、建築物を破壊して暴れ回る。

 これはその眷属によるアルリオン半崩壊と人的被害の調査を纏めたものである――。


「……なに……これ……」


 イリスには書いてある意味が理解出来なかった。いや、理解したくも無かったと言う方が正しい。有り得ない。こんな事が現実に起こっただなんて、有り得ない。

 いっそここに書いてある事が嘘であるなら、これほど良いことはないだろう。


 何枚かに纏められた報告書。

 最初に載っていたものは"眷属"と呼ばれる、魔物とすら定義されない異質なモノに踏み躙られた、聖王国の人的被害を含む被害状況と、それにおける影響を克明に書かれた内容のものだった。


 それによると、たった一匹のそれ(・・)に壊滅的な被害を被ったようだ。

 最終的な被害は、死者・行方不明者三千七百四十三名、内、熟練含む冒険者百二十五名、聖騎士八十七名、騎士百二十四名、重傷者四千三百六十九名、建築物の全壊・半壊が九千六百三十一戸と書かれていた。


 あまりのことに戦慄してしまうイリスは、震えが止まらなくなってしまう。


 続いて纏められていたものは、その蹂躙した魔物に関する報告書であった。

 内容を見てみると、やはりそれは異質と言わざるを得ないような存在で、それ(・・)あれ(・・)などの表記が多々されており、魔物とすら表現されていなかった。


 恐らくアルリオン北西部にある大森林最奥で、発生したのではないだろうかと予測はされたものの、詳しくそれを解明出来た者はいないようだ。突如現れたそれ(・・)に対処出来ず、多くの冒険者が屠られていった。ここに書いてある事が本当であるのならその存在は、どす黒い(もや)のようなモノを身に纏っているらしく、その風貌は異質、異形とまで書かれていた。

 当時の騎士や冒険者は練度が低く、対処しようにも、かなりもたついて倒されていったとあるが、その大きな理由がここに書いてあった。

 姿形も言えるらしいが、何よりも異質なのはその眼なのだそうだ。

 それに睨まれただけで戦意を喪失させるような強烈な威圧のようなものを感じ、動く事すらなく倒されてしまったとここには書いてあった。


 これにはイリスにも思うところがある。角兎(ホーンラビット)に初めて対峙した際の恐怖心だ。

あの時の感覚は今でもよく覚えている。全身がまるで凍り付いた様な恐怖が襲って来た。動けるだとか避けるだとか、そういう状況ですら無くなってしまっていた。

 ホーンラビットの攻撃を避ける事が出来たのは、あの時ミレイが叱咤してくれたお蔭だ。一人であったのなら、確実に今こうして生きていられなかっただろう。あれとの戦いで、覚悟を決める事が出来たが、魔物への恐怖心は拭えていない。

 スパロホゥクの時のそうだ。あれは無我夢中でネヴィアを救いたい一心だっただけで、恐怖心を克服出来た訳ではない。


 弱いと言われる魔物ですらそれだけの影響を受けるのだ。ここに書かれているモノが明らかに異質であるかが容易にわかる。これは対峙した人が弱かったからだとか、ましてや情けないだなんて事は絶対にない。この存在が圧倒的強者だからだ。

 こんなものが存在するとはとても思えなかったイリスであったが、王国は既に動き出している。大凡(おおよそ)、これの確認をした上での対応をしているのだろう。


 王国側が発行した号外には、大量の魔物が発生した為に討伐する必要があるという事と、危ないから城門から出ない事くらいしか書かれていなかった。

 恐らくはこの"眷属"なる存在についての情報を規制したのだろう。こんなものが街中に知れ渡ってしまったら、大混乱となってしまう。


 そして次に書かれたその存在の影響で、王国側がレスティに大量の魔法薬を依頼した事の意味が理解出来た。


 調査報告書の次に組み合わせるような形で重ねられた文献によると、その存在は周囲の魔物に強烈な威圧のようなものを放ち、まるでそれらを従えるように集めていくのだという。前兆として、魔物が逃げ惑う姿が目撃されてたとの報告があると書かれているが、詳しくは解明などされていないらしい。


 まるでその存在を取り囲むように、また従えるように大量の魔物を密集させて集めるその姿から、魔物を超えた存在と言う意味で、"魔王の眷属"と呼ばれたのだそうだ。その言い方にイリスは首を傾げてしまうが、正直なところ呼び名などどうでもいい事だ。

 問題はこの魔物を集めるようにする一点だ。


 もしこれが本当だとすると大変な事になる。

 フィルベルグ周辺にいる多くの魔物が、一挙に押し寄せてくるかもしれないという意味にも感じられた。


 次に書かれていたのはその存在の強さについての記述だった。


 聖王国アルリオンに現れた"眷属"と呼ばれる存在は、今で言う所のギルド討伐指定危険種と呼ばれている魔物と思われる存在よりも、遥かに凶暴なのだという。戦った時の情報がこの一件しかないらしく、強さについての詳しいものは載っていないが、ギルド討伐指定危険種同等か、それ以上ではと言われる存在のようだ。


 聖王国アルリオンを襲ったそれ(・・)は、見た目の近い魔物で言うのなら、リザルドと呼ばれる爬虫類の様な魔物に一番近い形状をしていたという。

 だが、その禍々しくおぞましいその風貌は、何物にも形容し難いと言われるほどの変貌を遂げており、全く違う種類の存在と言われてしまっているようだ。


 そもそも魔物と定義されていないと記述がある。実際にイリスが見た訳ではないので何とも言えないのだが、動物か魔物かという違いくらいにしか分からない事だ。そこに別の存在と言われても、想像する事すら出来なかった。


 一つ理解出来た事は、とんでもない怪物である、という程度だった。

 もはやこれはイリスの想像を遥かに超えてしまった存在だ。幾ら考えても恐らく理解する事など出来ないだろう。


 最後に載っていたのは、"眷属"による影響だった。


 これはただ単に君臨するような存在ではなく周囲の魔物を集めるだけでもない。

イリスがこれを見てまず真っ先に思った言葉は『最悪』というものだった。この文献に書かれている事が真実だと仮定すると、文字通りの最悪の存在と言わざるを得ない。


 それは周囲の魔物を凶暴化させるという事だった。


 聖王国アルリオン周囲で弱いとされるカエル型の魔物フロックであったとしても、倒すのに相当苦労したと記述されていた。

 もしこれが真実だとすると、こちらでいうホーンラビットも凶暴化し、強い存在として襲ってくるという事になる。ましてそれが森の奥にいるホルスやエーランドだとすると、一体どういう存在として現れるのか今のイリスには見当もつかない。

 そして更に悪い事がこの後に書かれているとは、イリスには思ってもみない事だった。


 スタンピード。

 集団的な魔物の大進行という意味になるそうだ。

 ある条件化で集まっていた大量の魔物が、一斉に一つの方向へ突き動かされる現象らしい。今回のような特殊な事例でもない限りは起こり得ない事のようだが、それでも今回それが起きる可能性が出てきてしまっている。


 そもそも魔物同士は一定の距離を縄張りとし、それに浸入したものを襲う習性がある。それは索敵範囲とはまた別のもので、とても狭いものではあるらしいのだが、それを越えたものは例え同種の魔物であっても潰し合う事になるらしい。

 これに関しては通常の魔物で検証が出来ているらしく、『フィルベルグ周辺魔物図鑑』にも書かれていた。


 だが今回、それは起きる事が無いらしい。

 それこそが"眷属"が魔物を従えるようにと言われる所以(ゆえん)のようだ。


 そして眷属に群がるように魔物が密集して集まるのだと書かれている。

 可能性としてではあるが、大進行(それ)が起きないとは限らない。寧ろその危険性は看過出来ないほどのものとなっている。もしそんな事が起きてしまえば大変な事になるだろう。だからこそ王国はこれを懸念して対処に動いているのだと理解できる。


 これは最優先事項であり、"眷属"を倒さねば終わらない最悪の戦いになってしまっている。だからこその魔法薬の大量発注を王国側はレスティに依頼したのだ。

 そしてレスティはそれを予測していた。いや、正しくは、来てしまったら大変な事になるとイリスに告げていた。その外れれば良いという希望が外れた形となってしまった。もしレスティが魔法薬を大量に用意していなければ、どうなっていたか分からなかっただろう。


 この世界に四つしかない大国の一つが半崩壊し、多くの死傷者を出した忌まわしき事件。そして今フィルベルグ王国に忍び寄る不穏の兆し。


 言いようのない不安に包まれながら、イリスは文書に書かれた最後の言葉を見ていく。それはまるでこれを読んでいる人に向けているような、未来に向けて発した希望の想いにイリスには思えた。


 そこには綺麗な字でこう書かれていた。


『これは多くの犠牲と、多くの時間をかけて集められたものである。同じような事が起こる事の無いよう、これが役に立ち、人々の幸せの礎となる事を切に願う』



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