大切な人を"護る"ということ
ネヴィアたちが少女まで近づいていくと自己紹介を始めてくれた。
「こんにちは、私はイリスといいます。ロットさんに護衛をしていただいてます」
「あはは、ミレイだよ。イリスの護衛をしている冒険者だよー」
「はじめまして。私はネヴィアといいます」
女性の方もとても優しそうなひとのようで安心するネヴィアは心が落ち着いていった。男性の方じゃなくて本当に良かったと思ってしまう。
そんな中イリスは何となく思ったことを言ってしまった。
「お綺麗ですね。お姫様みたい」
「ふふっ、ありがとうございます」
「本物のお姫様だよ」
ロットはとても言い辛そうに教えた。
それを聞いたイリスは驚き、ミレイの方は割と冷静な表情をしているようだ。
立ち振る舞いや格好がしっかりしている点から見ても、普通の貴族ではないだろうなと思っていたようだが、それでも普段どおりに接するミレイであった。
「えっ、そうなんですか?」
「はい。でも今はただのネヴィアです」
「えと、……なるほど、わかりました。よろしくお願いしますね、ネヴィアさん」
「あはは、よろしくねー、ネヴィア」
優しく微笑むふたりにこちらまで微笑んでしまっていた。そしてすぐに察してくれたイリスとミレイに驚いてしまう。こんなに早く、それも理解してくれるなんて。もしかしたら……。
ネヴィアは未だかつて誰もがそれを許してくれなかった我侭を言ってみようと思った。もしかしたらと淡い期待を込めて。
「……あの」
ネヴィアは言いかけるが言葉が詰まってしまう。さすがに断られる可能性の方が遥かに高い。とても怖いと思ってしまう一言が返ってくる可能性が高い。
そう思うとネヴィアは話を切り出せずに固まってしまっていた。
「なんでしょう?」
首をかしげるイリア。ミレイもきょとんとしているようだ。そのふたりの顔に王女に対する敬意は感じられない。このひと達なら、もしかしたら……。
「もしよかったら私とお友達になっていただけませんか?」
「えっと…… 私でいいんですか?」
「あはは、あたしもいいのかな?」
少し遠慮がちに言う彼女たちに私はしっかりと応える。
「貴女たちとお友達になりたいです」
ぱぁっとイリスは明るくなり、ミレイも優しく微笑みながらそれに答えていく。
「わぁ、よろしくおねがいしますっ」
「あはは、それじゃあよろしくね、ネヴィア」
まるで綺麗な花が咲いたみたいな笑顔にこちらまで嬉しくなる。
「仲良くなれてよかったよ。まぁふたりなら大丈夫だとは思ってたけど」
まさかミレイまでそれを了承するとは思わなかったけど、と少々冷や汗をかきながらロットは思っていた。
だがその様子を察したミレイは、それはネヴィアに対して逆に失礼だと感じていた。彼女がそう望むのだからそれでいいと言わんばかりに自然体で馴染んでしまっている。そこに王女への敬意などはなく、ただの友人として接している姿にロットは驚きを隠せない。
そんな中イリスは気になっていたことをロットへ聞いてきた。
「ところでロットさん。どこでネヴィアさんと会ったんですか?」
「ついさっきだよ。ちょうど反対側の方で魔物に襲われていたんだ」
そう聞いてイリスが取り乱してしまう。
「襲われてたって、まさかさっき聖域を目指して走ってくる音がするってミレイさんが言ってた件ですか!? 大丈夫なんですかネヴィアさん!? お怪我とかしてないですか!?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。ロットさんに護って頂けましたから」
「よかったぁ」
心から安堵するイリスに間に合って良かったと思っているミレイだったが、瞬間その微妙な変化に気が付いてしまった。ネヴィアが一瞬だけ女性の顔になったのだ。それだけで理解する恋に敏感な乙女イリス、十三歳であった。
そういう話が好きなミレイも当然のように察してしまう。普段は男どもと酒盛りをしているが、それはそういった話をする人がいなかっただけで、イリスやレスティとは結構そういった話をしていた。
聖域の手前で魔法を使い意識障害を起こしてしまった時に、ロットに助けてもらったと彼女は語る。乗っていた馬車が襲われ、御者と護衛騎士に聖域を目指して走るようにと言われ必死に逃げたのだと。
辛そうに語るネヴィアの意識を逸らそうと別の話に向かわせようとするイリスは、言い方を変えながらこう話した。
「ふふっ、それじゃあまるで物語に出てくる"お姫様を助ける騎士様"みたいですね、ロットさんっ」
そんなイリスにロットは反論するように言葉を返していく。
「俺なんかじゃ騎士みたいには見られないよ」
そうロットは言うが、イリスはそんなことはないと思う。見た目も、中身も、騎士そのものだと。
ミレイは若干にまにまする気持ちを堪えつつも、黙って聞いているようだ。その瞳はきらきらと輝いている。
そんな中、強く言い返した少女がいた。
「そんなことありませんっ」
思わず口に出してしまったネヴィアが、しばらくしてはっとなり恥ずかしさのあまり顔が赤くなる。
そんなネヴィアをさも社交辞令のように受け取ってしまったロットはネヴィアに冗談を含ませて話していく。
「はは、ありがとう。さすがに騎士になるつもりはないんだけど、ネヴィアの騎士にならなってみたいな」
……こいつは笑顔でサラっとこういう事を言ってのけてしまう。……天然とは本当に恐ろしいとミレイは思っていた。
これで何人の女性を落としてきたのか、ほんの少しでも自覚してくれれば良いのにねと考えていた。でもまぁロットじゃ仕方ないかと半ば諦めている様子のミレイだった。
一方イリスはというと別の脳が働いていた。
……ロットさんのあの顔は今の言葉を理解してませんね。ネヴィアさんは…… あぁぁ、お顔真っ赤だよ。このままだとあれですね! 『どうしたんだい? 顔赤いよ? 熱でもあるのかな? 』ですね、そうなんですねっ!?
さて。ここはどうするべきなんでしょね。いや! ここは『王道』一直線でしょ! 必ずロットさんは期待通りに言ってくれて、ネヴィアさんはそれに喜んでくれるはずっ。どうかお願いです、愛の女神様っ! 今だけここに降りてきてっ!
イリスの思考は途轍もない速度で駆け巡っていた。その瞳は未だかつてないほどにきらきらと輝いているようだ。
そしてロットが言葉にした。
「あれ? どうしたんだい? 顔が赤いよ? もしかして熱でも出たのかな?」
きたぁぁ!! 王道の愛の女神様ありがとうございますっ!
もはやイリスは喜びの半狂乱の只中にいるようだ。ミレイは半目の状態でロットをジトっと見ているようだ。まるでこうやって落として来たのかと言わんばかりの呆れっぷりだ。見てはいけない場面に遭遇してしまった罪悪感もあるようにも見える。
そしてロットがネヴィアに近づきおでこに手を添えた。
きゃああ! 愛の女神様、ありがとうございますっ!!
イリスは三度のご飯より恋が大好きだ。正直なところ自分はまだ子供と認識しているので、そういった恋愛はまだ早いと思っている。正確には早いというよりもそんな余裕がないのだが、さすがにそれにはイリスも気が付いている様子はない。
そんなイリスはもはや演劇を見ているかのような楽しみ方をしていた。もはやこの感情は止められない!
ネヴィアさん、目を白黒させながら、ぁぅぁぅ言ってる! 超かわいい!
愛の女神様、本当に感謝します! シアワセをありがとうございます!
イリスはとてもとても楽しそうだった。そしてミレイもこれにはさすがに頬を少々赤らめてしまった。だが次の瞬間、乙女3人はびたっと凍りついたようになってしまった。
「ちょっと熱ありそうだね。少し休んでて? 今熱に効く薬草を探してくるから」
「「「え?」」」
イリスとネヴィアとミレイが同じ顔をして聞き返してた。とても仲が良さそうで何よりではあるが、問題はそこではない。
「……あ、いや…… 熱は、大丈夫じゃないかなーっと、思うんですが……」
言葉が出てこないイリスがロットをなんとか引きとめようとするも、どうやら彼にはそんなものは効かないらしい。
「いや、なにかあったら大変だから探してくるよ」
すくっと立ち上がり、走って行ってしまった。
「「「あー……」」」
頭だけ動かしながらロットを見送る3人。息が合いすぎてて3姉妹のようだ。ロットが見えなくなってしまい、残された3人は疲れたようにため息をついた。
「「「はぁ」」」
しばらくするとミレイがネヴィアに話しかけた。
「ごめんね、ネヴィア。ああいうやつなんだ」
「いえ、だいじょうぶです。そうなのね」
「ロットさん、思った以上に手ごわいですね」
もはや旧知の仲のようである。誰からともなく、くすくすと笑ってしまう。
それから3人で色んな話をしていった。私はおばあちゃんの事とかお薬屋さんの話を、ミレイさんはレナードさんたちや冒険者話をしたりして、ネヴィアさんはお城で見聞きした話をしてくれた。
ロットさんが帰ってくるまでずっとおしゃべりして、ずいぶん仲良くなれた気がする。
「あれ? もう大丈夫なの?」
「え?」
きょとんとするネヴィアとイリス。ミレイは忘れていたって顔をしているようだ。そこへイリスが話を返していく。
「あー、えと、大丈夫ですよ。治っちゃいましたっ」
思い出したイリスはそう答えると、よかったと彼は言いながら話を続けていく。
「馬車の方も確認してきた。残念だけどこれしか持って来れなかった」
そういって銀色の小さなプレートを何枚か出してきた。イリスが不思議そうに見ていると騎士が持つ認識票なのだそうだ。
何とも言えずにくらい顔になってしまうイリスとネヴィアに、亡くなってしまったのはとても残念だけど、ネヴィアがこうして生きてることが、彼らには名誉なことなんだと思うと、寂しそうにロットは言った。
「でも…… 申し訳ないです…… 私のために……」
ネヴィアは自分のせいだと責めるが、ロットはきっとそうじゃないという。
「誰かのために生きることは、男にとって嬉しいことなんだと俺は思う。少なくとも彼らは、国や国民を護りたくて騎士になった人たちで、その中でもネヴィアの護衛まで上り詰めた最高の騎士たちだ。大切なネヴィアのために命をかけられることを最高の名誉と思ってくれるかもしれない。だからネヴィアがするべきなのは、その人たちへ謝ることじゃなくて、助けてくれたことに感謝するべきなんじゃないかな。俺はそう思うよ」
ネヴィアは黙ってしまう。
「ごめんね、その人たちのことを知りもしないのに勝手な解釈をして」
「いいえ。 ……その通りかもしれません」
瞳を閉じ、しばし考えるネヴィア。次に瞼を開けた時、彼女は何かを決意したような瞳をしていた。そして透き通るような声ではっきりと話していく。
「すみません。その認識票を預からせて頂けませんか? 私の手からご家族の下にお返ししたいのです。感謝の言葉と共に」
「……うん。そうしてあげて」
とても優しい眼差しをしながら認識票を手渡すロット。そしてそれを大切そうに抱きしめるネヴィア。
そんなネヴィアを3人は温かく見守っていた。
* *
ネヴィアが落ち着いた頃、気になったことをイリスがロットへ質問した。
「そういえば、さっきお話してた中に出てきた"グルーム"ってどんな魔物なんですか? 聞いたことないんですけど」
フィルベルグ王国周辺の魔物については勉強したが"グルーム"という名をイリスは聞いたことがなかった。
だがロットとミレイは知っているようだった。ミレイは聞いた話を思い出していて、鋭い顔になっているようだ。
「あぁ、あれは体長が2メートラを超える巨体で四足歩行の獰猛な魔物だよ。鋭い爪と牙で攻撃してくるんだ。中でも爪が驚異的で、鉄製の重鎧程度ならひと薙ぎで鎧を貫き、体に重症を負わせる程の力がある。瞬発力が高く、攻撃力も凄まじい。おまけに耐久力も高く、あんなのが出たらすぐに討伐指定されるような魔物だよ」
「正直あんなのに出られたら熟練冒険者のひとりやふたりじゃどうしようもないくらい強い魔物らしいよ。あたしは見たことはないけど噂に聞く強さなら聞いた事がある。とんでもない怪物だって」
イリスとネヴィアの血が一気に引いていく。
「そ、そんなの相手によく逃げ切れましたね、ネヴィアさん……」
「そ、そうですね……。必死でしたけど、そんな凄い魔物からよく逃げられたと思いますね……」
真っ青になってるネヴィアにロットが答えた。
「馬車から先に逃げたネヴィアを追いかけたわけだから、恐らくスタミナが持たなかったんだと思うよ。"グルーム"は瞬発力はあるけど持久力は低いらしいから、そこが明暗を分けたんじゃないかな」
「そっか、騎士様たちが頑張って下さったお蔭なんですね」
イリスは寂しそうに目線を下にして言った。ネヴィアはまた瞳を伏せて認識票を抱きしめた。
「でもおかしいね」
ミレイがふと思いついたように話し出した。
「グルームはこの辺りに出現しないはず。リシルアとエークリオの中間にある、ここから北西の街シグルの南方の森に出現したって話は聞いた事あるんだけど」
「そうなんですか?」
詳しくはあたしも知らないけどそう聞いたよとミレイは答えた。そしてロットも思いついたようにネヴィアへ質問する。
「そういえば近々代表者会議が行われるって聞いたんだけど、ネヴィアはエークリオから逃げてきたのかい?」
「いえ、代表者会議へは姉さまが向かい、既に王城へ戻っている筈です。私は別件で姉さまの代理としてシグルを訪れ、その帰りに襲われました」
なるほどと納得したようにロットが話し出す。ミレイも何となく察しがついたようだった。そしてそれに対してきょとんとするネヴィアと、気になったことを聞いてみたイリスだった。
「つまりグルームは引っ張って来られたんだね」
「引っ張るってどういう事ですか?」
そのイリスの質問にはミレイが答えてくれた。
「つまりね、イリス。シグル周辺で現れたグルームを別の冒険者か旅人、商人達が馬車で逃げながらこっちへ少しずつ流れてきたって事だよ」
本来であればとても良くない行動であり、倒せない魔物を引っ張ってしまった場合はすぐにギルドや騎士団に報告する義務が発生する。それをしないと次々に犠牲者が増えてしまうからだ。
ここまで引っ張られたという事はつまりそれは、その者たちの命が狩られたという事になってしまう。幸いロットが運よく倒せたから良かったが、もし出来ない場合は更なる犠牲者で溢れていたであろう。
そんな事を考えながらも一同は目的を果たしたので街に戻る事にした。
「さぁ、それじゃあそろそろ街に戻ろうか」
「そうだね、目的も終わったからね」
「はい」
そういえばとイリスが言い出し、3人はイリスの方を向く。
「倒したグルームを放置しても大丈夫なんですか? 魔物とか呼び寄せちゃうんじゃ」
その問いはもっともな事ではあるのだが、どうやら討伐手配された魔物は特殊な存在らしい。
その亡骸には決して他の魔物が近づかないのだという。命を奪われて尚、異様な威圧を放つかのように魔物が避けてしまうらしい。
逆に言えばその周囲に魔物は近寄らないため、安全に過ごせる場所にもなるらしいのだが、そもそも討伐手配魔物なぞちょくちょく出るわけでもなし、もし遭遇すれば刈り取られる可能性の方が遥かに高い。
こういった情報を知り得るのは冒険者でも上位の者達だけの知識となるようだ。ミレイは聞いた事がある程度であったが、ロットに関してはリシルアで経験済みのことだった。それはとても異様な光景ではあったよとロットは語り、イリスとネヴィアは目を丸くしながら聞いていた。
「それでは討伐手配魔物を討伐した際は、騎士団か冒険者ギルドに報告すれば良いのですか?」
「そうなるね。とは言っても、そうそうあんなのに出られては命がいくつあっても足りないけどね」
「あはは、さすがにあたしもあんなのとは出会いたくないね」
「どのくらいすごいのか私には想像もつかないよ」
「そうですね、そんな存在がいるという程度の知識しかありませんでした」
そんな会話をしながら4人は浅い森を抜け、草原へ出たようだ。ここからフィルベルグは目と鼻の先だ。ここまで来れば凶悪な魔物など出ないだろう。
ネヴィアもイリスも安心した様子で、ふたりの立派な護衛に護られながら街へ歩いて行った。




