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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第三章 小さな天使
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"素材鑑定士"さん


 楽しく会話をしながら、二人はゆっくりと街に戻ってきた。

 ちょうど噴水広場が見えた頃、見知った顔を二人は見つけ声をかけていく。


 「やぁロット。今日は鎧をつけているんだね」

 「やぁミレイ。こんにちは」

 「こんにちは、ロットさん」

 「こんにちは、イリスちゃん」


 どうやらこれからちょっとした依頼を受けるらしい。この間ギルドの訓練場に来ていたのもその一環なのだとか。

 詳しくはまだ聞いてないそうだが2,3日はフィルベルグに戻って来れないかもとのことだ。とても寂しそうにするイリスにロットは大丈夫、すぐ戻ってくるよと優しい笑顔で答えてくれた。

 安心するイリスを見た後にロットは、ふとミレイの持っている包みが気になった。やたら大きいが、なんだろうかと。


 「ところでミレイ、その包みはなんだい? 大量の食材かな?」


 それを聞いたミレイは、あはは、これは素材だよとロットへ言葉を返していく。独りで狩りに行ったのかと一瞬疑問に思うが、同時にイリスが武装している事に気が付く。

 冷や汗をかきながらも、そうでない事を祈りながらミレイに詳しく聞いていくロットだったが、それを聞いていくにつれて徐々に血が引いていくのがわかった。


 「これはホーンラビットの素材だよ。イリスが倒したんだ。これからギルドに行って換金しようと思うんだ」


 その言葉に動揺するも、イリスを不安にさせないように冷静に対処をしていくロット。


 「ホーンラビットって、草原に行ったのか? ……かなり危険だと思うんだが」


 ロットも草原での事を知っている。イリスの出身も、イリスが何に怯えているのかも。それは長年の経験や、自身の体験からも明確にわかるものだった。

 イリスが魔物に対して極度に恐怖心を抱いているのだから、そんな状況で草原へ向かい、ましてやホーンラビットと相対するなど、ロットには信じられないことだった。


 明らかに早い。いや、魔物と遭わせる事そのものが良くないと言えるほどに。この子はまだ子供なのだから、守ってあげるべきなんだ。それなのにミレイは一体どういうつもりなのかと考えていた。

 だが同時に、イリスがとても穏やかな顔をしている事に気が付く。それでおおよその見当がついたロットは、ミレイにこう尋ねた。


 「そうか、ホーンラビットを無事に倒せたんだね」


 その言葉の真意を理解したミレイは言葉を返していく。


 「うん。凄かったよ、イリスは。とっても立派だった。あたしの自慢の妹だよ」

 「そうか」


 優しく微笑むロット。当のイリスにはよくわかっていないようだったが、自慢の妹と言われ、とても嬉しそうに頬を染めていた。


 何事もなく無事に終わったようで何よりだ。ロットはそう思っていたが、それはつまり自分には何も出来なかったという事実に繋がってしまう。それが悔しくて堪らない。

 本来ならギルドの訓練場で、盾の修練をしていると言ったイリスから思い付かなければならなかった。

 なのに俺は自分の事しか考えていなかった。もう少しで大切な妹に何か遭ったかもしれない。何故俺はその場にいてあげられなかったのだろうかと本気で後悔していた。


 「……ごめんね、傍にいてあげられなくて」


 思っていた言葉がぽつりと出てしまった。どうやらイリスには聞こえていないようで安心したが、ミレイにはさすがに聞こえていた。


 「あはは、これで次は(・・)聖域にルナル草の採取へ行けるね、イリス」


 ミレイの配慮に感謝したロットは続けて話をする。


 「そうか。なら次は俺も一緒に護衛に行っても良いかな、イリスちゃん」

 「いいんですか? ありがとうございます、ロットさん!」


 満面の笑みで答えてくれる少女にお礼を言いつつ、ロットはミレイに感謝の視線を送る。ミレイもそれを受け取り笑顔で返してくれた。


 「採取するなら来週の太陽の日でいいかな。それならきっとルナル草も生えてるかもしれないし、行ってみると良いと思うんだ」


 ミレイの提案に乗るイリスとロット。特にロットはこれから数日は依頼があるので自由に動く事ができない。

 依頼内容にもよるが、恐らく3日あれば達成できると考えても、聖域へ行くのが1週間も先となれば問題ないと思われた。


 そしてロットは今度の依頼を機にギルド依頼の受諾を制限させてもらおうと心に決めた。今回の事が身に染みたようで、いつイリスが冒険に出てもいいように時間を空けようと思ったからだ。

 当然プラチナランクである以上必要とあらば出向かねばならないが、それでもここフィルベルグ冒険者ギルドはある程度融通が利くため、しっかりと自分の気持ちを含めながら説明すれば理解してくれるとロットは信じていた。


 3人はそのまま話しながら冒険者ギルドへと向かって行く。


 ギルド内はいつもと変わらず、食事をしている人や酒を飲んでいる人で賑わっていた。いつも活気があってここは賑やかだなぁとイリスは思いつつもミレイに付いていく。

 カウンターまで来るとロットがシーナへ挨拶をする。


 「こんにちは、シーナさん」

 「こんにちは、ロットさん。お越し頂き感謝します。ミレイさんにイリスさんもこんにちは」

 「こんにちは、シーナさん」

 「こんにちはー」


 普段通り挨拶をしていくシーナであったが、内心ではイリスの友好関係の広さに少々驚いていた。まさかロットとも知り合っていたとは思いもよらなかったようだ。

 この子は一体どれだけ人を惹きつけているのかとますます興味を持つが、まずは目の前の仕事をしっかりとこなすシーナであった。


 「ロットさん、今回はギルドマスターから直接お話をするから連れてくるようにと言われております」


 その言葉を聞いてロットは少々眉をひそめてしまう。わざわざギルドマスターが話をするほどの重要な事なのかとも思うが、あまり顔に出さないようにしてシーナへお願いしますと短く答えた。


 「それじゃあ俺はここで失礼するね」

 「はい。ロットさん、またお会いしましょうね」

 「あはは、何かあれば言ってねー」


 ああ、わかったよと言い残して、ロットはシーナに連れられてギルドの奥へ進んでいった。


 「ギルドマスターさんって、ギルドのトップの方ですよね。そんなすごい人に呼ばれるなんて、ロットさんすごいなぁ」

 「プラチナランク限定のギルド依頼ってやつだからね。そういった事もあるらしいよ」


 感心しているイリスにはきっとわからないだろうけど、正直ギルドから直接依頼されるってのは面倒以外何物でもないんだよね。プラチナになるとこうなるのか。だとするとあたしも結構不味いかもしれないね。……依頼受けるの抑えようかな。そんな事をミレイは考えていた。


 確かにプラチナランクはギルドからの信頼と実績の証であり、冒険者の憧れのランクではある。現にそれを目指している冒険者も多くいるくらいだ。

 だが実際は面倒ごとを押し付けられると認識しているプラチナランク冒険者は、どうやら多いようだった。

 一度上がって、いや上げられてしまうとゴールドランクには戻れないらしいので、ヴァンのようにプラチナランクを返上したくても返せないプラチナランク冒険者も多いのだとか。


 あたしはプラチナランクなんて面倒なものにはなりたくないなと心底思いながらも、平常心を保ちながらイリスへ話しかける。


 「それじゃあ、素材買取用の受付に行こう」

 「はい!」


 イリスはどうやらわくわくしているようだった。そんなに面白いものでもないんだけどねと思いながらも、ミレイはイリスを連れて左にあるカウンターへと進んでいく。


 素材受け取りカウンター前まで行くと受付のお姉さんに声をかけられた。ダークブロンドの髪を三つ編みにした元気そうなお姉さんだった。瞳も濃い茶色をしているようでとても可愛らしい人だった。年齢はシーナさんと同い年くらいだろうか。


 「こんにちは、ミレイさん」

 「こんにちは、クレアさん」


 クレアと呼ばれた女性はイリスの方を見た瞬間、目を輝かせて話しかけた。


 「はじめまして、イリスさんっ。私はクレア。クレア・ドーレスと言いますっ。あなたの噂はかねがね伺ってますよっ」


 受付を乗り出しながら語るクレアに若干引きながらも、イリスはお辞儀をしながら挨拶を始めた。


 「はじめまして、私はイリスヴァールと言います。イリスと呼んで下さい。よろしくお願いします」


 お辞儀をしてるのでイリスには見えないが、どうやらきゃあきゃあ言いながらなぜか喜んでいるようだ。


 「……えっと、イリスってギルドで人気なんですか?」


 ミレイもどうやら若干引いているらしいが、クレアは落ち着きを少しだけ取り戻し答えてくれた。


 「もちろんですよー。イリスさんはギルドのマスコット的な存在となりつつあります。その見た目の可愛さや愛くるしさだけではなく、礼儀正しさや仕草、噂に聞くお仕事ぶりまで含め、とてもとても素晴らしい可愛い子と言う評価を私を含めた受付嬢たちはしておりますっ」


 とても眼がきらきらしながら語るクレアに二人はかなり引いていた。そもそも素晴らしい可愛い子っていう評価はどうなんだろうと疑問に思う二人であった。

 こういう事を聞く場合は何となく面倒なことになりそうなので、あえて聞かずに話を進めたミレイであった。


 「それで素材の買取なんだけど……」


 はっとしたように意識をこちらに戻したクレアはお仕事モードに変わっていったようだ。


 「失礼しました。それでは素材をこちらに置いてください。早速鑑定しますので」


 片手でどすんとカウンターに乗せたミレイに、あんな重そうなのに軽々と持てるんだ、ミレイさんすごいなぁという顔をしたイリス。そしてその顔をうずうずするように見つめるクレアは、気持ちを抑えることに頑張りながらもお仕事を優先していく。


 袋を広げていくクレアはすぐさまその素材を判別し、ミレイに聞いてきた。


 「ホーンラビットを狩ったんですか? また珍しいですね。偶然遭遇したんですか?」


 ミレイはゴールドランクだ。ホーンラビットは初心者冒険者の訓練用の魔物としてギルドも推奨しているので、この問いは至って普通の質問ではあった。本来のミレイならば、遠くにホーンラビットが見えても近づかずにその場を移動するはずだからだ。


 「いや、これはあたしが狩ったんじゃないんだよ」


 はて? どういう意味だろうかときょとんとしてしまうクレアだったが、次に続くミレイの言葉に物凄く驚いてしまう事となる。


 「これはイリスが狩ったんだよ。すごいでしょ」


 えへんと胸を張るミレイにちょっと恥ずかしそうなイリスではあったが、何故かクレアは無反応だった。

 あれ? ミレイが彼女を見ると、どうやら完全に固まってしまっているようだ。


 「おーい? クレアさーん?」


 呼びかけにも応じないクレアだったが、しばらくすると急にハッとしながら現実へ戻ってきて、ミレイにおずおずと聞き直した。


 「い、イリスさんが、これを、狩ったんですか?」


 どうやら信じられないようなので、念の為に突っ込んでおくミレイ。そしてそれに反論するようにイリスが続く。


 「ちなみにあたしは攻撃を一切してないよ。倒したのはイリスだけの力」

 「ミレイさんが抑えてくれたから冷静に対処できたんですよ。私一人じゃとても倒せません」

 「いやいや、ホーンラビットを解き放った後にしっかり魔法を唱えて攻撃できて倒せたんだから、立派にイリスの手柄だよー」


 ほんわかした空気に包まれながらも会話を続ける姉妹に、クレアは驚愕の顔をしていた。


 「ほんとに一人でホーンラビットを倒したんだ……。13歳の女の子が、一人で……。」

 「「「「すごーい!!」」」」


 一斉に他の受付のお姉さん達がこちらに全員来てしまっていた。そのすごい勢いに仰け反ってしまうイリスであったが、お仕事を放っておいていいのだろうかと横を見ると、どうやら受付には冒険者さんはいなかったらしい。

 テンション上がりまくりのお姉さん方は一斉にイリスを褒めちぎっていく。


 「イリスさんすごい!」

 「イリスちゃん強い!」

 「イリスさんえらい!」

 「イリスちゃん可愛い!」


 ……あれ? 後ろの二人ちょっと違う気がと思ったイリスであったが、突っ込まずに聞かずにいこうと思った。


 きゃっきゃ言う受付嬢たちを、飲食スペースになっている場所で騒いでいた冒険者達と、お酒を運んでいた数名のウェイトレスさんがこちらを見ていた。


 「あ、あの、他の方のご迷惑になりますし、何より恥ずかしいのでそのくらいでおねがいしますっ」


 顔を赤らめたイリスは懇願するも、どうやら効果はないらしく、きゃっきゃと会話をし続ける受付嬢たちと、それをぽかんと見つめる姉妹であった。



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