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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十九章 誰もが笑って、幸せになれる世界を
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"変わる世界"

 世界はとても理不尽で、不条理なことが誰の身にも起こり得る。

 それは悲しいけれど当たり前のことで、魔物と呼ばれる一般人には対処すらできない存在が襲い掛かるからだと多くの人は言う。


 商人は腕に自信のある護衛を雇い、それぞれの街を繋ぐ乗合馬車は冒険者を常駐させ、周辺の調査をするものは武装をしながら世界を歩く。

 これは世界中でも常識とすら言われないような当たり前のことで、話し合う余地すらなく言葉にされることもない。


 この世界は理不尽で、不条理で。

 街から一歩でも外を歩くだけで、誰にでも一瞬のうちに不幸が押し寄せる。

 たとえ街にいたとしても、頑強な壁と扉で護られていたとしても、いつかは老朽化し、それを突破される可能性を常に考えなければならない。

 そう言われてしまう危険な存在もいるこの世界は、日常を過ごしながらも命の危険と隣り合わせの厳しい世界ではあるが、それを笑顔で街を歩く人々は考えもしない。


 それがこの世界では当たり前のことなのだから。

 そんな常識は、物心が付いた子供でさえ教えられているのだから。




 そんな理不尽で不条理な世界に、変化が起きようとしていた。


 旅の冒険者達が持ち帰った情報によると、魔物と呼ばれた存在に何かしらの影響が出ているようだ。

 遭遇した魔物はこちらを目視すると威嚇はするが、以前のように襲い掛かることはなくなったという、にわかにはとても信じ難い現象を見せたらしい。


 その報告を聞いた者達は一言、信じられないと言葉にした。

 情報を持ち帰った冒険者達の報告に、そんなことあり得るのかという話ですらなく、誰もがあり得ないと即答してしまった。


 だが、これまでの常識では計り知れないその事態は、その報告を機に世界中で続々とされるようになる。

 南の王国にまで旅の冒険者達が訪れるまでには世界中に轟いていたその信じ難い現象は、それぞれの街のギルドが一斉に発注したギルド依頼によって、世界的な大規模調査が行われることとなっていた。

 既に大量の報告書が貿易都市エークリオの冒険者ギルド統括本部に集められ、最優先で話し合いが行われている頃となるだろう。

 そう遠くないうちに、世界中のギルドへ経過報告書が送られると思われた。


 魔物と呼ばれた存在が、危険な存在であることは変わらない。

 こちらに襲い掛からなくなったわけではないのだから。

 正確なところは未だ調査中ではあるが、"領域(テリトリー)"に侵入した者を排除しようとする動きは、これまでと何ら変わらぬ凶暴さを見せていると報告されている。


 しかし、以前とは明らかに違う違和感を、遭遇した冒険者達は一様に感じていた。 確かに領域(テリトリー)に踏み入ることで魔物が襲いかかることは変わらないが、それはまるで生存本能で行動したように、対峙した者達は感じ取ったようだ。


 もしそれが事実であれば、それも世界中でそういったことが現在起こっているのであれば、本当に世界は変化しつつあるのかもしれない。

 それを確たるものとして立証することは、今後も調査と報告を繰り返し、議論に議論を重ねなければならないだろうが、世界は改変しつつあるのではないだろうか。

 ゆっくりと朝日が昇るように、世界は変わりつつあるのではないだろうか。


 冒険者達に報告され始めた時期を照らし合わせれば、その現象の要因となるものはひとつしか考えられなかった。

 世界に光が満ち溢れ、おぞましい魔王を打ち払った聖なる光とも言える白銀の輝きに導かれるように現れた大樹が関係しているのだと。


 世界のどこからでも目視できる、とても神々しい白銀の大樹。

 まるで顕現するように現れた翌日には、白銀の雪を降らせることはなくなった。

 しかしあの降り注ぐ光の雪は温かく、何よりも慈愛に満ち溢れていたものだということだけは誰もが感じ、忘れられない記憶として今も刻まれている。

 もし仮に、あの光が魔物を鎮めるような影響を与えているのであれば、世界中で起こる現象も大樹のお蔭でそれを成しているということなのかもしれないと言われつつあった。




 世界は緩やかに変わっていく。

 それを確かに感じられる情報を耳にしたのは、大樹が現れてひと月が経った頃だ。


 大陸南にある大草原の中央付近で、"うさぎ"を見たという。

 にわかには信じられないその報告を確かめに冒険者達が派遣されるも、確かに動物のうさぎと呼ばれた存在を確認できたと報告が上がる。

 体長は三十センルほどで褐色の毛並みを持つそれは、明らかにホーンラビットを思わせるような歪な角を持たず、何よりも瞳の色が魔物とは全く違うという報告がされた。

 近付いても悪意を向けるどころか、触れてみても暴れる様子を見せなかったと、確認をした冒険者達はとても信じがたい話を語ったと噂されている。


 しかし、それが動物のうさぎであるかを確かめる方法は文献にも存在せず、情報もないそれを発見した者もこれまでいない以上、何故そう思えるのかという議論にまで発展するも、結局答えを出すまでには至らなかったようだ。

 だが確かにそう思えるという、言葉にするのも憚られる内容を誰も口にすることはなかったが、とても曖昧と言えるようなことを誰もが内心では信じていた。

 まるで魂がうさぎの存在を記憶しているように、それを憶えているのではないかと。

 馬や小鳥といった存在以外の動物を見たことがない世界中の人々にとって"うさぎの発見"は、世界を激震させるほどの事例として、エークリオ冒険者ギルドに報告がされた。




 世界は緩やかに、そして確かに変わっていく。

 うさぎだけではなく、世界中で動物の発見が次々とされていく中、魔物にも変化が起き始めていた。

 大陸の西にある街に所属する冒険者達の報告によると、魔物がこちらの姿を発見するや否や、背を向けて逃げ出したという。


 あまりのことに呆気に取られ、動けなくなってしまった冒険者達が追うことはなかったが、この一件もまた、そう時間をかけずして世界中で報告がされるようになった。

 逃げる魔物を追い詰めると襲い掛かる様子から、それは生存本能から起因した行動によるものだと結論付けられることとなるのは、それより数ヶ月先のこととなる。




 世界は緩やかに、だが確実に変わっていた。

 それを街から出たことがない人々ですら大きな変化を耳にするようになった頃、南にある大国からとんでもない情報が世界中を駆け巡ることとなる。

 王国から出された文書は、あるひとりの女性によって世界が改変されたことを記した凄まじい内容のもので、国璽が押された正式な書類は瞬く間に世界を驚愕させた。

 その内容を聞いた者は誰もが驚き、言葉を失うも、それを否定する者は誰一人として現れなかったという。


 誰もがあの優しい光を見つめ、立ち尽くしながら涙を流していた。

 彼女を知る者以外であろうと、それを否定する者などいない。

 世界を変えるほどの奇跡の御業を成したのが、女神アルウェナではなかった。

 ただそれだけのことでしかなかった。


 それを誰もが本能で察したのだろうか。

 それとも魂に刻まれるように感じ取ったのだろうか。

 その答えとなるものを出すことは世界にいる者達には難しいが、ただひとつ言えることは、この世界を誰よりも慈しみ、愛していた女性がそれを成したということだった。


 彼女の存在は、瞬く間に世界へと知れ渡ることになる。

 彼女の成した偉業の数々、彼女の性格、彼女の姿。


 ある者は言葉にする。

 彼女は女神の使徒であると。


 ある者は言葉にする。

 彼女は女神アルウェナの生まれ変わりなのだと。



 様々な憶測が飛び交う中、ただひとつ確かだと思えること。

 それは、彼女こそが真の"聖女"であるということだった。


 だが同時に、悲しみも世界に広がる。

 あの奇跡の御業としか思えてならない大樹を出現させた後、聖女の消息が途切れてしまったのだと。


 それを聞いた人々は戸惑い、取り乱す。

 世界を覆う闇を払った聖女の行方が掴めないという信じ難い事態に、世界中から聖女を捜索する旨の依頼がギルドに溢れていくこととなった。

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