美しく煌く"星"の下で
石碑から光が溢れ、徐々にイリスの身体が現れていく。
茜色の空は、すっかり星空の広がる夜へと姿を変えていた。
どうやら随分と話し込んでいたようで、時刻は既に深夜となっていた。
笑顔で迎えてくれた仲間達に心の中で感謝をするイリスは、彼女が帰るまでの間食事を待っていてくれたシルヴィア達と遅い夕食を取っていく。
今夜の食事は、暖かいシチューを用意してくれていた。
随分と煮込んでくれていたようで、肌寒く感じる今の頃合にはまるで身体に染み渡るようにとても美味しかった。
食事の後片付けをして、イリスは石碑でのことを話していく。
レティシア達三人がいたことに驚きを露にするシルヴィア達だったが、石碑へと視線を向けると、どこかそれを納得したように頷いてしまう彼女達だった。
そう思えてしまうのは石碑の大きさから来るのだろうかと考えていると、イリスは話を続けた。
とはいえ、"想いの力"や"真の言の葉"がありふれたもので、誰もが発現し得る可能性を秘めているとは説明できない。
イリスが話すことのできるものには限界があるため、それらを言葉にすることは残念ながら控えざるを得ないだろう。
大切な仲間だからこそ、彼女達を護るために口を噤むことを決めたイリスだった。
しかし、今後予想される事象に関しては言葉にしなければならない。
それもどこまで話していいのかを良く考えながら話していくイリスは、石碑での出来事の殆どを仲間達に伝えることはできなかった。
伝えることができた重要なものと言えば、フェルディナンの想いを届けたこと、"想いの力"と"願いの力"を融合させて創りあげた力である"想いと願いの力"をレティシア達に話したこと。そしてこの先に起きるだろうことについての話くらいだった。
その他の話となる様々なことは雑談のようなものなので、包み隠さずに話した。
これだけ夜遅くまで時間をかけた理由にもなっているのだが、中でも重要な話となる部分を仲間達に伏せたのは、彼女が話を偽っているわけではない。
ネヴィアとロットのこと、ヴァンのこと、そしてシルヴィアのことも。
これら全てを彼女達には話すべきではないと、イリスは判断した。
彼女達は、彼らの魂を受け継いでいる可能性が高い。
そうでもなければ、同じような姿で生まれることはないだろう。
それもこれほど近くにいられることなど、ありえないのではないだろうか。
人はそれを"運命"と呼ぶのかもしれない。
メルンもその言葉を使ってしまう程、とても深い絆で結ばれているようにも思える。
しかし、彼女らはレティシア達ではない。
自らの意思でこの場に、イリスの傍にいてくれている。
それがたとえ運命と言われるものであったとしても、彼女達は自らそれを選んだ。
ならばそれらの話をするべきではない。
彼女達は彼女達以外、何ものでもないのだから。
「それで、これからどうする?」
焚き火がぱちんと爆ぜる音を鳴らす中、ヴァンはいつものように尋ねていく。
そんな彼に笑顔を向けたイリスは、これから向かうべき場所について話した。
「このまま北を目指し、"奈落"へ向かおうと思います。
二日ほどで着きますし、一度はこの目で見ておきたいので」
ふむとヴァンは考えるもそれを否定することはなく、シルヴィア達も興味本位から見てみたいと思っているようで、反対することはなかった。
奈落の話を興味深げにしていく仲間達は気付かない。イリスの吐いた嘘に。
本当は別の目的があるのだが、それについて話すことはできなかった。
もし話していれば、必然的に何故そんな場所へと向かうのかという話になるだろう。
それはつまり、イリスの取るべき行動についても話をすることに繋がる。
仲間達からは猛反対されることになるだろう事実を話せなかったイリスは、心の中で深く謝罪をした。嘘を吐いてしまったことを。そして彼女の取るべき行動にも。
予定ではこの場であるものを創っておきたかったが、奈落に近付いてからの方がいいかもしれないと彼女は判断し、穏やかな時間を大切な仲間達と共に過ごしていった。
今日もとても天気がいい。
満点の星空に綺麗な月が彩りを添えている。
本当に美しい世界だと心から思う。
空に輝く宝石のような星を見つめながら、イリスは大切な仲間達と楽しく話を弾ませた。
翌日も冴え渡るような青空が広がり、澄んだ空気に冬の気配を強く感じたイリス達。
徐々に冬へと向かっているのが肌に伝わってくる。
次第にこの一帯にも雪で真っ白に彩られていくのだろう。
いつものように魔法ですっきりしたイリス達は朝食をしっかりと取り、焚き火を消していく。
仲間達が準備をしている間に、光が失われた石碑へとやって来たイリスは、優しく触れるように手を添えて魔法をひとつ使っていく。
「"発動"」
黄蘗色の光が石碑を包み込み込むと、ほんの少しだけ光り続け、再び光は収まっていった。
その様子を不思議そうに見ていたシルヴィアは尋ねる。
「また光が収まってしまいましたわね」
「いえ、これでいいんです。こうすることで、レティシア様達が再びそれぞれの石碑に移ることができるそうです」
そう言葉にしたイリスは、説明が不十分な言い方をしていた。
確かにそうすることで、レティシア達が移動できるようになるのも間違いではない。
しかし、そうしなかったとしても、彼女達の意思で自由に移動することは問題ない。
イリスが使った魔法"発動"は、石碑に含まれる宝玉を活性化させ、必要に応じて使えるように準備を済ませたことが意味合いとしては大きかった。
彼女の不十分な説明に納得したファルは言葉にする。
アルトから託された知識に、この魔法は含まれてはいない。
これはレティシアが石碑を生み出す際に創りあげた魔法のひとつとなる。
彼女がこの魔法について知っていたら、必ずその違和感に気が付いていただろう。
「へぇ、不思議だね。あたしはなんて言うか、レティシア様達なら自分で行ったり来たりできるのかなって思えるけど、色々と制限があるんだね」
「そうらしいですね。とはいえ、私はもう皆様とはお逢いすることができなくなってしまったので、エデルベルグやアルリオン、そしてルンドブラードに置かれている石碑はもう輝いてはいないそうですよ」
「では、次の"適格者"が現れるまでは眠りに就く、ということなのですね」
どこか寂しげに言葉にしたネヴィアに、イリスは表情を暗くしながら答えた。
「……分かりません。
レティシア様達はそう仰っていましたが、もしかしたら適格者と呼ばれる存在がこの世界にいる限り、眠りに就くこともできないのではとも考えてしまうんです」
イリスの言葉に、どくんと心臓が跳ねてしまうシルヴィア達。
それはつまり、外の世界とは時間の流れが違う世界に居続ける、ということではないのだろうかと彼らには思えてならない。
だがそれだけではなく、イリスは以前から思っていたことを、石碑を見つめながら呟くように話した。
「……もしかしたら、私が"想いの力"に目覚めるずっと前から、レティシア様達は目覚めていたのではないでしょうか。……そんな風に、私には思えてしまうんです……。
私が不思議な夢を見始めた去年の暮れ頃には、確実に石碑から呼びかけられていたと思えます。……最低でもそれだけの時間を、あのゆっくりと時が流れる世界で皆様は待ち続けていたのではないでしょうか……」
それは、ある意味では永遠に等しくも思えてしまうような時間の中を、石碑で過ごしていたのではないだろうかとイリスは考える。
レティシアは、あの世界では穏やかに精神を保てるように創ってあると話していた。
彼女の言葉が意味するものはつまり、長い時間を過ごすことを前提として創ってあるのではないだろうか。
何故そんな創りにしたのかを尋ねることはできなかったが、恐らくは適格者と出逢った後に再会した彼女達が、今後の話し合いをするために必要だったとイリスは考える。
石碑にどんな存在が来るかは予想など付かないのだ。
フェルディナンが話していたように、"想いの力"所持者が心穏やかな者が多い印象を受けたと言葉にしていたが、それは恐らく偶然だったと言えるだろう。
"想いの力"とは、誰もが辿り着ける可能性を秘めた力なのだから。
彼の時代にはたまたまそういった存在が多かっただけであり、その力を使いこなせる者が他にいなかっただけだったのかもしれない。
もしそうだとすれば、イリスだけでなくレティシアの推察通り、人の可能性に世界が押し潰されてしまうことですらあり得た、ということになるのではないだろうか。
それは眷属や魔獣、そして魔王の顕現とはまた違った意味での脅威となる。
考えられる可能性の中でも、最悪だと言葉にする者もいるだろう。
人が人を襲うなど、ただ一言、酷く悲しいと感じてしまうイリスだった。
白のボンサックを右手に持つイリスは、準備を終えた仲間達を再び歩き始めた。
一度だけ石碑に振り返った彼女は優しい眼差しで見つめ、立ち止まりながら自分を待ってくれていた仲間達に行きましょうかと笑顔で言葉をかけていく。
少々冷たさを感じる早朝に、冬の香りを強く感じ始めていた。
周囲を確認するように警戒をしていく一同が、イリスの魔法の効果で問題の場所を確認することとなるのは、夕方まで歩いた頃合になる。
空を茜色に染め上げ、日の傾きに寂しさを感じていたいつもとは違い、魔法の反応に言葉を失うイリス達がそれを目撃することになるのは、更に翌々日の昼前となった。




