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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十八章 役目は達せられたと
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"違ったんだ"

 真剣な面持ちでレティシアは、イリスに特殊な魔法についての話をしていく。


 この魔法は五人の英雄達が使ったものとなるが、発動するには条件が必要となる。

 そのひとつがこの石碑に埋め込まれた宝玉を発動させ、世界にあるそれぞれの石碑へと連結しなければならない。

 どちらも宝玉を使うには必須の魔法となるが、連結をしなければレティシア達にもその様子が分からないと言葉にした。


「石碑から力を発するには多少の時間のずれ(タイムラグ)を発生させると思われますが、石碑同士を連結すれば、恐らくはここでの時間も現実世界と同じになるでしょう。

 この場所からは、宝玉を使うための準備しかできませんので、その間にイリスさんは目的地へと向かい、必要に応じて発動をさせて下さい」


 当然、必要がないと判断すれば、石碑を通常の状態へと戻すことも可能となる。

 しかし、恐らくはそうはならないだろうと、四人は既に覚悟を決めていた。


「アルエナ様のお作りになられた(うた)も、(うた)わせていただきますね」

「はい」


 美しい笑顔で言葉にするイリスに答えるアルエナ。

 微笑みながらもその瞳は、とても悲しい色をしていた。

 あの時はまさかと思う程度だったが、本当にこの(うた)が必要になるとは思っていなかった。

 使わせる気がなかったあの詩は、あくまでも必要となる可能性を考慮してのものだが、たとえこの言葉を渡したとしても、レティシアが持つ知識の欠片がなければ意味のないものとなる。

 恐らく知識の欠片を彼女は託さないだろうと思ってのことだったが、残念ながら彼女の思惑とは全く違った意味でそれを使わざるを得ないことに、形容しがたい申し訳なさを感じてしまうアルエナだった。


 しかし、イリスが躊躇うことはないだろう。

 それだけの覚悟を、確固たる決意を、彼女は心に誓っている。

 (うた)(うた)わないという選択は、最早彼女は選ばない。

 そんな覚悟が伺える空気の中、メルンは含み笑いをしながら話した。


(うた)、か。……そうだな……"失われし者への詩ロスト・オブ・ポエトリー"とでも命名するか?」


 想定もしていなかった恥ずかしい名前に、顔を真っ赤にしながら止めるように懇願するアルエナだった。

 くくくと笑うメルンに猛抗議をするも、彼女はその名を撤回しないつもりのようだ。

 そんな彼女にレティシアも笑顔で続いた。


「あら、いいじゃない。とっても可愛らしいわよ」

「か、可愛いとは、物凄く言われたくないのだけれど……」


 最早涙目のアルエナに同情しながらも、イリスは丁寧に言葉を紡いでいく。


「レティシア様、アルエナ様、メルン様。

 皆様がいて下さらなければ、きっと世界が変わることはなかったと思います。

 皆様に出逢い、皆様とお話できたこと、そしてこれから先のことにもお力を貸していただけることに、心から感謝申し上げます」


 頭を深々と下げようとするイリスに、そいつは違うぞとメルンは返した。

 虚を突かれ、そのまま固まってしまうイリスは、メルンへと視線を向けていった。


「イリス。本当に感謝しているのは、アタシ達の方なんだよ。

 レティシアの計画に賛同したアタシ達は、そう遠くないうちにレティシアが危険視していた事態へと向かうんじゃないかと、内心では不安を拭い去ることができなかった。

 本当にこれで平和な世界になるんだろうかと考えたこともある。

 以前イリスと逢った時、アタシがこう言葉にしたのを覚えているか?


『アタシ達は、アタシ達が生きていた証を残したかったわけじゃない。未来に花開く種を植えたかった。それはきっと、幸せに満ち溢れた世界になるだろうと、アタシ達には思えたんだ』ってな。


 それは今でも変わらない。アタシ達はそんな世界を本心から望んでいるんだ。

 奪い合うこともなく、いがみ合うこともなく、命を取り合うこともない世界を。

 穏やかで安らぎに満ちた、イリスの生まれた世界のような光と風が溢れる優しい場所を、アタシ達は心から望んでいるんだよ。

 ……でも、そんな世界あるわけないって、正直思ってたよ。

 なに子供みたいな夢物語を語ってんだって、本気で思ったこともあるよ」


 メルンは空を見上げながら、とても優しい声色で言葉にした。


「……でも、違うんだ。違ったんだ。

 それを可能とするかもしれないって場所に、アタシ達は今、立っているんだ。

 それを可能にしてしまうかもしれないイリスの傍に、アタシ達は今いるんだよ。

 そいつはきっと、何ものにも代え難い凄いことで、誰もが成し得ない素晴らしいことなんだ。そういうことを、アタシ達はしようとしているんだ」


 だからと言葉にした彼女はイリスへと視線を戻し、話していく。

 彼女の澄み渡る金色の瞳は、どんな宝石にも勝る美しさを持っていた。


「感謝しているのはアタシ達なんだよ。

 イリスのお蔭で本当に成すべきこと、自分の存在意義でさえも知ることができたような気がするんだ。

 だから、アタシ達に感謝をするのは違うんだ。

 アタシ達こそ、イリスに感謝をしているんだよ」


 メルンの優しさに溢れる言葉が、光の世界とイリスの心に響く。

 あまりの温かい想いに涙がこぼれてしまいそうになる彼女のもとへ、レティシアとアルエナが続いた。


「きっとこの世界は生まれ変わると、私達は信じています。

 それは運命などという言葉ではなく、イリスさんの慈愛の心がそうさせるのだと。

 そして私達も私達のできることをさせて貰えることに、この上ない喜びを感じます」

「思えば私達はレティに導かれながらも、イリスさんと出逢うべくして時代を越えたのかもしれませんね。全ては大きな流れのまま、この場所へと辿り着いたのかもしれないとも、私には思えてなりません。

 であれば、私達もまた、この時のために存在していたのかもしれませんね」

「本当にそうなのかもしれないな。

 ……訂正するよ、イリス。お前はきっと、"選ばれた者"なんだ。

 でもな、それはアタシ達にも言えると思えるんだよ。

 だから全てを独りで抱え込むな。イリスにはアタシ達が付いている」


 イリスを抱き寄せ、優しく強く抱きしめながら"アタシ達が付いてる"と、もう一度彼女へと伝えていくメルンだった。

 温かなぬくもりに包まれていると、レティシアとアルエナも彼女に続き、イリスを優しく抱きしめていく。

 全ての不安が取り除かれていくように感じられたイリスは、瞳を閉じながらありがとうございますと小さく言葉にした。



   *  *   



 石碑からあるべき場所へと戻っていくイリスを見送った三人。

 娘のようにも、親しい友人のようにも、そして妹のようにも思えてしまうとても不思議な彼女に、直接力になれないことを申し訳なく思っていた。


 だが、こんな状態でもまだやれることは残っている。

 彼女のためにできることが、まだ。


 そんなことを思いながらも、三人は話をした。


「……さて。奈落まであと二日ってとこか」

「そうでしょうね」

「もうしばらくは時間がありそうですね」

「なら、最後に話でもするか」

「そうですね」


 静かに笑い合う三人。

 随分とこの石碑で過ごしたものだと、思い出話を始めていく。


 この世界は、外とは違う時間の流れをしている。

 そして適格者が現れたことで彼女達は目覚め、その者が逢いに来るか、どうにかなってしまうまで彼女達は眠ることさえできない。


 恐らくイリスもこの石碑の情報を手にした瞬間に、それを理解してしまっただろう。

 かつてレティシアが、この石碑についての話をしていた時に吐いた嘘を。


 この世界は穏やかに、そして心静かに暮らせるように創ってある。

 しかし、自由に眠ることなどできはしない。

 適格者が存在している状況で眠ることなど、できるわけがない。


 彼女達は何十年どころではない時間を、この石碑の中で過ごしている。

 それも三人が逢うことなどできずに、それぞれの場所で永遠にも思える時間の中をひたすらに待ち続けていた。

 もしかしたら察しのいいイリスのことだ、石碑の情報などなくとも、そのことに気が付いていたのかもしれない。知っていた上で、話さなかったのかもしれない。


 彼女はとても優しい。

 慈愛に満ち溢れたと言えるほどに。


「……まぁ、イリスのことだ。

 全部知った上で、アタシ達には話さなかったんだろうな」

「とても優しいですからね、イリスさんは」

「恐らく私達の存在は、そう長くも保てなかったでしょうね。

 持ってあと五百年。急激な劣化現象が起きれば、二、三百年といった所でしょうか」

「それでも長生きし過ぎだよ、アタシ達は。随分年寄りになったもんだ」


 声を出して笑い合う三人。

 こうして逢うのも数百年ぶりとなるのだろうか。

 もう、正確な歳月など覚えていないほどの時が流れていた。

 そんなことを考えていた二人に、アルエナは気になっていたことを尋ねた。


「……私達の魂は、"天上の世界"へと行けるのかしら……」


 その問いに悩むレティシアに変わり、メルンが言葉にした。

 どこか楽しそうに話す彼女に、苦笑いをしながらも答えるアルエナだった。


「アタシ達の魂はもうぼろぼろだろう。

 本来の法則から強引に捻じ曲げているからな。

 それに人の命を奪うのが罪ならば、自分の魂をいじるのも良くはないだろ」

「……そうね。……まぁ、それも分かってはいたことだけれど、こんな状況になってみると、何も思わないわけではないものなのね……」


 どこか寂しそうに呟くアルエナ。

 せめて、女神を僭称したことくらいは謝罪したいと思っていたが、どうやらそれも叶わぬことなのかもしれない。


 そこに後悔がないわけではない。

 だがそれ以上に、どこか満足してしまっているようにも感じられた。

 それはとても不思議な感覚ではあったが、そう思わせてくれたのもまた、イリスだったのかもしれない。


 本当に不思議な存在だなと、イリスの話で花が咲くメルン達は、その時が来るまでの僅かな時間の中、言葉を途切れさせることもなく話し続けた。

 とても楽しそうに話し続けた。

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