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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十八章 役目は達せられたと
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"それじゃ嫌なんだよな"

 イリスの発した言葉に悩んでしまうレティシア。

 最後の知識の欠片を渡すかは、この場に来たイリスと話をしてから決めたいと思っていたが、察しのいい彼女にはふたりから託されたことだけで大凡を把握されていた。

 その知識の意味するものと、境界線を含めたその"力"についての大半を。


 最後の知識の欠片を渡さなければ何ら効果を持たぬものだと思っていたが、ことイリスに限ってそれは当てはまらないようだ。

 彼女であれば欠片を渡さなくとも、自力でその力に至ってしまうかもしれない。

 イリス自身がそれを欲しているのだから、何とかして手にしてしまうとも思える。


 しかし、今のイリスにそれを渡せばどうなるかなど想像に難くない。

 間違いなく使うだろうものを軽々と渡すことなど、彼女にはできなくなってしまった。


 どうすればいいのかの判断が、ここにきて付かなくなってしまっているレティシアは尚も考え続ける。何が一番最善なのかということを必死に考え続けた。

 だが残念ながら都合よく答えが出るはずもなく、時間だけがただただ過ぎていく。

 目を逸らすことなく見つめる彼女を正面に捉えながら、彼女はぽつりと尋ねた。


「……その知識が何かを分かった上で、それでもイリスさんは望まれるのですか?

 それを手にしたとしても、魔王の顕現を止められるとはとても思えないのですが」


 レティシアの言葉に同意見のメルンも賛同する。

 いくら"想いの力"と"願いの力"を合わせた技術に、レティシアの持つ知識の欠片に含まれるものを使ったとしても、そんなことは現実的に不可能ではないかと答えた。

 確かにイリスが話し、メルンを悲しませた方法だけではだめですねとイリスは話す。

 だがそこに、ある条件(・・・・)が加わることで、その意味を劇的に変化させる。


 その話を一から丁寧に三人へと説明するイリス。

 そしてこれから世界に何が起こり、どうすることが最善なのかという話を。


 まるで悟ったような彼女の言葉は、傍にいる女性達の心を大きく揺さぶった。

 そして彼女はとても小さく、だがはっきりとした口調で言葉にしていく。

 これが、私がこの世界にやって来た本当の理由だと思えると。


 それを聞いたレティシア達は始めこそ驚愕するも、次第にイリスの話を冷静に考えていく。そしてイリスが話しを終えるとしばらくの間沈黙が続いた後、メルンとレティシアは言葉にした。


「だからこそ、レティシアが持つ最後の知識に含まれた"力"が必要になる、か……」

「……そうね……もしかしたら……いえ、そうであれば……」


 自信に満ち溢れたとも言えるイリスの表情にも納得してしまう二人。

 確かにそれを実現させることさえできれば、女神と同等の力を発現させた上で、世界を正常化へと導くことができるかもしれないと思えるような気がしてきた。

 寧ろ、これだけの力を発現させてもなお影響を与えられないのであれば、それはもう誰にもどうしようもないことだと言い切れるだろう。

 これから起こるだろう事象に世界は危機に瀕することとなる。永劫とも思える長い時の流れで考えれば、何回も、何十回もその破滅に直面することになるだろう。


 ならば、これは最初で最後の好機なのではないだろうか。

 これだけの条件が揃っているとも言える今現在、もしかしたらそれが唯一の機会なのではないだろうか。


 そしてもうひとつ、その条件となるのが既に達成されているとイリスは言葉にした。

 そんな彼女に疑問を持つ三人へ話した。


「私の生きる時代は魔法が衰退された世界です。

 そしてこの世界は、穏やかな人達が沢山暮らしていると私には思えます。

 人々が強く争うこともなく、いがみ合うこともなく、それぞれの国にいる頂点の者は世界の安寧を求めています。フィルベルグもアルリオンも、そしてリシルアも。私が出逢ってきた人達は争いごとなど求めず、ただ日々を穏やかに、楽しく暮らしています。

 それを成したのがレティシア様を始めとした皆さんであり、この世界に必要以上の力を持たないようにと命を賭して制限を確立させて下さった英雄の皆様です。

 八百年間もの長きに渡り人々が争った歴史は、私には見つけられませんでした」


 だから大丈夫です。そうイリスは続けた。

 迷いなど一切見られぬ曇りなき笑顔で。


 あぁ、なんて優しい女性(ひと)なのだろうかと三人は思う。

 彼女は人の歩んできた歴史がどうであれ、大丈夫なのだと信じている。

 そしてレティシアの成そうとしたことは間違いなどではなく、正しかったのだと。

 それを言葉として伝えることはなかったが、その気持ちは痛いほどに伝わってきた。


 そんなイリスにレティシアは尋ねる。

 本当に、それでいいのですかと。


 その意味が分からないイリスではない。

 答えの代わりとなる言葉を、満面の笑みで伝えていった。


「私は、"人の可能性"を信じていますから」


 その言葉に瞳を閉じた三人は、それぞれ言葉にした。

 それはとても小さな声ではあったが、三人とも賛同してくれたことにイリスは皆様がいてくれたからこそ実現するんですと感謝を述べる。

 そんな彼女にそれは違うぞと、メルンはとても優しい眼差しで話した。


「本当に凄いのはお前だよ、イリス。

 正直なところ、アタシ達だけならもう諦めていた。

 どうしようもないことだ、できることなど何もないってな。

 きっとそれは当たり前だと世界中の者達は言うだろう。

 人の身ではできることなど限られている。自分にできることなど高が知れている。

 ……でも、イリスは違うんだよな。……お前はそれじゃ嫌なんだよな」


 誇らしげに彼女を見つめるメルンに続き、レティシアも漸く覚悟が決まったようだ。

 しっかりと見つめ直した彼女は、はっきりとした言葉で話した。


「私にできることは本当に限られています。

 ですが、イリスさんがそれを心から望むのであれば、私にはもう何も言えません」


 レティシアは力を発現し、両手を添えるように光を集約しながら言葉にする。


「これが、私から贈ることのできる最後の知識です。

 ここにイリスさんが望むすべての知識が含まれています。

 どうぞ、お受け取りください。

 この知識が、イリスさんの望む未来を現実のものとする力となりますように……」


 ゆっくりとイリスへ向かう光に、レティシアと始めて逢った日を思い起こす。

 あの時も今と同じように彼女に託されたのだとイリスは思い出していた。

 今回もそうだ。彼女に、いや彼女達にこの世界の未来を託された。


 メルンは言っていた。自分達なら諦めていたと。

 しかし彼女達ならそんなことは絶対ないと、イリスなら断言するだろう。

 真剣に世界のことを想い、悩みながらも最善の方法がないかと考え続け、こんなにも優しく微笑みながら見つめる彼女達が傍観するしかないという答えを出すはずがない。

 きっと自分が想像も付かないようなことをしていたはずだと、イリスは確信する。


 次第にイリスの下へと光がやってくると、吸い込まれるように彼女の身体へと溶け込み、彼女の身体を黄蘗色の光で覆っていく。

 瞳を閉じながらもその知識を感じていたイリスは、静かに言葉にした。


「……これが、世界に新たな言の葉(ワード)を確立させた力……。

 ……これが、石碑に移入することを可能とした力……」


 ゆっくりと瞼を開けていくイリスへレティシア達は話した。


「それが、イリスさんの求める力の理論。

 この力を発現させた彼らであっても、恐らく確信できなかった力の全てとなります」

「こうして私達が石碑に存在することが、その理論を実証していると言えるでしょう。

 レティの理論が間違っているとは、私にはとても思えませんでしたけれどね」

「石碑に肉体を棄てて精神だけ入れようってんだ。それなりに危険は付き物だとは思ってたが、無事で何よりだな。……まぁ、無事ってのとはちょっと違うと思うが」


 声を出して笑うメルンに釣られ、アルエナとレティシアも楽しそうに微笑んだ。

 ひとしきり笑った三人は顔を合わせて頷いていくが、知識に含まれた理論を自身の出した答えと照らし合わせていたイリスにはそれが見えていなかったようだ。


「イリス」


 メルンの声に意識をそちらへと向けるイリスへ、微笑みながら彼女は話した。


アタシ達を使え(・・・・・・・)


 優しくも透き通る声が、暖かな世界に溶け込むように消えていった。

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