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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十八章 役目は達せられたと
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"言わないで"

「――ダメだ!! そんなこと認められない!!」


 穏やかな空間に響き渡る怒号のような言葉を、立ち上がりながら発するメルン。

 あまりの勢いに、彼女の座っていた椅子が後方へと倒れ込み、大きな音を立てる。

 レティシアとアルエナも同じような気持ちだと思える表情をするも、憤慨する彼女に気圧され、言葉を放つ機会を失ってしまう。


 彼女は感情を剥き出しで怒鳴り散らすような女性ではない。

 それだけの意味を含んでいる言葉をイリスは発していたが、ここまで怒りを前面に押し出すメルンにレティシアとアルエナは圧倒されていた。


 彼女にとってイリスの存在がそれだけ大きいのだろう。

 であれば、それも仕方がないだろうことを彼女は言葉にしていた。


 尚も続く説教のような言葉を、イリスは反論することなく静かに聞き続けた。

 その達観したかのような表情に悲しみさえ出てきてしまったメルンは、イリスの方へと足を進め、優しく抱きしめながら言葉にした。


「……頼むから、そんなことはもう言わないでくれ……。

 ……アタシ達にできることならなんでもする。いくらでも知恵を貸す。

 ……だからもう二度と、そんな悲しいことは言わないでくれ……」


 メルンの優しい声が、穏やかな世界に溶け込んでいく。

 だが、彼女も理解しているのだろう。

 できることなど極端に限られていることを。


 選択など、始めから二つしか存在しない。

 そしてそれは、増えることなどないだろう。

 いくら考え続けたところで、それが変わるとも思えない。

 それを誰よりも理解しているからこそ、メルンは激しく反対していた。


 前に述べたイリスの選択のひとつは、彼女の性格上選ぶことはない。

 事態を傍観することなど、彼女にはできるはずもないのだから。

 であれば、いくらメルンが強く言葉にしたところで何も変わらないだろう。

 彼女は既にその覚悟を持って行動をしているのが、痛いほど分かるのだから。


 強く、強く抱きしめるメルンはようやく理解する。

 自分が想っていた以上にイリスの存在が大きくなっていることを。


 これまでの人生で出会いと別れを繰り返してきた彼女であっても、永遠にも等しい時間を生きられるような存在となった彼女であっても。

 イリスと過ごす時間は、何ものにも代え難い大きなものへと変わっていたようだ。


 これは未練だ。

 まさかこんな状態になって初めてそれを強く感じるとは、彼女も思ってもみなかったことだ。

 どちらにしてもここをイリスが去れば、もう二度と逢うことはできないだろう。

 だがそれでも、もう一度逢いたいと思うメルンだった。

 可能であれば共に傍で生きたいと強く願ってしまうような未練を、彼女は人生で初めて体験していた。


 ふと、自分の名を呼ばれたメルンは抱きしめながら閉じていた瞳を開け、顔の見える位置まで少しだけ離れていく。

 大切に想ってしまった女性は、とても穏やかな表情で微笑んでいた。


「…………なんで、そんな顔が……できるんだよ……」

「これが"私の成すべきこと"だと理解したからです」


 丁寧にはっきりと言葉にしたイリスに、メルンはそんなはずがないと否定した。


「前にも言ったはずだ。『自分を"選ばれた者"だなんて使命感を感じるなよ』と。

『そういった素質があったのだとしても、お前が力を手にした事は偶然に過ぎない』とも言ったのを覚えているか?

 ……もう一度言うぞ、イリス。それを使命として殉ずるようなことは決してするな」


 優しく温かい言葉が心に染み渡る。

 何よりも大切に想ってくれていなければ、こんなに強く伝わることはないだろう。


 だからこそイリスは言葉を返す。

 彼女を大切に想っているからこそ、しっかりと自分の言葉で話さなければならない。

 これと同じ気持ちを抱いたのはエリエスフィーナと出逢った時だったと思いながら、とても懐かしい気持ちが溢れてくるイリスだった。


「ありがとうございます、メルン様。

 でも私は、私のできることをしたいと思います。

 この世界のためにできることなら、何でもしたいんです」


 美しい表情で優しい言葉を響かせるイリスをメルンは再び抱きしめ、一言馬鹿だなと、消え入りそうな大きさで呟いた。

 それはとても悲しげで、今にも泣き出してしまいそうな震える声だった。


 そう言われたのは二度目だと思いながら、イリスは頬を緩める。

 それでも取るべき道は変わることがないだろう。

 彼女の言葉を借りるのならば、イリスはイリスの心に従い、熟慮し、最善を探って行動することになる。

 それには様々なものが必要となるが、それについての話もしなければならない。


 そんなイリスの気持ちを強く感じたのだろう。

 レティシアとアルエナも彼女の意思に反対することなく、彼女の望んだ道への標となるように考えていく。


 だが、問題は沢山ある。

 その大きなひとつについて、レティシアはイリスに尋ねた。


「たとえ"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"と"願いの力"を融合させた新技術だったとしても、女神様のお力を超えることなど現実的に難しいのではないでしょうか」


 イリスが手にした新たな力は未知数だ。

 レティシアであろうと、その力を細かく分析するには数ヶ月はかかると考えていた。

 当然それだけの時間をこの場所で過ごさせるわけにはいかない。

 肉体を持つイリスは、この世界に長時間留まることなどできない。

 検証のできない力を使うことは、相応の危険を伴うだろう。

 それこそ失敗する可能性だって否定できないどころか、成功確率としては相当に低いと思えてしまうレティシアだった。


 だが、イリスにはどこか確信があるようだ。

 それほどまでに強大な力なのかとレティシア達は思っていたが、どうやらそれだけではなかったらしい。


「この力は確かに未知数で強大過ぎます。

 ですがこの力でなければ、もう誰もが何もできないのだと私には思えるんです。

 それこそあの石版ですら私のことを待っていたようにも思えてしまいますが、エリエスフィーナ様がそれを望まれていたわけではないと理解しています。

 私は一度あのお方にお逢いし、この世界へと導かれました。

 その時にこの件をお話にならなかったのは、私にこの世界で静かに暮らし、天寿を全うして欲しいと願ってのことだと確信しています。

 不安定な世界であることを伝えても、恐怖心を抱かせるだけですから」


 もうひとりの私の言葉を聞いたあのお方は、きっと悲しまれているとイリスは思う。

 大切な親友から託された魂を不安定な世界に導くことになるだけでなく、これから起こるだろう最悪の状況を体験させてしまうことになるなど、女神である彼女をもってしても思いも寄らなかったはずだ。

 きっと今も、申し訳ない気持ちで天上から見守っているかもしれない。


 だからこそイリスは強く思う。

 世界に溢れる悲しみの連鎖を断ち切りたいと。


 これは彼女の憂いを取り除くことにもなるだろう。 

 もしイリスの望む全てが叶うのならば、世界は安定を取り戻すのではなく、最高の形で収束へと向かうことになると彼女は信じている。


 しかし、その意味を本当に理解しているのかとメルンは言葉にしてイリスから離れ、倒してしまった椅子を直しながら座って話を続けた。


「イリスがしようとしていることは、人の身で女神の力と同等のものを発現させようってことになるんだぞ? 本当にその意味を理解しているのか?」

「そうね。私にもそう思えるわ。現実的には不可能だと思えてしまうのだけれど……」


 研究者であるふたりとは違い、アルエナには口を挟めるだけの知識がなかった。

 しかし、そんな彼女であっても理解できることがひとつだけある。

 それほどまでに凄まじい力を放ってしまえば、取り返しの付かないこととなるのを。


 それでもアルエナは口を出せない。

 それはイリス自身が、いちばん理解していると思えたからだ。


 自分が持つ知識のなさに、どうしようもなく申し訳なく思える彼女には、余計な言葉を放つことはできなかった。

 ただただ黙ってそれを聴き続けるしかできない自分が、情けなく思えていた。


 そんな彼女の気持ちを察して、イリスはアルエナに微笑む。

 それすらも申し訳なく感じてしまう彼女は、自分にも何かできることがないかと必死に考え続けていった。



 確かに彼女達が推察しているように、女神と同等の力なくしてそれを実現などできないだろうとイリスでも考えている。

 だが、それを可能とする力が存在すると言葉にした。


「"魔力限界領域(レッドライン)"を越える力であれば、それも可能とします」


 イリスの出した答えに言葉を失ってしまう。

 そんな三人にイリスは話を続けていく。


 この世界には、女神と同等の力にまで至った者が、私の知る限り九人いると。

 新たな言の葉(ワード)を創り出し、世界を改変するかのような光の柱を出した五人の英雄達。

 闇の世界に捉えられ、汚染された自らの魂を開放し、救世主と呼ばれた最愛の姉。

 そして、この石碑の世界へと移入するという前人未到のことを成し遂げた彼女達だ。


 どうしてその考えに至ったのかといった表情を浮かべる彼女達にイリスは答える。

 これまでに様々な話を彼女達から聞いていたのだから、これくらいの予想は付くと。

 更には"境界線"を意味する言葉がイリスを確信へと導いたと彼女は冷静に答え、自身が導き出した結論となるものを話していった。


「全ては必要以上に強く持ってしまった人の感情が原因であり、眷属化した存在は負の想いに突き動かされ、どす黒い感情に呑まれながらも全てを破壊しようとします。

 人が人である以上、負の感情を抑えることなど絶対に出来ません。

 そして眷属は悪ではありません。元は人であり、その黒い感情に呑み込まれ、抑えきれなくなってしまっただけなんです。そして世界はもう限界に近付いています。

 黒いマナが短期間に噴出しているのもそれを意味していると感じます」


 ひとたび魔王が発現してしまえば、この世界は今後こそ滅んでしまうかもしれない。

 そして女神エリエスフィーナは地上に顕現することすらできない。


 できることは限られるとイリスは話す。

 もしかしたら、この道しか残されていないのではという解決法を話していく。

 それには幾つかの条件と、レティシアが持つ最後の知識の欠片が必要になる。

 その意味をすべて理解しているイリスは、彼女を見据えて真剣に言葉にした。


「レティシア様。どうか知識の欠片を、私に託して下さいませんか?」

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