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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十八章 役目は達せられたと
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"そんな表情も"

「……どうして、"魔力限界領域(レッドライン)"のことを……」


 驚きの表情のままイリスを見つめる三人に、イリスは話していった。

 あくまでもレティシアから託された知識に単語だけ載っていたことを。

 それ以上のことは一切載っておらず、イリスはこれまで自らが経験してきたことから連想しただけに過ぎないということも。


 しかし、たとえそうであったとしても、その言葉が新しい言の葉(ワード)を確立させるためにレティシアの仲間五人が使ったという連想はできないはずではないだろうかと思ってしまうのも当然だろう。

 様々な思考を巡らせていくレティシアだったが、やはりその答えは出ないようだ。


 そんな彼女達にイリスは話を続けていく。これまで自分が経験して来たことを。

 そして彼女の仲間達が、まるで天へと昇るように光の柱を発現させたとアルエナから聞いたことで、イリスは確信したのだと答えた。


「それもメルン様にお逢いした後に体験したことがなければ、分からなかったと思いますが」


 そう言葉にし、その時の出来事を真顔で話していく。

 内容が内容だけに、みるみると顔色が青ざめるように変わっていくレティシア達。

 あまりにありえないと言えてしまうほどの話に、いくらイリスの言葉だろうがそう簡単には信じられないといった表情をしているようだ。


 だが、彼女の体験したものは紛れもない真実であり、嘘偽りのない体験談となる。

 話し終えたイリスはひと息つくように呼吸を整えると、メルンが彼女に尋ねた。


「……イリス……お前……何を言ってるんだ……。

 "黒いマナ"を浴びた? 漆黒の世界? もう一人の自分との対峙?

 ……そんなこと……ありえるのか……いや、お前が嘘を吐くとも思えないし、そんな必要などない……。では、本当に体験して、それを乗り越えたって言うのか?」


 冷静さを取り戻すように、瞳を閉じて深呼吸をするレティシア。理解できない事例を真顔で言葉にしたイリスに、彼女でさえも思考が完全に凍り付いてしまっていた。

 必死に彼女が体験した話を考え続け、ある疑問に辿り着く。

 それはメルンと別れる際に託された知識にも含まれることで、常識とさえ考えられているものくらいしか言葉にすることができないレティシアだった。


「……イリスさん。私達の時代では、眷属化した人間はもう戻すことができないと言われています。……いえ、元には戻らないと言った方が正しいでしょうか……。

 確かに私達も眷属とは一度しか対峙していないですし、そういった事例も全く残っていません。……ですが、イリスさんの話は信じ難いと言わざるを得ないのです」


 レティシアは話す。眷属と対峙した時の話を。

 あれは彼女達の人生でも最悪だと断言できる存在だったと。


「眷属には言葉は一切通じません。喋ることすらなく、ただただ理不尽に全てを破壊するために力を振るう、もはや人としてですら定義されない存在なのです」


 レティシアに続き、アルエナとメルンもそのことを話していく。

 そこに会話など発生しないと彼女達は断言した。

 そういった存在ではないと再び言い切る三人に、イリスは答えていった。


「仰ることも分からなくはないです。恐らくではありますが力を振るう存在は、もう魂まで黒いマナに侵食されてしまっていると私は考えています。

 こうなってしまうと皆様が仰る通り、人に戻ることは叶わないのでしょうね。

 ですが、そうなる前であれば、まだ対処法は残されていると思います」


 イリスはそう言葉にするが、実際に黒いマナを浴びて囚われてしまったら、もう取り返しの付かないことになる可能性が非常に高いと続けて話した。

 彼女の推察では、自らが内なる世界から爆発させるように力を解放すれば、黒いマナは霧散すると推察した。


 しかしそれは、イリスにとっては言葉にするのも辛いものだった。

 誰よりも大切に想っていた最愛の姉は、自ら"魔力限界領域(レッドライン)"を越えるほどの力を放出して黒いマナを霧散させることに成功はしたが、その代償は途轍もなく大きかったとレティシア達に話した。

 黒いマナに囚われた彼女が起こした現象は赤く輝く光ではあったが、かつて世界に新たな言の葉(ワード)を創りあげた英雄達と非常に酷似した光の柱を出したという。


「……私の姉は、魔獣討伐に参加した冒険者の一人でした。

 負の感情が入り乱れる世界に囚われた姉は、黒い想いに汚染された自分自身と対峙し、"魔力限界領域(レッドライン)"を越えてしまったんです」


 心を落ち着かせるためにお茶を一口飲むイリス。

 小さく揺らしてしまうカップに、彼女の想いの深さを知るレティシア達だった。


 彼女達だけでなく、イリスも大切な人を失っていた。

 だからこそ強くなれたと彼女は笑顔で返すが、それを素直に答えられない三人は、眷属との戦いで失った人達のことを考える。


 あの事件以降、逢えなくなってしまった人は数知れない。

 静かに暮らしているならそれでいいが、恐らくはそういったことではないだろう。

 それだけの被害を被った最悪の事件だったと、彼女達は魂に刻み込んでいる。


 重々しい沈黙が流れる空間に、イリスは話を続ける。

 その声はもう普段通りの穏やかなもので、必死に感情を押し込めていることに胸を痛めるレティシア達だった。


「私には、もうひとつの力があります。

 メルン様とお逢いしている時に覚醒した力、願いを具現化するというものです」


 "願いの力"とメルンに名称されたこの力は、"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"以上に強大なものだと彼女は話した。

 これに関してもイリスが来る前に話してくれていたようで、説明を省くことができた彼女は、黒いマナを内側から正常化する方法を試したのだと言葉にする。


「これは確かに危険な賭けではありましたが、どこか私にはそれができるように感じていたんです。

 それも曖昧に聞こえるかもしれませんが、この力であればできると思えたんです。

 ……それに、私の大切な仲間が黒いマナに覆われそうになった時、気が付いたら私はもう行動を起こしていました。

 きっと彼女を護ることができずに倒す選択しか選べなくなってしまうのが、私には何よりも怖かったんだと思います。……戻ってきた時には随分と泣きながら怒られてしまいましたが、それでも私はもしもが起きても、後悔はしなかったと思います。

 とても無責任な発言ですが、私は世界よりも仲間を選んでしまったんでしょうね」


 これ以上ないほど申し訳なさそうに話すイリスだったが、それを選ぶのもまた自由なのではないでしょうかとレティシアは話した。


「イリスさんはイリスさんです。貴女は貴女の心の赴くままに行動をすればいいと私は思います。そこに世界を天秤にかける必要などないでしょうし、それを誰かに悪く言われる筋合いなどありませんよ」

「そうだな。アタシもそう思うぞ。

 それにイリスは最善だと思っての行動を、自然と取っていたようにも思えるな。

 それに結果的には全て護り通しているんだ。誰にも文句なんて言わせるかよ」


 強めに答えたメルンにくすくすと笑いながら、アルエナは彼女に話した。


「まるで母親みたいね、メルン。そんな表情もできるだなんて知らなかったわ」

「そうね。イリスさんと出逢って随分と丸くなったみたいだし、本当の娘のように思っているのね、貴女は」

「んぁ!? 何言ってるんだ!? イリスはアタシの弟子みたいなもんだぞ!?」

「あら、本当に気が付いていないの? その表情は愛弟子に向けるものじゃなくて、どう見ても親の顔をしているわよ」


 ふたりに虚を突かれたように取り乱す彼女は視線を逸らしながら、まるで子供みたいなふてくされた表情で話した。


「……親の顔って言われても、アタシには自覚がないからなぁ……」

「イリスさんの話をしていた時の貴女は、優しい笑顔がずっと続いていたわよ」

「あんなに素敵な笑顔も、私は初めて見たかもしれないわ」


 素敵な笑顔で話す二人に、メルンは視線をずらしたまま黙ってしまった。

 そう言われることに悪い気は全くしないが、物凄く気恥ずかしいようだ。

 そんな彼女に微笑み、話を本筋へと戻していくレティシアは、イリスに尋ねていく。


「ですが、たとえ強大な"願いの力"であったとしても、私にはそれを克服できるとはとても思えないのですが、それだけ強力な力ということなのでしょうか?」

「いえ、それについてもお話をしようと思っていたんです。

 私が漆黒の世界から戻ってくることができたのは、それとはまた別の力なんです」


 イリスの言葉にこれ以上ないほど驚くメルンは、強く聞き返してしまった。

 まさか更に強大な力に目覚めたのかと尋ねる彼女に、イリスは説明をしていった。


「確かに新しい力ではありますが、これは"想いの力"と"願いの力"を合わせたものなんです。それも正確に言うのならば、"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"を融合させた力なので、正直なところ未だにその限界を測れないんです」

「ゆ、融合って、イリスさんは合成魔法を完成させてしまったということですか?」

「いえ、違うわアルエナ。イリスさんは元々持っている力を掛け合わせたのよ。

 恐らくは"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"と同じ原理だと思うわ」


 流石にレティシアには思うところがあったようだ。

 それもそうだろうと思えてしまうイリスは話を続けた。


「この力を手にするために、レティシア様が確立した"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"の理論を応用させていただいたんです。幸いなことに成功はしましたが、実際のところどれだけの力を秘めているのか、その片鱗しか私には分からないんです」

「……何とも凄い話になってるが、それだけの力は必要ないんじゃないか?」 


 過ぎた力は身を滅ぼすことになる。

 強大過ぎると言えてしまうものなど必要ないと思える彼女は、イリスの身を案じる。


 だが、必ず必要になるのだとイリスは断言した。

 それもそう遠くない先に使うことになるだろうとも。


「理論上の力はある程度把握できますが、それでもまだ足りないと私には思えます。

 それがメルン様と議論を重ねた、この世界の女神エリエスフィーナ様の残された石版が大きく関わっています」


 それについても、彼女が来るまでに三人で話し合っていた。

 当然、議論をしようとも、良い答えなど全くでないものではあったが。

 レティシアの推察とは全く別の話となる石版の件は、もはや人ではどうしようもないと彼女ですら結論を出してしまっている。


 そしてそれは概ね正しい。

 人が対処できる領域を遙かに凌駕した現象に、対応策など取れるはずもなかった。


 だが、唯一イリスであれば、その解決法を見出せる可能性があると、彼女は真剣に言葉にしてレティシア達を驚愕させていった。

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