"今度は"
落ち着きを取り戻したイリスは、続けて今後の話をしていく。
とはいえ、これまで通りに北東を目指すことは変わらない。ここから先のことを話し合わないまま、随分と疲労感の溜まっている一行は、体力の回復を優先していく。
ずっと眠り続けていたイリスも、今回の一件は精神的に相当疲れたようだ。
イリスは"想いの力"と"願いの力"を融合させた新しい技術を使い、広範囲に"警報"と"索敵"、そして"保護結界"を使っていく。
念のため気配と音を遮断し、この水晶園とも言える場所全体に魔法を覆っていった。
しかしこの力は真の言の葉ではないため、正確にはそれらの魔法とは違うのだとイリスは話した。
「効果は似ていますので、魔物の接近があればしっかりと皆さんに伝わるでしょう。
保護魔法に関しては"完全なる保護結界魔法"よりも遙かに頑強なもので護っていますから、全員が安心して休めますよ」
街以外の場所で過ごす時は、必ず誰か数名を見張りに立てるのが常識だ。
そうでもなければ身の危険に直結してしまう。音もなく忍び寄ろうとする魔物は確認されていないそうだが、そういったことに警戒するのが当たり前となっている。
しかし、いくらイリスの強固な魔法に護られているとはいえ、全員が同時に休むことを推奨する彼女に何も思わないわけではない。
思えばそういったことを一切考えることもなく冒険者を続けてきた彼らが、いきなり言われてそれを受け入れる方が難しいと思えてしまう男性達だった。
少々悩んでしまっていると、それぞれバッグから取り出した毛布を敷いていく女性達。二枚を地面に敷き、もう二枚はイリスを中心に横になった彼女達にかける。
仲良くイリスの左右にネヴィアとシルヴィア、その横にファルがごろんと大の字で横になった。
星空を見上げ、少しだけ話をしていた彼女達は、すぐに静かな寝息を立てていく。
余程疲れていたのだろう。
シルヴィアは瞳を閉じると安心したように眠りに就いたようだ。
続けてファル、ネヴィアと続くように就寝する。
さてどうするかと悩んでしまう男性達に大丈夫ですよと一言声をかけ、イリスもゆっくりと瞳を閉じる。
少々葛藤はあったが、彼女がそう言うのであれば問題ないだろうと判断した二人も、満天の星を見つめながら眠りに落ちていった。
周囲には魔物の気配はなく、とても穏やかな時間が流れていく。
早朝、先に目を覚ましたイリスは、仲間達を起こさないよう横になったまま空を見ていた。
今日もとても天気がいい。
冬の気配を思わせる冷たい香りの中、イリスはこれからのことを考えていた。
石碑から流れてくるマナを冷静に感じ取りながら、正確な方角と距離を計算する。
これまでにないほど鮮明な感覚に戸惑うことなく意識を向ける彼女は、ようやく目的地周辺まで来ていたと知ることができたようだ。
仲間達が起き上がってきたのは、それから三アワールほど過ぎてのこととなる。
のそりと起き上がりながらもぼんやりとしたままのシルヴィアに、イリスは話した。
「もっとゆっくりしていて下さい。今日はお昼過ぎに出発しましょう」
「大丈夫ですわ。今は疲労感よりも安心感が強いです。いつでも出発できますわ」
「そうですね、姉様」
とても嬉しそうに話すふたりに笑顔を向けていくイリス。
ヴァンとロットも起き出したようで、後は残すところファルのみとなるのだが、彼女も既に眠りから覚めていたらしい。
元気良く立ち上がった彼女は右胸あたりに上げた右こぶしをぐっと握り込みながら、はきはきと話した。
「でもまずは朝ごはんだ!」
彼女の言葉に笑顔でそうですねと言葉にしたイリスは立ち上がり、朝食の準備を始めていった。
支度をしながら自分が目覚めるまではどうしていたのかと尋ねていくと、どうやら女性達三人で食事を作っていたそうだ。
流石にイリスほどではないにしても、既に彼女達は男性二人の料理よりもさらに美味しいものを作れるようになっていた。
ファルに関しても、マナを混入させることがなくなっているので問題ないだろう。
食材もまだ残りが十分にあるので、それほど気にすることもないようだ。
たった二日間彼女の料理を食べなかっただけで、イリスの作ったものを恋しいと思ってしまう仲間達は、久々にとても美味しい食事を堪能していった。
食事が終わり、出立の準備をしながらこれからのことを話し合っていくイリス達。
その正確な目標となる場所を言葉にする彼女に続いてシルヴィアも話した。
「ここから四日、ですか。……となると、食料品も問題なさそうですわね」
「随分近くまで来ていたんだねー」
「方角はここより北北東に当たります。もしかしたら、"暗闇の森"に入らなかったこととブーストを使っての移動が、大きく距離を短縮できていたのかもしれませんね」
ふむと声を出しながら、イリスの指し示す方向へ視線を向けるヴァン。
四日ともなれば、もう目と鼻の先にも思えてしまう。
「食料品を探しながら歩くか? 一応まだ十分残ってはいるが、何が起こるかも分からない以上、できる限り集めることも必要になるかもしれないな」
「そうですね。手に入れば保存魔法をかけますよ。野草でも食べられないものが多いので、分からない時は聞いてくださいね」
イリスの言葉にむふふと意味深な含み笑いをしながら口に右手を添えたファルは、シルヴィアとネヴィアに話していく。
「今度は食べられるキノコだといいね」
「……ぅ。こ、今度は大丈夫ですわよっ。
美味しそうなものを持ってくれば、大凡食べられますわっ」
「……その発想で持って来たら、半分以上毒でしたね、姉様……」
シルヴィアの懲りない性格に、苦笑いが出てしまうネヴィアとイリスだった。
以前森で手に入れたキノコの類の半数は食べられなかったようで、残念ながらその場で捨てることになってしまった。
意気揚々と沢山持ってきた彼女達に言い辛そうにイリスは答えていたが、冒険者だけではなく料理をしたことがある子供であれば、親から食べてはダメと言われている一般的な毒キノコだろうとふたりは持ってきたので、彼女達はこれらについて詳しくはなかったようだ。
そんなふたりへヴァンとロットは思い起こしながら言葉にした。
「食べられる野草やキノコなどについては、女王から学んではいないのだったな」
「キノコは森林じゃないと手に入り難いから、中々勉強ができなかったね」
「美味しいキノコくらいは覚えましたわ。それに、身体を鍛えることばかりに集中していましたので、そういった知識には疎いんですの」
「思えばここまで森らしい森にあまり入りませんでしたもんね。
ニノンでもすぐにキノコが見つかってしまいましたし、大空洞手前の森では食料は十分でしたから、手に入れることもしませんでしたね」
思い起こすように話すイリスだったが、シルヴィア達からすればニノンで森と言えば、あの浅い森の入り口に生えていた謎キノコが真っ先に浮かんでいたようだ。
微妙な表情を浮かべてしまう彼女達に、ファルは首を傾げる。
彼女にどう伝えていいのか表現に悩んでいると、イリスはその詳細を話して彼女を納得させた。ファルからすれば森は遊び場のようなものだったので、流石に褐色キイロタケモドキの名を知らずとも、その形状や大きさは知っていたらしい。
「あー、あれってお薬の材料なのかー。あたしはてっきり毒キノコかと思ってたよ」
シルヴィア達が言えなかったことをずばっと言葉にしてしまう彼女に、何とも言えない表情を向けていくが、イリスにとっては特に気に触るようなことでもなかった。
寧ろ、あの色合いでは仕方ないですよねと笑いながら答えた。
「似たような色合いのキノコは割りとあるのですが、毒キノコが多いんですよ。褐色キイロタケは毒を含みますから、その見分けは見比べてみないと中々に難しいんです」
「毒のあるなし云々よりも、あんなの食べようとは流石のあたしも思わないなぁ」
声に出しながら笑う彼女に、そうですよねと答えるイリスは釣られるように笑った。
そんな様子を見ながらヴァンは答えていく。
キノコの見極めは熟練者でも難しい場合があると。
「まぁ、似たようなキノコでも危ないものだったりする場合もある。
そういったものは除外するのが安全だろうな」
「そうですね。それにキノコ全てが美味しいとも限りませんし、何でもお鍋に入れていいものでもありませんからね。美味しくて安全なものに限って採取した方がいいと思いますよ」
そう話ながら歩くイリスと先輩達は、キノコの奥深さを話しながらも危険だと思われるものの形状をシルヴィアとネヴィアに話す。食べただけで命を落としかねないものや、中毒性の持つ非常に厄介なものを中心として彼女達に教え、目的地までの道のりを再び進んでいった。
途中イリスは、この水晶園が誰かに荒らされないようにと力を発現させた。
美しい白銀の光が一面を照らし、それが収まる頃にはより一層の美しい光を放っているようにも思えてしまう水晶を横目にしながら、一行は石碑を目指し歩いていく。
レティシアとの再会まであと四日。
それも順調にいけばの話ではあるが、ここまでの長い旅路で彼女達は、四日などすぐ近くだと思えるようになっていたようだ。
再会に喜びながらも、聞きたいこと、話したいことの考えを纏めながら歩くイリスは、冬の気配を感じ始めた秋の空を見上げながら、果てなく続くかのような青に広がる雲をどこか楽しそうに見つめていた。




