"光に満ちた言葉"
少女は、ふわふわとした気持ちの中にいた。
それはとても懐かしいと思えてしまう空を漂う感覚。
何故こんな気持ちになるのかは理解できた少女は、居心地のよさを感じながらも瞳を閉じ続けていた。
少女はふと思い出す。
あぁそうか。私、この世界に戻ってきたんだと。
次第に意識がはっきりしてくると、自分のことを呼ぶ声が聞こえた。
それはとても綺麗で美しい声だった。
まるで澄みきった水のような、透き通る声。
大切なひととも違うその優しい声に、どうしようもなく懐かしさを感じていた。
とても優しく穏やかな声に、心が落ち着いていくようだった。
幼い少女はゆっくりと瞳を開ける。
懐かしさを感じる、とても美しい淡い水色の空間。
空があるように思えるほど高く壮大な世界。
ようやく戻ってきたのだと、少女は記憶している。
だがそれも紛い物。
勝手に奪った、自分が体験したものではない記憶だ。
それでも彼女は言った。
あなたはあなただと。
本当に嬉しかった。
身勝手な存在の私に、あんなにも優しく温かな言葉をかけてくれることが何よりも嬉しかった。
私は彼女ではない。
でも、それでも私は、私であることを赦してもらえた。
そんな気持ちになれた、不思議な夢のような体験だった。
これから彼女は、辛い選択を選ぶことになるだろう。
その時、傍にいてあげられないことがとても悲しく思えてしまうのは、我侭なことなのだろうか……。
再び少女に語りかける美しい声。
そちらへと視線を向けると、そこにはとても美しい女性が立っていた。
薄水色の髪を腰まで真っ直ぐと伸ばしたその女性は、まるで海を溶かした宝石のような輝きを放つ瞳で、少女を優しく見つめていた。
とても幼い少女は思う。
あぁ、本当に帰ってきたんだと。
だが同時に、自分の辿るその先を思い、身体が震えてしまう。
存在が消されることがこんなにも恐ろしいことだとは、あの時には想像もしていなかった。
「大丈夫よ」
目の前の美しい女性はとても優しく少女に語りかけ、両膝をつきながら両手を広げ、幼い少女を迎え入れる。
その様子に笑顔になった少女は、その女性の胸に飛び込んでいった。
優しく抱きしめ、少女の頭を撫でながら安心させるように女性は言葉にした。
貴女は消えるわけではないのよと。
また新しい命として世界に生まれるために、ほんの少しの間だけお休みをするだけなのよと。
その言葉に少女はゆっくりと顔をあげながら、とても言い辛そうに話した。
「……でも、わたしは……世界から溢れる、淀んだマナから……」
「そうね。それでも貴女は、イリスさんの記憶の一部を手にし、私が愛してやまない世界の子供達のひとりとなったの。
だから大丈夫よ。今は少しだけ休んで、また新しく生まれ変わりましょうね。
それまでは、ずっと傍にいてあげるから」
「…………うん。ありがとう……」
瞳を閉じるイリスに女性は力を使い、彼女を美しい水色の光に包み込んでいく。
光に包まれたとても幼いイリスは、思い出したように彼女へと話した。
「……そうだ。あのね、もうひとりの私から、伝えて欲しいって言われてたの」
「あら、そうなの? どんな言葉なのかしら?」
優しく聞き返す女性に、幼いイリスは笑顔で言葉にした。
「あのね、『私は私で、できることを頑張ってみます』って。それでね――」
消えつつある身体と意識の中、小さなイリスは満面の笑みで言葉を紡いでいく。
それは徐々に世界へ溶け込んでいくかのような遠ざかる声ではあったが、美しい女性にはしっかりと聞き取ることができたようだ。
光の粒が空へと還っていく姿を見つめながら、女神エリエスフィーナはとても美しい声色と優しい笑顔で言葉にする。
それはまるで、愛しい我が子を寝かしつける母親のような慈愛に満ち溢れていた。
「……そう……ありがとう、もうひとりのイリスさん。
……おやすみなさい。良い夢を見られますように……」
イリスのいなくなった天上世界で、エリエスフィーナはひとり考える。
辛そうに瞼を閉じ、空を仰ぐようにしながらゆっくりと瞳を開けると、彼女は今にも涙してしまうような悲しい表情で、とても申し訳なさそうに話し始めた。
「……ごめんなさい、イリスさん。
この世界は、貴女が思っている以上に辛く、厳しく、残酷で、無慈悲です。
それは全く変わりません。今までも、そしてこれからも……。
ずっと変わることなく続いていくでしょう」
再び瞳を閉じながら、エリエスフィーナは静かに言葉にする。
その声は僅かに震え、美しい頬に一滴の想いが流れた。
「……でも……。それでも貴女は、そう言葉にしてくれるのですね。
私がしようとしたことも全て理解した上で、私が犯してしまった大罪を知っても尚、前へと進み続けて下さるのですね……。
あれほどまでに辛いことも体験し、あれほどまでの惨状を知ったとしても……。
……それでも貴女はまだ、この世界のことを……そう思って、下さるのですね。
……ありがとう、イリスさん……」
ひとり佇む天上世界に、彼女の言葉が響いていく。
それはとても光に満ちた、女神よりも女神らしさが溢れる言葉だった。
『私は、この世界に生きる人々とこの美しい世界を、心から愛しています』




