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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"静かな場所"

 何もない大地で一泊するという、稀有な体験をすることができたイリス達。

 変わらず魔物の存在は確認できず、穏やかな時間を過ごしていた。

 周囲に張っていた警戒も徐々に緩やかになっていき、全く無防備ではないにしても随分と心の余裕を持てた彼女達は、これまでの疲れを癒すことができたようだ。


 本当に不思議な場所だと思えた。

 何もない空間は物寂しく感じられるものなのではないかと考えていたが、どうやらそうではなかったようだ。それどころかとても落ち着くことができたようにも思える。

 暗闇の中を暖かな光で包み、美味しい食事と仲間達との楽しい会話、平らな大地に横になりながら見る満天の星空、優しく頬を撫でる涼しく吹き抜ける静かな風。

 そのどれもが心地良さと安らぎを感じるとても素敵な体験で、場所以外は普段となんら変わらないことではあるものの、これまでとは違った特別な夜を過ごしていた。


 美しい月の光が、並んで眠るイリス達四人を優しく照らす。

 少々硬い地面ではあるが、ぐっすりと眠ることができているようだ。

 焚き火を囲むヴァンとロットは周囲を警戒し続けるが、その場を出立するまで安全で静かな時間は緩やかに過ぎていった。




 翌日、朝食を済ませ、魔法もしっかりとかけ直して道なき道を進んでいく。

 何もない景色が変わらずに続いていくも、どこかのんびりと歩くイリス達だった。


 そんな中、この場所は生物が生きられない環境なのではとイリスは仲間達に話した。

 乾いたさらさらの大地は、踏み締めたような硬さを感じる。

 ひとりその場にしゃがみ込んだイリスは、砂のような土に触れながら話した。


「……やはり、マナが感じられません。だから魔物もいないのかも……」


 手にした土を掴みながら、確かめるように指を動かしていく。

 砂漠の砂ともあのダンジョン内の石とも違うこの土は、さらさらとした手触りではあるが、そこに含まれるはずのマナが全くないとイリスは感じていた。

 世界中に行き届かせなければいけないはずのマナが、この場所には(コア)から供給されていないのだとすれば、動物すらも生み出す必要がない、ということなのかもしれない。


 だが、それはそれで大きな問題だともイリスには思えた。

 たとえ土だろうと、マナが含まれていないことそのものが、既に異常な事態となっているのではないだろうか。

 これらは全て憶測でしかないものではあるが、もし仮にそれが正しいのであれば、やはり世界は非常に良くない方向へと向かっていると思えてならない。


「ここは、もしかしたら"ドライレイク"と呼ばれた場所なのかもしれませんね」


 ぽつりと呟くようにイリスは話す。

 聞きなれない名称ではあるが、二つの単語であれば仲間達でも理解できた。


「乾燥した湖、という意味か?」

「はい。とはいえ、私もこれについては詳しくないんです」


 ヴァンの問いに答えたイリスは続けて話した。

 この名称もこういった地形も、全ては大切なひとから聞いた物語のひとつだと。

 何故そうなったのかは色々と原因があるらしいが、もしかしたら今いる場所も昔はそうだったのかもしれないと彼女は話を続ける。


「かつてこの場所は、とても美しい湖、だったのかもしれませんね……」


 立ち上がりながら感慨深げに言葉にした。

 しかしそれが真実だとすれば、湖が枯れてしまったことは非常に良くないのではと思えてしまう。

 更には先ほどのイリスが放った言葉が、頭の片隅から離れない。


 彼女は確かに言ったのだ。

 土にマナが感じられない(・・・・・・・・・)と。


 これが意味するところの正確な答えは、シルヴィア達にも分からない。

 しかし、本来コアから世界全体に行き届くはずのマナがこの場に存在しないのであれば、本当にこの湖だった場所は枯れてしまったのかもしれない。

 だからこそ草木も生えず、ただただ広い台地となってしまっているとも思えた。


 しかしここに、ひとつの疑問がシルヴィア達に浮かび上がる。

 何故イリスはマナが感じられないと言葉にしたのだろうか、と。


 マナとは魔力の根源であり、それを練り上げて形成し、魔法として発現することで視認できるものだ。素となるマナを視覚として感じ取ることができないのは、レティシアが書き上げた魔法書にも記され、魔法を扱う者からは常識とさえ言われている。

 イリスはそれを感じ取り、理解していたようにしか聞こえない言葉を発した。


 そんなことが果たして可能なのかとシルヴィア達は思う。

 母やルイーゼ、ネヴィアはリーサからも魔法について学んでいる姉妹だったが、そういった類のことは一切耳にしていない。独自に魔法について学んだロットもそうだ。

 ヴァンはエリーザベトからチャージの技法を学んだだけだが、そのくらいの常識とさえ言われている知識ならば持ち合わせている。そしてファルもアルトから言の葉(ワード)の全てを託されているが、そういった情報は一切含まれてはいない。

 それをイリスは、マナが感じられるような言い方をしていた。


 もしかしたらイリスは、何か別の力に目覚めたのだろうか。

 その瞬間から、何かしらの力をイリスは手にしたのだろうか。


 "願いの力"を覚醒させてから、とても不思議な印象を仲間達は彼女に受けていた。

 しいて言えば、それは美しい輝きと言えるもの、というのが一番しっくりくる。

 見た目の美しさもさることながら、その内面の輝きが溢れ出しているように思える。

 それはエリーザベトやフェリエが持つ、芯の通った大人の女性の美しさというべきものにも似ていると思えるが、やはりそれとはどこか違う印象を受けた。

 


 しかしそこではなく、別の問題と思える思考にシルヴィア達は戻っていく。

 この土地にマナが存在しないとイリスが話した点だ。


 その思考で行き着く先は、悲しい答えしかないと思えてならなかった。

 そう思えたのは、緑と水と風が溢れる豊かな大地で生きていたからかもしれない。

 彼女の言葉から無言が続いてしまう一同の頭には、ひとつの答えが浮かび上がる。


 ここは、死んでしまった大地(・・・・・・・・・)なのではないかという、とても悲しい答えが。


 こういった状況になるには、何十年どころではないはずだ。

 恐らく、何百年単位でこのままの状態なのは間違いないと思えた。

 レティシアはそれをイリスに伝えたかったのだろうか。

 それとも彼女達の生きる時代では、美しい湖として存在していたのだろうか。


「とても静かな場所ですね」


 悲しげに言葉にする彼女に返せる者はなく、何もない大地をただただ歩いていった。



   *  *   



 どれほど歩いたのだろうか。

 次第に遠くに見えていた丘が近付いてくるも、少々違和感を感じる一行。

 近付けば近付くほどその違和感は大きくなり、それを眼前に確認するまでの近さへと辿り着いた頃、思わず全員同時に深くため息をついて立ち止まってしまった。


「……これは、あれだな……。エステルを連れて来なくて良かったと言えるな……」

「そう、だね……。あたしもそう思うよ……」

「……凄い、ですわね、これは……」

「凄いですね、姉様……」

「魔法で確認はできていましたが、やはりその目で見ると随分違う印象を受けますね」

「ここも人の手が入っていない場所なんだろうね。自然にできた地形だと断定することは俺には難しいけど、これを人が成したとも思えない。本当に凄いね、自然の産物は」


 ロットの言葉に頷きながら、目の前に広がる荒々しくもごつごつした岩場が続く険しい大地を見つめ、感嘆とも落胆とも思えるため息を改めて深く吐いてしまうイリス達だった。

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