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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十七章 光に満ちた言葉
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"新たなる力"

 瞳を閉じて深呼吸をしながら精神統一をしていくシルヴィア。

 そんな彼女を見守るイリス、ネヴィア、ファルの三名は固唾を呑む。


「――いきますわ!」


 強い信念を宿した瞳を開けながら言葉にする彼女は、渾身の魔法を発動していった。

 対象物にシルヴィアの美しい水色のマナが包み込み、徐々に落ち着いていく光からその姿を現していく。


「…………や……やりましたわぁ!!」


 腰ほどの高さまである石の上に置かれたフライパンを確かめるように見つめながら、シルヴィアは叫ぶように喜びを露にした。

 珍しく胸の前に両こぶしをぐっとする仕草から、よほど嬉しかったことが伺えるが、そういった感情表現をこれまであまり見せることがなかった彼女に成功を喜んだイリス達三人は、自分のことのように嬉しく思いながら拍手を送っていく。

 ようやく完成ですわねと、胸を撫で下ろしながら答えるシルヴィアだった。


 フライパンを手に取り、確認するイリス。

 しっかりと"洗濯(ウォッシュ)"の効果で汚れが落ちている。

 それを伝えると彼女は安堵したようで、ぺたりとその場に座り込んでいった。


 エグランダを出た辺りから学び始めてはいたが、中々に習得することは難しかったようで、随分とかかってしまいましたわねと彼女は呟いた。

 実際にはかなり速いペースだとイリスは伝えるも、いまいち彼女達にはしっくりきていないようで、それを補足するようにファルも答えていった。


「確かに初心者向けの魔法とも言えるものだけど、これって小さな子供の頃から少しずつ学んでいくものらしいよ。人によっては早く習得できることもあるみたいだけど、感覚的な話になるから上手く説明しても理解できるかは人ぞれぞれになっちゃうんだ。

 だから、ここ数日でそれを習得すること自体、とってもすごいことなんだよ」

「そう、なんですのね……」


 驚いた表情で言葉にするシルヴィア。

 続けてネヴィアも話していった。


「確かに生活魔法は他とは違い、少々特殊なようにも思えます。文字通り感覚的なものを察知することをしなければならないようですし、説明を受けて理解しているようでもしていない部分が多いと、使えるようになってから判った気がします。

 とても不思議な感覚を感じますが、レティシア様の時代を生きる人々はどのくらいで習得されていたのでしょうか」


 素朴な疑問を投げかけたつもりではあったネヴィアだったが、彼女の問いに答えるには少々難しいかもとファルは答え、イリスもそれに続いていった。

 魔法が衰退した今とは違い、嘗ての言の葉(ワード)がありふれた時代であるレティシアが生きた世界は、やはり今とは随分と違う印象を受けるようだ。


 中でも明らかに違うと言えるのは、魔法を親が子に教育していた点だという。

 物心付いた頃から学び始め、子供達との遊びの中で少しずつ学んでいく世界。

 "潜伏(ハイド)"、"索敵(サーチ)"といったものだけでなく、シルヴィアが時間をかけて習得した"洗濯(ウォッシュ)"や"洗浄(クリーン)"なども、子供のうちから使える子が多数いたようだ。


 当然、それほど効果的なものとして見せることはなかったが、何週間どころか子供によっては何年も習得に時間をかけるのも珍しくはない技術なのだから、それを数日で覚えた彼女は確かに凄いと言えるだろう。

 しかしそれも一年半という修練期間を経て、ブーストを手にしてから本物の言の葉(ワード)を学び出した彼女達は、昔の子供達と比較することが難しいとイリス達は話した。


 先ほどのネヴィアの言葉を引用するのならば、感覚的なものを察知することをしなければならないと言葉にした通り、それを無意識のうちに学んでいた子供達とは明らかに違う感性を持つのも当たり前かもしれないとファルは考えた。

 要するに嘗ての世界で学ぶ方法とは随分と離れてしまっている、ということになる。

 身体を鍛えながら充填法(チャージ)を学び、そこから更に経験を経て本当の言の葉(ワード)を学ぶ。

 ここに説明し難い感覚を感じるのも当然なのだろうと、二人は思っていた。

 メルンに話せば研究対象にするかもしれないと考えながら話を続けるイリスだった。




 セルナを出て二日。イリス達は浅い森を北東へと向かっていた。

 真っ直ぐ北へと進んでいれば、丁度深い森の入り口といった場所にあたるらしい。

 直進すれば確実に"暗闇の森"へ突き当たることと、石碑の場所が遙か北東に位置する場所のため、危険な場所を避けながら最短距離を彼女達は目指す。


 とはいえ、この辺りはまだまだファルだけでなくセルナの住民が狩りに来る場所なので、周囲をよく知る彼女に美味しい木の実の場所や、休憩できる地点を話してもらいながら進むことができていた。

 そんな休憩場所で一休みをしながら、魔法の修練に励んでいる仲間達だった。


 シルヴィアが焦がれるように欲していた"洗濯(ウォッシュ)"を習得したことで、もうひとつの生活魔法である"洗浄(クリーン)"と合わせて二つの魔法をイリスから学び終えていた。

 既にネヴィアも習得しており、残すところは彼女の"洗濯(ウォッシュ)"のみとなっていたが、無事に手にすることができてホッとしている、今はそんな頃合になる。


 姉妹であろうと魔法の習得速度はかなり違うようで、ネヴィアは魔法に適していると思えてしまうような速度で新たな言の葉(ワード)である"保存(プリザーブ)"と"乾燥(ドライ)"をも手にしていた。

 残念ながらどちらもそれほどの効果はなく、一週間ほど状態を保つものと、濡れた服を乾かす程度のものではあるものの、ネヴィアはかなり満足しているようだった。


 習得速度にこれほどの差が出てしまったことは、想像力の差といったことが要因としては非常に大きい。しかし、得て不得手に個人差は出るが、しっかりと学べば誰でも扱えるような力となっている。

 それはどうやらヴァンとロットにも言えることのようで、集中している彼らへと視線を向けながらイリスは尋ねた。


「ヴァンさん達はどうですか?」

「……うむ。二百メートラ程度だが、索敵(サーチ)が上手く反応しているようだ」

「……なんだろう。俺にはかなり難しい気がする……。それでも百メートラほどは確認ができたと思うよ」


 使用者によって向き不向きを感じるのは仕方がないとイリスは話す。

 そもそも魔法とはイメージ、所謂想像力で増減する力だ。

 修練をすれば魔法の威力は高まるが、それも人によって習熟速度は違う。

 それは魔法に限らず、勉強や鍛錬にも言えることではあるのだが。


 ヴァンは持ち前の鋭敏な感覚から索敵(サーチ)だけでなく、警報(アラーム)も早々に習得し、修練に励んでいた。逆にロットは、これらの魔法を覚えるのに時間がかかってしまったようだ。


 対象的に戦闘で扱うことのできる防御と反射魔法の習得が早かったのは、彼の性格と意思がそうさせたのかもしれないと彼自身は思っていた。

 強く、強く仲間を護りたいと願い、焦がれるように手にした力であれば、やはり覚える速度が違うということなのだろう。


 補助魔法に関しては、獣人であるヴァンよりも感覚的なものが劣っていると想像していたことが体得させ難くしているとロットは感じながらも、どこか仕方がないと諦めるようにしていたことが要因だった。

 しかし、百メートラの範囲を確認できるようになっただけでも、これまでと比べれば遙かに違うと断言できる。草むらの揺れる音や足音に警戒しつつも、突発的な襲撃に対応が安定してできるようになったということになるのだから。


 当然、これらの魔法に頼り切るのは非常に危険だが、彼らはそういった自惚れる冒険者ではない。大丈夫だと言い切ることはしない方がいいと思えるが、それでも強力な言の葉(ワード)に振り回されることはないとイリスは疑わなかった。



 休息を取りつつこれからの話をするも、この辺りはまだファルの案内ができる場所になる。危険な場所でもないことから、随分と落ち着いた心構えで歩き続けていた。


 しかし、それもあと三日ほど先までしか分からないと彼女は言う。

 地形的には浅い森がひたすら続き、その先には予想通り深き森となっているようだ。

 安全を優先して"暗闇の森"とセルナの住人に呼ばれた場所へ向かうことはできない。

 かなりの危険を伴うし、そういった場所はできるだけ避けるべきだと判断している。


 流石に目的地が近くなればそうも言っていられない地形になる可能性も高いので、いざとなれば決断せざるを得ないと思われた。しかしそれも今現在では決める必要もないため、セルナからそう遠くない浅い森を楽しげに進んでいるイリス達だった。

 そこから先は地図にも記されない地帯へと入っていき、セルナの人達も踏み入らない場所へとなっていくようだ。

 何日も街から遠ざかる必要もないので、これまで気にしたこともなかったようだ。


 その先に何があるんだろう。

 そう思ってしまう者がいない世界の中で、それを感じてしまうのはイリスが魔物のいない場所から来た者だからなのかもしれない。

 魔物が闊歩するこの危険な世界でそういったことを思う者など、学者のような魔物と対峙したことのない研究者か子供だけだと思われるが、これから未知の場所へと向かうシルヴィア達も不思議と好奇心を搔き立てられる印象を強く感じていた。


 そう思えるのは、イリスとよく似た性格や価値観を持っているからなのだろうか。

 明確な答えなど出て来ないが、確かに感じる高揚感に似た感情に戸惑いながらも、これもひとつの冒険なのかもしれませんわねとシルヴィアは呟き、その言葉を不思議と納得してしまうイリス達だった。

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