"想いの雫、大河となりて"
辺りはすっかりと日が落ち、道場内に優しく影を伸ばしていた。
秋を告げるかのような涼しげな風が頬を撫で、昼間の暑さをまるで感じさせない。
徐々に寒さは増し、そうかからずにこの辺りは一面の雪景色となっていくだろう。
今が一番過ごしやすい時期なのかもしれない。
そんなことを思いながら、大切な娘と向かい合って座るフェリエだった。
その横には優しく微笑む父が傍に座り、家族だけの静かな時間を過ごしているようにも感じられた。
こうして向かい合うのは何度目となるのだろうか。
毎日のようにこうやっていたようにも思える。
小さかった頃の娘と重なる不思議な感覚を感じながら、フェリエは静かに語り出す。
これまで何を想い、過ごしてきたのかを。
これまで何を願い、過ごしてきたのかを。
それを彼女達は今まで口にすることはなかったが、確かにそう想っていたのだと伝えていく彼女の言葉に娘は目を丸くする。
愛されていないと感じたことなど一度もない。
大切にされていないと思ったことなど一度もない。
それでも彼女は目を丸くしてしまう。
これまでそういった想いを母が言葉にすることはなかったから。
静かに語られる母の言葉が止まり、周囲を静寂が優しく包んでいく。
母との思い出を振り返るように様々な記憶が頭を過ぎる。
ふと暖かな温もりに包まれた彼女は、意識をそちらへと向けた。
優しく抱きしめられながらもゆっくりと形作られていく母の唇に、娘は目を丸くしたまま大粒の涙を零していく。
やがて想いの込められた雫は大河となり、止め処なく彼女の瞳から溢れ続けた。
抱きしめ合う母娘を美しい月が優しく照らしながら、夜空に彩を添えていた。




