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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"特産品"

 人が本当に驚いた時は、何も言葉にすることができないと言われている。

 誰かがそれを言っていたのか、それとも何かの本に書いてあったのかは定かではないが、これまでそれなりに世界を旅して、人生経験を少しは積んで来ているフェリエとヴィクトルでさえも、言葉を失わせるほど驚愕させるには十分過ぎたようだ。


 その原因となっているものが、食卓に並ぶ料理の一皿としてテーブルに載っている。

 それを摘んだ瞬間に彼女達の時間は止まり、思考を停止させるほどの衝撃を与えた。

 どうやらそれは、以前同じものを食したシルヴィア達でさえも凍り付かせるだけの威力を持っていたようだ。

 あれから六日は経っているので、正確に言うならば少しは変わっているのだが。


 食卓に座る全員が食したものの詳細を考え続けるも、その答えを出す前にそれを作った者がそれを摘み、口へと静かに運んでいく。

 何かを考えながら問題の肉を食べ終えると、表情を然程変えずに話した。


「中々美味しいですね。それなりに熟成ができています。

 "願いの力"による温度、湿度、風を一定にする検証は概ね成功と言えますね。

 これなら冒険中でも放置しながら美味しい熟成肉を作れそうです。

 ……まぁ、まだ熟成六日目ですし、こんな感じなんでしょうけどね」


 そんなことを冷静に話す女性の方へゆっくりと視線を向けていく一同だったが、尚も言葉にできずに固まったままでいるようだ。

 これだけの物を作り上げてもまだ熟成が足りない、そう言っているように聞こえた。

 随分と時間がかかったが冷静さを取り戻したフィッセル夫妻は、彼女の作ったサラダをとても美味しそうに食べるイリスへと話した。


「……イリスさんは、お料理がとても上手ですね」

「……い、いや、これは流石に料理上手を超えてると思うよ、フェリエ……」

「……凄いですね、イリスさんは。こんなに美味しい干し肉を作れるだなんて……」

「正確に言うとこれはもう熟成肉なので、干し肉とはちょっと違うんですけどね」


 イリスは熟成肉について、ざっくりとではあるが説明していった。

 ついでに作り方も話していく中、聞き逃すまいと真剣に耳を傾けるフェリエだった。

 これだけの美味しさを再現するのは非常に難しいが、作ることができれば家庭の食卓事情が激変することは確実だと彼女は考えていた。


「お肉はどれも採れたてでは美味しくないんですよ。寝かす必要があるんです。

 腐りかけが美味しい、だなんて言葉もあるくらいですが、実際にはこれも違います。

 本当に美味しいお肉はしっかりと熟成させることで、そのお味を激変させることができます。これまでの冒険では時間的な余裕も熟成させる条件も厳しかったので、作ることはできませんでしたが、温度、湿度、風を一定に保つことさえできれば、それなりに調理技術がある方なら美味しいお肉が作れちゃうんですよ」


 よろしければ後で紙にレシピを書いて渡しますよと笑顔でフェリエに話すと、是非お願いしますと即答した。

 余程美味しいと思ってくれたのだろうが、正直に言うとこれはまだ熟成が足りない。

 もっと美味しくするには、最低でもひと月は熟成しなければならないとイリスは話すが、それも気を付けねばならないことが沢山あるそうだ。


 "願いの力"であればそういった空間を一時的に作り出し、熟成をさせることができたが、本来であれば熟成肉専用の部屋を使って作らなければならない。

 先程イリスが言葉にしたように、温度や湿度に最大限注意を払いながら肉を寝かせる作業が続くので、初めて作る場合はかなり失敗しやすいと話した。


「正直に言いますと、カビかそうでないかを見極めるのは非常に難しいと思います。

 一応それについても見分け方や注意点なども含めて書かせていただきますので、何度も試してみて下さい。ひと月も熟成させたお肉は、本当に美味しいですから」

「どのくらい美味しいんですの? これでも十分に美味しいと思えるのですが……」

「表現がし辛いですが、たぶん美味しい熟成肉を食べちゃうと、捌いたお肉をそのまま調理しようとは思わなくなるかもしれませんね」


 あまりのことに絶句してしまう一同。

 再びイリスは、とても美味しそうにフェリエの作ったサラダへフォークを伸ばす。

 保存魔法を使えば新鮮な野菜を持ち運ぶことができるので、これまでの旅と同じように石碑までの道でもそれなりにはバランスのいい食事ができるはずだ。

 とはいえ、流石にそう沢山料理の種類を作れるわけでもないので、そこは仲間達にも我慢してもらうことになるのだが、魔物を狩っては塩胡椒で焼いて食べるという野趣あふるる食事を取っていたヴァンとロットからすれば、イリスの作る料理は冒険中であっても一流料理店で食べるものよりも遙かに美味しいと思っているようだ。


 シルヴィアとネヴィア姉妹も料理に関してはイリスに教えてもらっていたが、それでも材料が制限されるこれからの冒険ともなれば、レシピを思い浮かべられるほど調理技術を手にしてはいない。

 そしてファルに関しても、同様に同じ食事を続けてしまうような冒険になるのだが、現在の彼女はイリスの作った熟成肉を味わいながら涙を流し続けることしかできなかったらしく、残念ながら会話に入れるような状況ではないようだ。


   *  *   


 食後のお茶を頂いていた頃、ひとりの女性が食卓に入ってきた。

 白猫族と思われる真っ白な毛並みに、尾の先だけ黒が入っている二十代半ばの若い女性で、恐らくはあの子の母だろうかとイリスは考えていると、その女性は言葉にしていった。


「お食事中ごめんなさいね。今さっき畑仕事が終わったものだから。

 ……と、そうだったわね。私はセリノの母でフロラといいます。

 先程はお店で私のバッグを購入していただき、ありがとうございます」


 わざわざお礼を言うためにここまで来たのかと考えていたイリス達だったが、彼女の登場で涙が止まったファルはフロラに尋ねていった。


「バッグの件かぁ。やっぱ安かった?」

「違うわよ、高過ぎるの。あれは試作品だし、ブッフェルスのそこまで良くない革で作ってあるの。あのバッグは小金貨一枚でも高いくらいなの。だから返金にきたのよ。

 今後はホワイトレザーで作ったバッグをセルナの特産品にでもなればいいな、くらいの軽い気持ちで作ってるし、そもそも小金貨を貰うほどの商品でもないのよ」

「そうなの? でもでも、ブッフェルスのホワイトレザーボンサックでしょ?

 小金貨三枚って、割と妥当な金額じゃないのかな?」


 フェリエへ視線を向けるファルに、彼女も頷きながら答えた。


「そうね。確かにそのくらいじゃないかしら。

 状態にもよるとは思うけど、エークリオならもっと高値になると思うわ」

「……フェリエまで……。ここはセルナよ? 小金貨なんて大金の商品は置いてなんかないわよ……」


 少々予想だにしなかったことに戸惑うイリス達だったが、仲間達で話し合った結果、そのままお金は支払う方向で話が纏まったようだ。

 だがそう簡単には引き下がれないフロラは断り続ける。

 そんな彼女にイリスは話していった。


「ではこうしましょう。そのお金はセルナのために使ってください。

 とはいえ、そういったお金にするには少な過ぎますが、あって困るようなものでもありませんし、私達にはあのバッグがその金額に見合ったものだと思って購入させていただきました。どうかそのままお受け取り下さいませんか?」


 真っ直ぐフロラを見つめながら話すイリスに、言葉が詰まる。

 流石にそこまで言われては、何も言い返すことができなくなってしまったようだ。

 では決まりですねとフェリエが話すと、観念したように肩を落とすフロラ。


「……心残りはありますが、ありがたく頂戴します」

「気になったのですが、やはりセルナにも特産品があった方がいいのでしょうか?」


 フェリエへと尋ねるイリス。

 彼女はその問いに頷きながらそうですねと答えた。

 実際にこの街は冒険者で稼いだ者達が故郷へと帰ると、全額を村の為に入れるのが当たり前のようになっている。

 街の維持に必要となるものは多く、お金がかかる場合も少なくはないらしい。この街ではお金はその価値をなくしてしまうような生活を、セルナの住民はしている。

 紙やペンといったものだけでなく、子供の勉強道具などにもお金が必要となるので、稀に訪れてくれる商人に足りないものを補充して貰う形でそれらを補っているようだ。


 そういったことを踏まえれば、やはりお金はいくらあっても足りないと言えてしまうのだろう。だからこそ特産品で収入を得ようと考えているようだが、ホワイトレザーには手間も革も必要となるため、それこそ行商にでも出ないとお金にはならない商品だ。

 しかし、バッグの類はエークリオに出なければ売れないと思われる以上、あまり特産品としては向かないのではとヴィクトルは話す。

 可能であれば、一番近いエグランダで売れる商品の方がいいのではと彼は続けるも、そう簡単に特産品を作り出すなんて難しいわよとフロラは返した。

 深くため息をついてしまう彼女に、シルヴィアはふと思った事を言葉にしていった。


「……この熟成肉を特産品にしては如何かしら」

「それはいいですねシルヴィアさん! それなら十分特産品になると思いますよ!

 時間も手間隙もかかってしまいますし、始めは難しいでしょうけど、安定すればエグランダでも売れますよ、きっと。流石にエグランダまで持ち運ぶのに保存魔法も必要になりますけど、フェリエさんとヴィクトルさんならすぐに覚えられると思います」


 なるほどと頷く一同と、その言葉にきょとんとするフロラ。

 彼女がそれを食し、皆と同じように凍り付くのは、もうほんの少し先の話である。

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