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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"この街で唯一の店"

 翌日、ファルに連れられてやってきた一軒のお店。

 ここはセルナ唯一の雑貨屋で様々な商品を取り扱っているのだが、この街の住人はお金での取引をせず、物々交換や畑の手伝いなどで商品を貰う仕組みなのだという。


 そもそもこの街は、お金で取引できるような商品を多く扱ってはいない。

 それこそこれからセルナを旅立つ若者に必要となる物も、お金で購入する者はいないので、硬貨を見かけることすら基本的にはないのだとファルは話す。


 この街には宿屋はないが、雑貨屋と酒場くらいはあると彼女は言葉にするも、実際にお店のような造りをしているのは雑貨屋一軒だけで、酒場とは名ばかりの、人の家で酒好きのおじさまおばさま連中が集まるたまり場となっているらしい。

 元々は畑や家の手伝いをしてくれた人に酒を振舞ったのが始まりなのだそうだが、それも大昔からあると彼女は聞いているようで、昔からこんな感じだったらしいよと、どこか楽しげにファルは話していた。


 目の前にある雑貨屋は、セルナ唯一の店となる。

 興味深げに店内を眺めるイリス達の元へ、店の男性がこちらにやって来て話しかけていった。白猫族特有の真っ白な毛並みに尻尾の先だけ黒くなっている、とても可愛らしい男性だ。


「いらっしゃーい、ファルねえちゃん! なにが()いりようですか!?」

「おっきめのリュック見せてー」

「はーい! リュックはそっちだよー!」


 とても楽しそうに指で場所を示す少年に、ファルは笑顔で答えた。


「ありがとー、セリノ。アルナルドさんとフロラさんは?」

「父さんと母さんは畑にいるよー。今日はファルねえちゃん来てるし、お店に来るかもしれないからここにいなさいって父さんにお店を任されたんだー」

「おー! お店番を任されるようになったんだねー!」

「うん! もう六歳だもん! 秋になったらどーじょーでべんきょーするんだー!」

「そっかそっかー。きらっきらの初級生だねー。きっと楽しいよー」


 頭をなでなでするファルに、とてもくすぐったそうに瞳を閉じるセリノ。

 この街の住人はファルにとって家族なのだと、改めて知ったイリス達だった。



 大きめのリュックは五つあるようで、素材を入れるための籠も隣に置かれていた。

 薬草集めにこの籠は便利ですねとしみじみ思いながら、まじまじと見つめるイリスだったが、今回必要となるものではないのでリュックへと視線を戻していく。

 どれもが大量の荷物を入れられるだけでなく、ポケットも付けられたものだったが、実際にこれを背負って冒険をするとなれば少々問題が出てくるなとヴァンは話す。


「突発的な戦闘になった際、これだけ大きなリュックだとそのまま戦うことも考慮しなければならない。多少持ち難いが、ボンサックの方がいいかもしれないな」

「ぼんさっくってなに? ファルねえちゃん」

「ボンサックっていうのはね、筒みたいな縦長のバッグで、リュックとは違って持つところがひとつになってるものだよ」

「あー、あれのことかな?」


 そういってセリノは、店の奥からひとつのバッグを持ってきた。

 白のボンサックのようで、材質は丈夫な革製に見えるそれを受け取ったファルは、驚きながらも言葉にしていった。


「……これって、ブッフェルスのホワイトレザーだよね?

 凄いなぁ、フロラさん。こんなバッグまで作れたんだ……」

「ブッフェルスの革は、黒や茶色などの深い色合いだと私は記憶しているのですが、この辺りに出現する固有種なんですの?」

「あー、そういうわけじゃないんだよ。なんていうか、あたしもよく知らないんだけど、そういった加工ができるらしいんだ」

「白く革を染める加工ですか、ファル様」

「うん。でも流石にやり方は知らないなぁ。セリノは知ってる?」


 ファルが尋ねるもどうやらセリノも知らないらしく、笑顔で返された。

 興味がないと思えるような印象を受けるが、それを尋ねることもなく話を続けた。


「そういえば、あまりホワイトレザーは見かけないなぁ。

 四年ほど前にエークリオで見かけたけど、中々貴重な物だって聞いたよ」

「確かリシルアでは白い革を作る職人がいると聞いたことがあるが、かなりの高額になるとも聞いていたな。……これは母君が作ったのか?」


 ヴァンの言葉に首を傾げるセリノ。

 どうやら言い方がちょっと難しかったようで、言い直していく彼に笑顔で答えた。


「そうだよ! 母さんが作ったんだ! すごいでしょ!」

「……っていうかこれ、いくらするんだろ……」


 バッグを手に持ったまま半目になってしまうファル。

 正直なところ高額になるようなバッグを作っても、セルナで売れるとは思えない。


「……行商にでも行くつもりだったのかな、フロラさんは……」

「お店で売るんだって母さん言ってたよ。なんか、ためし? で作ったんだってー」

「あら。それなら私達が購入してもいいのかしらね」

「昨日作ったばかりみたいだし、バッグ売れたら母さんよろこぶかもー!」


 とても嬉しそうに答えるセリノだったが、実際にそのお値段ともなれば難しいと言わざるを得ない。

 金額の見当が付かないイリス達に、さてどうしようかと話し合うこととなった。


 実際にこの大きさのブッフェルス製ボンサックと、ホワイトレザー加工の値段を合わせて計算したロットは、三十万リルほどじゃないかなと答えを出した。

 それでいいのではないかしらと軽く答えを出したシルヴィアに続き、ヴァンとファルも頷いていく。

 逆にイリスとネヴィアはもう少し高くてもいいのではと言葉にするが、大体こんなもんじゃないかなとファルもシルヴィアと同じように考えていたようだ。

 セリノに小金貨三枚を渡すと、雑貨屋さんの店員に戻った彼は、ありがとうございましたと元気に答えた。



 いい物が手に入ったと言葉にしながら、バッグを抱かかえて歩くファル。

 とはいえ、彼女も同じような旅用のバッグを持っている。姫様達も旅立つ時に必要になりそうなバッグを馬車に積み込んでいるので、これはイリスが持つこととなった。


「こんな素敵なバッグを私が持ってもいいのでしょうか……」

「いいんじゃないかなー。だってイリスの持ってるバッグって、確かにそれなりには大きいんだけどさ、あれで長距離は流石に難しいと思うんだ。

 セルナに来ればそれなりにいいバッグはどこかにあると思ってたから、エグランダで買わなくて正解だったねー!」


 実際にはエグランダの冒険者用品店で買おうとしていたイリス達ではあったが、この街に来ればそれなりのバッグは手に入るんじゃないかなと彼女は購入を止めていた。

 この街は冒険者として世界を自由に巡り、旅を終えて故郷へと戻ってきた者達ばかりが暮らす街だ。若者が旅立つ時に必要となるバッグを売っていないとも思えないし、いざとなればタダ同然で手に入ると考えていた彼女は、エグランダで買わなくてもいいと思うよと話していた。

 どうやらそれは正解だったようで、流石にこれだけ質のいいバッグは手に入らなかっただろうと思われた。

 これに保存魔法をかけてある野菜類を詰め込み、干し肉とパン生地、ポーションを持っていくことを決めていたイリス達は、厩舎へと向かっていった。



 厩舎で作業をしていたベレンに明日以降の話をお願いするも、快諾してくれた。


「あの子の面倒を見るのは問題ないよ。

 昨日も言ったけど、こっちからお願いしたいくらいだからね。

 でも余程大切な用事なんだね。二十日間も冒険に出るだなんて」

「エステルのこと、よろしくお願いします」

「大切に預からせてもらうよ。こっちは気にせず行って来るといいさね」



 笑顔で話すベレンの気持ちに感謝をしながら、明日の準備をしていくイリス達。

 とはいえ、食材と薬や少しの調理道具と白の書などを詰め込むくらいなのですぐに終えてしまった彼女達は、しばらく逢えなくなってしまうエステルを一杯構ってあげた。


 とても満足そうにエステルがブラッシングをされていると、昨日ファルと追いかけっこをしていた子供達が厩舎へとやって来たようだ。

 わらわらとファルに集まる子供達にエステルを紹介すると、彼女も子供達に鼻を寄せて挨拶をしていった。すぐに仲良くなった子供達はエステルの背中に乗せてもらい、彼女も子供達を落とさないようにゆっくりと歩いて遊んでいく。

 それを微笑ましそうに見つめるファル達と、子供達が落ちないか心配してしまうイリスとネヴィアだったが、あれだけ元気に走り回っていたから大丈夫だよと言われ、納得してしまった二人だった。


 夕暮れ時となると子供達はまた明日ねとファル達へ言葉にするも、明日には出立することを伝えていく。

 とても残念な表情を浮かべるも、すぐに元気を取り戻した子供達は笑顔で話した。


 彼らもまた猫人種だ。

 自由の精神をしっかりとその身に宿しているのだろう。


 そんな子供達へファルは、ひと月もしないで戻ってくるかもしれないよと伝えると、満面の笑みで喜び、それに釣られた彼女も笑顔で返していった。

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