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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"楽しい食卓を囲みながら"

 目の前にある大きなテーブルに載る豪華な食事を見たファルは、目が点になりながらも小さく言葉にした。


「……母さん……このお料理は?」

「今日はお客様がたくさんいらしていますからね。

 これくらいはと思ったのですが、もしかして足りなかったですか?」

「い、いや、流石に多いんじゃ、ないかな……」


 何とも言えない表情をしながら答えたファルだった。



 あれからしばらく夕暮れ時の街並みの中を歩いて、のんびりとした時間を過ごしたイリス達。夜の帳が下りる頃、再び道場へと向かった。

 今度は長い廊下を直進せず、その途中の右にある部屋へと通された一行は、食事を用意してくれていたフィッセル夫妻のご好意に甘え、夕食とベッドをお借りすることになった。


 先程、大したお構いもできませんがと母の言葉をしっかりと覚えている娘は、目の前に並ぶ豪勢な料理と両親とを行き来してしまう視線を落ち着かせながら言葉にした。

 今はそんな状況となる。


「詳しくはまだ聞いていませんが、皆さんはこれからも旅を続けるのでしょう?

 それならばと丹精を込めて作らせて貰ったのですよ」


 先程とも違うとても素敵な笑顔で答えるフェリエ。

 それは最高師範としても、またファルの母としても違う表情に見えた娘だった。

 しいて言うならば、世話焼きのお姉さんといったところだろうか。


 苦笑いを浮かべながらも椅子に座るファルに続き、イリス達も席に付かせて貰い、八名ものたくさんの人で賑わう楽しい食事会となった。

 姉達が同席していないことに残念がるファルへ、フェリエはそのことを尋ねていく。


「パストラとメラニアは、そのまま旅に出てしまったの?」

「ううん、今はエグランダで発注していたお気に入りのローブを受け取る前日ってとこじゃないかな。これもお食事が終わったらゆっくり話そうと思ってたんだ」

「そう。無事なら何よりだわ。あの二人は私が教えた生徒の中でも最高の強さを誇るけど、二人で旅をしていることに心配事は尽きないのよね」

「私達が二人で旅をしていた時には考えもしないことだったね」


 どうやらフェリエもヴィクトルと二人旅をしていたそうだ。

 初めての世界はどれもが全て輝いて見え、どこに行っても真新しさを見つけられ、同じ街に戻ってきても別の何かに気付かされるのを繰り返し楽しんでいたという。

 そのうちギルドにも行かずに呼び付けられるようになるまでは旅を謳歌していたのだが、プラチナランクともなればまるで自身が火種にでもなったかのように、問題事が次々と転がり込むようになったのだと夫妻は語る。

 残念ながら、そうなれば逆に窮屈に思えるような旅となってしまったらしく、小さな街にいても同じことが起こったのを切欠に、引退を考えるようになったそうだ。


「それほど世界を周ることもできなかったし、素敵な出会いも沢山あったけれど、結局は広い世界が窮屈に感じるようになったのよね」

「そうだね。フェリエも私も趣味嗜好が似通っているから、丁度同じ頃合で引退を考えていたんだよね」

「そうね。二人で旅を続けること自体は今でも魅力的に思うけれど、今はもう子供達の成長を見守っているのも辞められないのよね」


 元々面倒見のいい二人は覇闘術の才能を認められながらも旅に出て、冒険に満足したかのようにセルナへと戻ってくると、再び覇闘術を学びつつ子供達の面倒を見ていた。

 どうやら師範の器に納まりきれるものではなかったようで、そう時間をかけずして先代から覇闘術最高師範を任されるまでに至ったらしい。

 前任者から事実上全てを託された形となるのだが、若干意味合いが違うようだ。


「確かにフェリエは優秀だったこともあって、先代様から早々に託されたんだよね」

「……話を聞く限りじゃ、母さんに押し付けたようにも聞こえたんだけどね……」

「実際その通りだと思うわ。モニカ様は何かにつけて腰が痛いだの、関節が燃えるように熱いだのと私に言っていましたからね。全て笑顔で丁寧にいなしていたら、もう歳なんだから変わりなさいと直接言われてしまったわ」

「本当に良くない、ということはありませんか?」


 心配するイリスだったが、実際にはフェリエよりも元気でいるらしい。

 モニカも年齢的には高齢に入ったほどの方なので、それなりに病気の心配もしているのだが、毎日会う度に謎の病名を告げられているとフェリエは話す。


「もしかしたら、最高師範に戻されるとお思いなのかしらね。よく分からない理由を付けられなくとも、私が就いた以上はしっかりと果たさせて頂くつもりなのですが……」

「よく分からない理由、ですか?」


 首を傾げて尋ね返すネヴィアにフェリエは答えていくも、その謎の病気に苦笑いしか出なくなってしまうイリス達だった。


「先日会った時は確か、"膝関節がくがく症"だったかしら?」

「それは一つ前じゃなかったかな。確か先日は"畑耕さなければいけない病"だったよ」

「……なんですの、その子供染みた言い訳のような病名は……」

「あはは、ユニークだよね、先代様。子供達にもすっごい人気なんだよ」


 本当によく思い付くものだと感心するフェリエとヴィクトルだった。

 念の為そんな病気があるのかとイリスへと視線を向けるロットだったが、苦笑いをしながら首を横に振っていたことに安心すればいいのか悩んでしまっていた。

 話のついでにイリスは自身が薬師であることも伝えていくと、フィッセル夫妻は相当驚いていたようだ。


「どなたか体調が優れない方がいらっしゃいましたら、診察させていただこうと思うのですが、心当たりはおありですか?」

「ありがとうございます。幸いなことにとても元気な者達ばかりで安心しております」

「あたし達ってば、風邪もほとんど引かないんだよ。病気に耐性でもあるのかな?」

「ふむ。それは俺達虎人種でも心当たりがあるな。

 思えば子供も年配者も、集落で元気に過ごしていた印象を非常に強く感じる」

「昔、旅をしていた頃、とある街で出会った方が面白い説を唱えていましたね」


 思い起こすように話していくフェリエ。

 その方はエークリオで種族の研究を続けている学者だそうで、猫人種や虎人種、獅子人種や豹人種は遠い親戚なのかもしれないと考えていたらしい。

 元々はひとつの種族で、そこから何千年とかけて違う種族へと変わっていったのではないか、という話なのだそうだが、ここに面白さを感じていたとフェリエは話した。


「多くの種族がまるで家族のように思えて、私には素敵な推察だと思えたんですよね」

「本当にそうだったらいいと私は今でも思っているよ。

 どうやったらそういった考えを思いつくのかも、どうやってそれを証明すればいいのかも分からないけど、いつかはそれも分かるのかもしれないね」


 笑顔で話す夫妻の考えにファル達は頷いていく。

 そんな中、イリスはこれまで考えていたある説を唱えた。

 それはとても突飛もないことでありながらも、どこか納得してしまうような不思議な感覚を感じる一同だった。


「もしかしたら、この世界に生きる全ての者は女神様によって創られ、その全てが元は同じ生命なのかもしれませんね。女神様にとっては、この世界にいる生きとし生けるもの全てが愛すべき存在なのではないでしょうか」


 仮定の話をしながらも、イリスはどこか確信を持って話している。

 それを確たるものとして考えるようになったのは、メルンと議論を交わしたあの石版を見てからだ。一度だけしか逢っていないが、そういった方であったと思っていた。

 そこへエリエスフィーナの残した石版を目にしたイリスは、この世界の誰よりもこの世界に生きる者達を愛している彼女の気持ちをはっきりと確信することができた。


 それは、魔物もまた同じように含まれるのだと知った。

 石版には記されていないが、動物が人の代わりに魔物へと変貌を遂げさせている存在として扱われるのならば、それも当たり前なのかもしれないとすら思えた。

 女神エリエスフィーナはこの世界に生きる全てのものを、この世界を愛している。


 それをあの時、イリスははっきりと確信できた。

 そしてこの先一体何が起こるのかも。


 ルンドブラードでは仲間達にも話すことがなかったが、彼女はそれを確実に起こるものとして感じ取っていた。

 それはとても不思議な感覚で、まるで世界に教えて貰っているかのように彼女は思えてならなかった。



 そんな彼女の言葉に否定する者はこの場にいなかった。

 フィッセル夫妻は魔物という存在について知らないだろうし、あんな危険な存在も女神にとっては愛すべき存在なのかと普通なら考えてしまうところだが、不思議とそれを返すことはできなかったどころか、寧ろそうであって欲しいと思えていたようだ。

 今まで倒し続けてきた魔物であってもそう思えてしまうのは、とても不思議な感覚だと言えるが、それについても食後にしっかりと話をするべきだとイリスは思っていた。


 それを肌で感じていた夫妻は、娘が一体何を体験しているのかを尋ねたくなる衝動に駆られるが、それを抑えながらも楽しい食事の時間を過ごしていった。

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