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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十六章 普通の家族に
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"鍛える者"と"それを支える者"

「随分とご挨拶が遅れてしまい、真に申し訳ございません。

 私は、第三十二代アルチュール流覇闘術継承者兼同流派最高師範を務めております、フェリエ・フィッセルと申します。娘がいつも大変お世話になっております」

「チームリーダーを務めさせていただいております、イリスヴァールと申します。

どうぞ、イリスとお呼び下さい。こちらこそ、ファルさんにはいつも大変お世話になっております」


 彼女に続き、シルヴィア達もそれぞれ名乗っていく。

 満面の笑みで返すイリス達に、どこか申し訳なさそうに言葉にするフェリエ。

 娘の性格をよく知る彼女だからこそ、言わずにはいられなかったようだ。


「あの子は感情表現がとても豊かな子でして、家族としては可愛くも思えるのですが、人様には随分とご迷惑をお掛けしているのではないかと心配しております。

 皆様を振り回していなければよいのですが……」

「とんでもないです。毎日とても楽しくご一緒させていただいていますよ」


 イリスの言葉にそうですかと笑顔で返したフェリエ。

 そんな彼女に雑談を交えながら、これまでのことを軽く話していくイリス達。

 細かなことやこれからのことについては、ファルも同席して伝えた方がいいと判断した彼女はこれまで体験してきたことを、特に彼女と知り合ってからの話を中心にフェリエへ楽しく伝えていった。

 娘のことをその仲間達から聞き、とても幸せそうな母の姿を見せるフェリエだった。



 そしてフェリエは、覇闘術を継承する者としてファルのことを話していく。

 彼女が何を得意とし、何を苦手としていたのかの詳細を。

 いくら鍛錬を続けても、いくら指導しても、彼女は格闘術しか上達しなかった。

 それは母ではなく流派を継ぐ者として見ても、ファルが努力を怠ることはなかった。

 だが、そんなことは基本的にありえないのではないかとフェリエは思っていた。


 人は努力なしに何も得ることはできないが、真剣に鍛錬を続けてもそれに比例した分だけ望んだものを手に入れられるものでもない。

 しかし努力は決して無駄にはならず、手にするものは大なり小なり人によって様々だが、何かしらは身に付けることができると彼女は信じている。


 それをよく理解しているからこそ、フェリエは首を傾げざるを得なかった。

 彼女は努力をしても、全くと言っていいほど身に付けられなかったものがあった。

 それも一つや二つなどではなく、多々あったことに疑問を持たざるを得なかった。

 今まで少ないなりにも子供達の成長を見てきたが、正直こんな子は初めてだったとフェリエは言葉にした。


「時々修練や座学を抜け出しては木の実を食べていたり、小さな子供達と遊んでいたりお昼寝をしていたりと、随分と自由を満喫していた時もありましたが、自分の不得手が多いことをあの子なりに考える時間が必要だったのでしょうね」


 どう接すれば上達してくれるのかも分からない娘の指導に両親が困惑していた頃、才能がある格闘をファルは伸ばしていこうと結論付けたのだろう。それからは格闘術を真剣に鍛錬をし続けるようになり、その実力は目に見えるほど上達していったそうだ。

 しかし――。


「格闘術とは、近接戦闘の中で最も魔物に近付かなければならない非常に危険な技術。

 それを得意だからといって習わせ続けてもいいのかと、夫であるヴィクトルと何度も話し合いました。それこそ回数すら覚えていないほど毎日言葉を交わし続ける中で、下手に他の武器で戦わせるよりはいいかもしれないと次第に思うようになり、それならばと私達も彼女の方針に沿うような指導へと変えていきました」


 それがひとつの問題を生み出すこととなってしまったのですがと、フェリエはとても寂しい表情になりながらも話していった。


 並みの格闘術を体得した程度で魔物と戦うのは、危険極まりないと断言できる。

 だからといって、それを極めたところで一瞬の気の迷いが命に直結してしまう。

 ならばどうすればいいのかと両親は考えに考え、導き出した答えは娘を必要以上に鍛え上げることだったとイリス達に伝えていく。


 しかし両親から同時に厳しくされてしまえば、心に傷を残すことにも繋がるのではないだろうかと考えた二人は、鍛える者とそれを支える者とに分けることを決めた。

 現実的に考えればどちらが娘を鍛えるのかは選択の余地がなく、父には見せない姿を母にだけ見せるようになってしまったのだと、フェリエはとても悲しそうに話した。


 全ては娘のためにと心に強く誓ってはいても、厳しく当たらなければ取り返しの付かないことになっていたかもしれない。格闘で戦うということは必要以上の危険を伴うが、彼女もまた猫人種であることからセルナを出て行くのは時間の問題となるだろう。

 それを理解していた幼馴染や先輩後輩達に危険だと言われ続けても格闘術を止めなかった彼女に対し、そうすることでしか彼女のためにならないのではと考えたようだ。

 ファルには人一倍厳しく接してきた彼女だったが、それも全ては格闘に拘る娘を護るため。そう自分強くに言い聞かせ、可愛いひとり娘だからこそ誰よりも厳しく接した。


 肉親が子を鍛えるには、どうしても甘さが出ることがある。

 そうなれば却って危険な状況を導いてしまう可能性も出てくる。

 冒険者とは、どの職よりも命を懸ける職業だ。いつ何時訪れるか分からないその瞬間を少しでも減らすためには、他の生徒達よりも遙かに厳しく接する必要があった。

 しかし彼女は怒ったり、罵ったり、ましてや怒鳴り散らすことなど一度もなかった。

 それでも必要以上に厳しく接したことで、ファルが冒険者になるのを断念するような覚悟であれば、それはそれでいいとフェリエ達は考えていた。


 セルナに居続けろとは言わない。

 必要以上に危険な職に就かなければ、世界中を旅することもいいだろう。

 なにも危険な冒険者になどならなくとも、幸せになれる方法は沢山あるのだから。


 しかし、文句などなにひとつ言うことなく頑張り続けたファルは、格闘術のみで覇闘術師範代という位にまで上り詰めてしまった。

 そしてその三日後、突如として彼女はセルナから姿を消した。

 唯一教えることなく飛び出してしまった彼女に後悔したのは、その力を他の街で見せた瞬間、想像もしていなかった事態を招く危険性を持っているという点だった。

 今更言葉にしても仕方のないことではあるが、それを教えることなく旅立ってしまった彼女に不安が募っていったのだとフェリエは話す。


 彼女が手にしてしまった格闘術は、この世界でも特に異質なものと言えるだろう。

 そもそも素手で殴りつけるということ自体、魔物と対峙した者が取る行動としては危険だと誰もが言うほど常識的なものとして考えられていることだ。そしてそんな戦い方をしてしまう彼女に対し、それを見た者達がどう思うかなど想像に難くない。


 ましてや彼女は、ブーストを使っての戦いをすることになる。

 それを習得している者は、猫人種の中でも非常に限られていた。

 一瞬だけ発動するのではなく、身体を強化した状態で戦い続けることのできる者はファルを含め、パストラとメラニア、そしてフィッセル夫妻のみとなるが、それを使えるということそのものが並みの冒険者の比ではない強さとなるのは確実だった。

 一撃の重さ、破壊力を考慮すれば、それを見た者に与える影響も異質なものとなる。


「強者はその力を利用される可能性も、十分に考えられるでしょう。

 自由を束縛することは、私達猫人種が尤も忌避するものとなります。

 あの子にはそんな想いをして欲しくなかったと思うのは、親の我侭なのでしょうね」


 彼女の言葉に思い当たるヴァンとロットも、似たような気持ちを感じていた。

 そしてそれはフェリエ達にも言えることだったと、どこか悲しげに言葉にした。


 フェリエもヴィクトルも、かつてはプラチナランク冒険者として活躍した二人だ。

 それも相当の強さを持つ二人で、世界のどこに行ってもその力を求められたそうだ。

 それは強者の宿命だと言葉にする者も残念ながら少なくはなかったようだが、彼女達からすればいい迷惑だと思ってしまうことが多かったという印象を強く感じたらしい。

 依頼を断りながら街を転々と移動して旅を続けていたが、結局はそれも長く続くことはなかったとフェリエはイリス達に話した。


「次第にエークリオギルドから依頼要請が直接届くようになりまして、私も夫もそういった扱いをされるのであればと早々に冒険者を引退してセルナへ戻ったのですよ」


 そんな想いを娘にはして欲しくないと思ってしまう彼女達だったが、現実はそう甘くなかったと知る二人にとって、ファルが悪目立ちすることが怖かったと話した。

 それだけではなく、その強大な力を忌避する者がでないとは限らない。

 それは彼女をより苦しめてしまうことになるのではないかと、心配していたそうだ。

 更にはファルの先程見せた言動にも通ずると、彼女は話した。


「厳しくしたことで、あの子の心に良くない感情を植え込んでしまいました。

 本当に情けない話ですが、だからといってどうすればいいのかなど私達には分からず、あの子は時折、私が怒っているのだと勘違いするようになってしまったのです」


 とても悲しい表情を浮かべるフェリエに、言葉が詰まるイリス。

 同じような顔で考え込む一同の下へ、とても明るい声が辺りに響いていった。


「どうすればいいのかなど決まっていますわ。ご両親の想いをしっかりとファルさんに伝え、優しく強く彼女を抱きしめてあげるだけでいいのではないかしら?」

「――! そうです! それですシルヴィアさん!」

「流石です! 姉様!」


 ぱぁっと明るくなるイリスとネヴィア。

 ヴァンとロットも頷きながらそれがいいかもしれないと言葉にするも、フィッセル夫妻にはそんなことでいいのかといった表情を浮かべているようだ。


 だがそれでいいとイリス達は確信する。

 彼女が抱えているものをこれまでの旅で知ったような気がしているイリス達にとって、両親が真実を話し、ファルの心に触れる事が何より彼女の為になると信じていた。

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