"こういった生き方も"
「おーい! こっちこっちー!」
こちらへと向けて元気に手を振るメラニアに、ファルもまた手を振り返していく。
入り口からそちらへと向けて歩くイリス達は、店内にいるお客さんにぶつからないようにゆっくりと彼女達の下へと向かっていった。
現在は夕食時ということもあり、がやがやと賑やかな喧騒で溢れていた。
まだ鉱山にいた冒険者達は戻って来ていないようで、ここにいるのは作業が中断し休日となった多くの鉱夫と思われる力強そうな男性が、妻子連れで食事を堪能していた。
運よく席が空いていたようで、安心しながら彼女達の下へと辿り着いたイリス達は、隣の空席をお借りして彼女達のテーブルとくっつけさせてもらった。
どうやら二人は、お酒とおつまみを注文してイリス達を待ってくれていたようだ。
菫青石の杯亭。
ここは、ギルドから鉱山入り口を挟んで逆側にある飲食店になる。
食事ができる店は他にも沢山あれど、ここがかなり美味しいと評判なのだそうだ。
「何食べる?」
「メラニア姉達もまだ頼んでないの?」
「ええ。折角ですもの。皆さんでお食事をと思っていたのですよ」
笑顔で答えるパストラに、アタシはお腹空いちゃったよーと、酒の入ったジョッキを持ちながらメラニアはとても楽しそうに言葉にして、ぐびぐびと酒を飲んでいった。
壁にかけてあるメニューを見ながら、何を食べようかと考えるイリス達。話しながらそれらを決めていく彼女達の様子に、パストラは首を傾げながら思わず尋ねてしまう。
「あら? なんだか不思議な頼み方をするのかしら?」
「あー、あたし達はちょっと特殊な頼み方をしてるんだよ」
「特殊な頼み方?」
メラニアも同じようなしぐさで尋ねていくと、ファルはそれを姉達に教えていった。
「あたし達はね、人数分かちょっと多めに料理を注文して、みんなで取り分けて食べてるんだよ」
「あらあら、とっても楽しそうね」
「いいなぁー、アタシ達もご一緒させてもらっちゃおうかー」
「あら、いいですわね。楽しいお食事になりそうですわ」
「折角ご一緒しているのですから、是非そうしましょう」
「そうだね。こういったことは、大人数であればあるほど楽しいと思うよ」
「うむ。それだけ多くの料理を食べられるということでもあるからな」
「それじゃあ、みなさんがそれぞれ食べたいものを注文して、お取り皿もいっぱいお借りしちゃいましょうか」
「あー、でも、お店に迷惑かかっちゃうんじゃないの? 大丈夫?」
確かにメラニアの言うように、お店によってこういったことをするとあまりいいようには思われないこともある。これまで食事をした店ではそういったことはなかったが、それもしっかりと踏まえた上で注文しなければならないだろう。
近くを歩いていた店員のお姉さんをこちらに呼び、そのことを尋ねてみるも、快く了承してくれたようだ。流石にお皿洗いという意味では迷惑であることには変わりないので、その分多めに支払いをしているのだとファルは答えた。
それでも料理一品分くらいの値段ではあるが、決まって店員さん達には笑顔でお礼を言われるので、あまり迷惑になることとも思っていなかったイリス達だった。
そんな話をするとメラニアは、なるほどと納得したようだ。
「なんだか楽しそうだねー。アタシ達も次からそうしてみようかー?」
「あら、いいわね。それなら二品も味わえちゃうわね」
頬に手を当てながらその光景を想像しているパストラと、美味しいものが沢山食べられると嬉しそうに言葉にしたメラニアだったが、実際にはファルが楽しそうに冒険を満喫していることに羨ましく思いながら、とても幸せそうな表情を見せる妹の表情に微笑んでしまっていたようだ。
彼女達は、ファルがブーストを使いながら戦うことを知っている。
寧ろ他の猫人種はそこまで魔法の修練に力を注がなかったが、彼女達は別である。
真面目に鍛錬し続け、長時間ブーストの状態を維持しながら戦えるだけのマナ総量を手にした彼女達は、強さこそ並外れた存在となるも、他の冒険者とは自ら一線を引いてしまうほどの異質な存在となってしまった。
ファルがそれに気付いたのは、集落を出てエグランダを越え、リシルアへと辿り着いた後のことになる。リシルアギルドが推奨する強さを確かめる為の試験を軽々と超えた彼女は、すぐさま冒険者のチームに合流しての依頼を受けることとなった。
経験者の多いそのチームの目的は、あくまで新人であるファルの経験を積ませるための依頼を受けるという名目が付くが、冒険者の知識こそ少ないものの、その強さは既に並の冒険者を遙かに越える実力を手にしていた。
彼女がその違和感に気が付いたのは、冒険者となって初めて魔物と遭遇した時だ。
ハイアニィス数匹と対峙した彼女は、冷静に危なげなくそれらを撃退していった。
彼女は今のようなガントレットではなく、短剣を装備した新人斥候として依頼を受けていたが、その短剣捌きは既にゴールドランクの斥候と同等の強さを持つと思われた。
文字通りざわついてしまう当時の仲間達の姿が今でも忘れられないと、どこか彼女は寂しそうに言葉にした。
「斥候の強さとはいえ、新人冒険者がゴールドランク並みの強さを見せちゃったからね。……あの時の先輩達の表情は、今でも忘れられないよ。
あの時思ったんだ。……あぁ、あたしの強さは、世界でも異質なんだなって。
同時にパストラ姉とメラニア姉も、こんな気持ちだったのかなって思ったんだ。
過ぎた力はきっと人を驚かせるだけじゃなく、見た人によっては反感を買ったり、怖がられたりするのかもって、あの時のあたしは本気でそう思えたんだよ。
……だからあたしは、得意の格闘術を封印したんだ。武器も苦手なものの中でもそれなりに使えたダガーを選んだ。他の武器を扱えないんじゃ、あたしには剣士は無理だからね。最初は獲物からその道を選んだはずだったのに、もしかしたらあたしには斥候の道しかないのかなって、最初の冒険で思ったんだよ。
それはまるで心に刻み込まれるような感覚だった。あたしは格闘で戦っちゃいけないのかなって、今までの自分が否定された気持ちでいっぱいになったんだ。
……目立つことで、周りから拒絶されるのを恐れていたんだろうね、きっと」
ラコミーのジュースを一口飲んで一息ついた彼女は、嬉しそうに言葉を続けていく。
「でもさ、そんな時にイリスとシルヴィアに出逢ったんだ。
二人は似たような境遇でも、しっかりと前を向いて歩いている。
そんな二人の姿が、あたしには輝いて見えたんだ。
自分は自分の信じた道を歩くんだって、そう言っているようにあたしには思えた。
……あぁ、こういった生き方もできるんだなって、素直に思えたんだよ」
ファルの格闘術は途轍もない威力を持つだけでなく、非常に目立ってしまう。
ブーストでの戦闘となればダガーでも十分なほど強いが、彼女の格闘の比ではない。
明らかに異質な力を持つのは、イリス達であれば理解できていることだった。
アルトからの知識によって、かつての言の葉と"覇"の十全な使い方を出来るようになった彼女だが、それを抜きにしても彼女の強さの根幹は格闘術によるものになる。
体捌きだけでなく、持ち前の身体能力を活かした戦い方ができる彼女にとって、格闘術は強過ぎる力となっていたのは間違いないと言えてしまうだろう。それを同業者が見れば、そう時間をかけずして彼女の異質さに気が付き、悪目立ちすることになる。
もしそうなれば、どんな影響を彼女に与えるか見当も付かない。
それが怖かったのかもしれないと、ファルは甘いジュースを飲みながら考えていた。
そんな彼女を、優しく撫でていくパストラとメラニア。
自分達の自由を優先してしまった彼女達だったが、ファルを冒険へと連れて行けばよかったと思う反面、イリス達と出逢えて本当に良かったと心から思っていた。
彼女達であれば、ファルはもう大丈夫だろう。そう言いきれる人達だ。
どこか寂しさも感じてしまう姉妹達は、美味しそうに酒を飲んでいった。
「ところで、このお店の名前の意味って、イリスなら分かる?」
そう言葉にしたファルの表情は、いつもと同じように明るく元気な姿をしていた。
そんな彼女へイリスは、フィルベルグ図書館で手にした知識を話していった。
「菫青石。別名アイオライトと呼ばれている原石で、磨くと美しい青みを帯びた菫色の宝石のことですね。深みのある青でありながらも、どこか清々しくも思えてしまう不思議な魅力のある宝石だと思います。
そんな素敵な原石で作り上げた杯だなんて、見てみたいと思っちゃいますよね。
菫青石に込められた意味は、感情の激高を鎮めたり、不安を取り除いたりするとも言われています。……お酒も出すお店、という事にも関係しているのでしょうかね……」
そんなことを話していた彼女達の元へ、美味しそうな料理の数々が運ばれてきた。




