"魔石と魔物の関係性"
七層への入り口となる門まで来たイリス達。
問題となる危険種がいる階層まで手前に迫っているが、ここまで当然のように魔物と遭うことなく、迷うこともなく真っ直ぐ最短距離を進んできていた。
門前には兵士が十名待機しているが、基本この場所には守護任務に付いている者は四名ほどらしく、今回のような異例の事態になった場合に限り増員されるのだそうだ。
実際に彼らは戦うためにいるのではなく、情報を持ち帰るために人数を多く配置されているのだと話を聞いた後輩達三人は、とても悲しい気持ちになってしまう。
それはつまり、その中の誰か一人でも情報を持ち帰ることができれば、という恐ろしい考えから数人を配置しているからに他ならないことを意味している。
そしてこれは残念ながら一般的な常識とされているようで、冒険者にも同じことが言える場面が起きることもあるんだと、先輩達はとても寂しそうに言葉にした。
情報とは、時として自身の命よりも重いと言わざるを得ない状況に追い込まれる場合があると、嘗て魔獣討伐組として参加したヴァンとロットは身に染みて理解している。
彼らは後輩達にそれを言葉にすることはなかったが、自分達もほんの少し歯車が合わなければそうなっていたと感じていた。
しかし、その場で全滅してしまえばそれだけでは済まされず、そう遠くないうちに新たな調査隊や討伐隊が編成され、更に多くの犠牲者を出していた可能性が考えられる。
その後のミレイの件を考慮すれば、チャージを扱えるルイーゼやエリーザベトが前線に出てしまえば、それこそ最悪の結果を齎してしまうことになっていただろう。
現在のイリスであればそれを収束させることはできるが、当時であればそんなことは誰にも不可能だろう。
それこそファルやリオネスであろうとも、確実に倒されていたと思われる。
自分達が全滅していたら文字通り世界が崩壊していた可能性が高いと思えてしまう彼らは、表情こそ変化をさせていなかったが、その内心では本当にぎりぎりだったと恐怖心ですら感じていた。
七層の丁度中間にあたる場所まで来たイリス達は、鉱山を下に掘り進めることの危険性について話していた。
地下に進めば進むほど、核から溢れて来るマナの影響を受けやすいのではと思えてしまうが、それについても確たることは話すことはできない。
ひとつ分かっていることがあるとすれば、異質な存在が一匹でも出現した時点で、多くの犠牲者が出てしまうという点だろう。
地底魔物の特性を考えれば地下から地上へは出ないと思われるが、それはあくまでも推察の域を出ることはないものであり、確証も得られないことを断言はできない。
ダンジョンの存在が世界でも危険視されている中、それでも地下へと掘り進めている理由はひとつではないでしょうかとイリスは語る。これもまた確たる答えのない曖昧なものではあるし、いくら議論を重ねても確かなものを得ることはできないだろう。
それでも可能性という話の中でそれを言葉にするのであれば、恐らくは魔石が手に入り難くなっていることが挙げられる。
"内部構造解析"による効果で分かっているのは、この鉱山がとても広く採掘されながらも下へ下へと伸びている点だろう。
勿論ダンジョンとは違い、天井の高さはかなり低いと思われるが。
もし魔石が潤沢に存在するのであれば、横に広く掘り進めて行くことになるはず。
残念ながら、それを感じさせない採掘状況ともなれば、そう考えるのが妥当だ。
徐々に徐々にと掘り進められているのだろうが、いずれはそれと遭遇することになるのではないだろうかと考えるシルヴィア達は思わず息を呑み、しばしの時間を挟みながらも言葉にしていった。
「……それは、今すぐに採掘を止めさせた方がいいのではないかしら……」
「あたしもそう思う。あれは、あいつらの世界は、あたし達のいるべき場所じゃない」
とても言い辛そうに話すシルヴィアと、険しい表情で彼女に続くファルだったが、それらを説明することは無理かもしれないとロットは難しい顔で答えた。
それはつまるところ、ダンジョン内で直に"地底魔物"と相対した者でなければ持ちえない情報を、何故イリス達が知っているのかという疑問に繋がってしまう。
そして恐らくはそれだけに留まらず、エークリオ冒険者統括本部からその件に関して緊急招集され、事の次第を報告、調査が行なわれるだろう。
五千人ものエグランダに住まう者達の命に関わるだけではなく、魔石という現在では必要不可欠となっている資源に関わる重要なことになるのだから。
もしそうなってしまえば、冒険どころではなくなってしまうことは目に見えている。
エークリオギルドに出頭した時点で、真偽が判明されるまでは街を出られなくなる。
偽証だと決め付けることは流石にされないと思うが、正直なところ、数ヶ月の調査で済むとは思えない。世界に与える影響だけでなく調査で遭遇した冒険者がクリーチャーを倒せるとも思えない以上、かなりの犠牲者が出てしまうことも予想される。
それを前もって説明したところで、調査が中止されることはないだろう。より多くの調査隊が組まれる可能性も考えられてしまう。
最悪の場合、ダンジョンの存在を黙認していた件を咎められ、冒険者を除籍処分されることも考えられるが、これについては後輩達だけでなく先輩達も、冒険者で居続けることに未練はないようだ。
処分されても冒険者として依頼を受けることができなくなるだけで、魔物素材の買取はこれまで通りにできるらしく、特に困ることも感じないと先輩達が口を揃えて言葉にしていたのがとても印象的に思えたイリス達三人だった。
犠牲者が出ることを考えれば、イリス達はその件について口を噤むしかできない。
エグランダにこの情報を伝える方がいいのかもしれないが、それを最良だとはとても思えないし、確実に被害者が出てしまうダンジョン調査に向かうことが考えられる以上、それを説明することもできず、ただただ現状を見守ることでしかイリス達には選べないようにも思えていた。
ただひとつ、救いとまではいかないが、魔物の駆除が毎日行なわれ続けているので、そういった意味ではクリーチャーの発生を阻止できているのかもしれない。
通常の魔物よりも強いと言われていることに危険性を感じるが、それでも異形の姿をしていないのであればチャージなどを使わずともその対処は可能となっているようだ。
当然それには、クリーチャーと魔物の発生条件がイリスの予想通りであるのならばという前提での話となるのだが、サーチによる効果から地中に魔物が埋まるように存在していない点を考慮すれば、魔物がクリーチャーへと変貌と遂げる前に倒すことができている可能性も十分に考えられる。
この推察が正しいのであれば、エグランダの安全は今後も保たれ続けていくとも言い換えられるのではないだろうか。
それはまるで暗闇の中に射す一条の光明のように、イリス達には感じられた。
七層の中間付近、この階層でも二つ目の採掘場となっている空間を興味深そうに見ながら歩き続けているイリス達は、星の中央に存在するという核について話をしていた。
コアからマナが世界へ満たされるように浸透していくのだとイリスとメルンの二人は推察しているが、ここに少々疑問に思うところが出てきてしまう。
世界をマナで潤わせるのであれば、それは均等にコアから送られてくるはず。
であれば、やはり魔物への影響もそれなりにあると思わざるを得ない。
そもそも動物が高密度のマナの影響で変化してしまった存在が魔物なのだから、逆に言えば動物が存在しなければ人への影響があっても、なんら不思議ではないと思える。
仮に魔物の存在が、人に影響を与え難くするために生まれているとするならば。
仮に人の代わりに溢れるマナを動物が吸収し、魔物へと変異しているのだとすれば、ダンジョンや今歩いている鉱山内部に魔物が存在する理由にも繋がるかもしれない。
まるで人の身代わりとも言えてしまうように動物を出現させている存在、もしくはそういった仕組みがあるとすれば、鉱山内に魔物の姿が見られない事に違和感を覚える。
これらから導き出されるものについてイリスは言葉にしていくが、たとえ可能性の話であってもどこか信憑性を非常に強く感じるように思えてしまう内容で、それが答えなのではないだろうかと思えてしまうシルヴィア達だった。
「もしかしたら動物は、マナがより濃く溢れてくる場所へ出現されているのかもしれませんね」
地中から溢れるマナの量が少ないのか、それとも人に影響が出難いのかは分からないし、その答えはそれこそ女神たるエリエスフィーナでなければ出せないようなものではあるのだが、それでもどこかそれが真実であると思えてならないシルヴィア達。
動物から魔物へ、魔物から危険種へ。そして危険種から今現在で言われている魔獣へと変わり、更なる力を得てしまうと世界を滅ぼす災厄となる、という事なのだろうか。
魔物学者が聞けば鼻で笑うだろうイリスの提唱した魔石と魔物の関係性と、マナが動物に与える影響力に関する持論を、この場にいる者達が否定することはなかった。




