誰もいない"坑道"を
目的地となる場所まで真っ直ぐ坑道を歩いていくイリス達。
まずは八層の手前となる、七層の門まで向かう予定だ。
イリス達がいた一層の入り口となる空間の先、扉を越えた場所は既に炭鉱のような道となっていたようだ。しっかりと木材で崩落防止の補強がされた通路に均一感覚で魔石が埋め込まれ、明かりを灯している道が続いている。
高さ三メートラ、横幅六メートラほどもある坑道となっているようで、六人が隊列を組みながら歩いても窮屈さを感じさせない広さだった。
更には足場も所々荒々しい印象を受けるが、なるべくなだらかに造られているようで、これならば十分に戦える地面となっているようにイリス達には感じられた。
あれからギルド職員に鉱山や魔物について、更にはザグデュスに関する詳細を尋ねた一行はそのまま鉱山へと向かい、その場にいた職員達を大いに驚かせた。
現在は二層手前の門までの道を"内部構造解析"の効果のお蔭で、迷うことなく確実に進み続けている。
しかし、少しでも道を逸れると行き止まりになっている場所が非常に多く、更には下に行けば行くほど厄介な小道や小部屋のような空間が多くなっていくようだ。
そういったことからエグランダ所属ギルドマスターであるランナルは、ヴァン達が他の冒険者達と合流してチームを組むことを前提として話をしていたのかもしれない。
鉱山内の構造を把握できているイリス達が迷うことはないが、魔法の効果が得られなければ、とてもではないが時間をかけずに到達することは非常に難しいと思われた。
当然、目的地の場所となる扉の位置に"印"を付け、その場所までの最短距離となる経路を"道標"で仲間達にも分かるようにしてある。正確な地図をしっかりと記憶しているような状況で行動できているイリス達にとって、迷うことなどまずありえないと言い切れるだろう。
流石にサーチ系魔法は仲間達に伝わらないので、魔物に関してはイリスにしかわからないが、今歩いている一層から七層までランナルの推察通り魔物の存在はないようだ。
問題となる存在がいる場所も八層の中間辺りを行ったり来たりと移動しているようで、その行動範囲は広いものの七層へと向かう様子が見られないことに安堵したイリスだった。
八層にいる反応もひとつだけであり、恐らくこれが討伐対象となっている危険種だと思われるが、その更に下層となる九層にはかなりの魔物が存在しているようだ。
とはいえ、"コルネリウス大迷宮"とは違い、九層の魔物数は凡そ三十ほどで、最下層となる十層には七つしか反応がない。
尤も、最下層はまだ採掘中らしく、九層の一割ほどしか空間が空けられていないが。
ギルド職員達からの情報によると、意外なことにこのエグランダ鉱山の中で遭遇する魔物は、この周辺に生息する魔物と大差がないらしい。
洞窟ではないものの、やはり鉱山の、それも坑道となるような場所でボアやディアといった魔物が出没することに強い違和感を感じざるを得ないイリス達ではあったが、問題はどんな魔物が出現するのかではなく、危険種の存在が確認されたということだ。
未だそれも目にした者が報告したわけではないが、その痕跡を見つけたということそのものが既に異例のこととなる。
奇しくも逸れは、街門の守護任務に就いているラウノが言葉にした通りになってしまったのかもしれないと彼女達は思っているが、実際に彼がこういったことを危険視していたのではなく、異例の状況が訪れた際、冷静に対処ができるように心がけるべきだという意味ではあったのだが。
鉱山の内部には、幾つか大きな空間が設けられているようだ。
これまで二度、そういった場所を通過してきたイリス達は、その空間が掘り進めた場所なのかもしれないと予想していた。
推察ではあるが、そういった広い空間に質の良い原石が採れていたのかもしれない。
所々に延びている横穴はそれらを確認するために削り進められた場所で、そのまま放置されたのではとロットは言葉にした。
「どこに質のいい魔石が眠っているか分かりませんから、そういった方法で判断されているんでしょうね」
イリスの言葉が正しいかどうかは、鉱夫達を含む専門家に聞いてみなければ分からないことではあるが、恐らくはそういったことなのだろうかと一同は思っていた。
周囲を確認するように歩くイリスはその手で壁や地面を触れてみるも、並の石ではないほどの硬さを感じ、思わず眉を寄せてしまう。
本来鉱山とはこういったものなのかもしれないが、これだけ硬いと言えてしまうような場所を掘り進めること自体、並々ならぬ努力が必要となると感じていた。
「こちらで働く皆様は、力と体力に自信がなければ続けられない、とても大変な職に就かれていらっしゃるのですね」
ぽつりと呟くネヴィアだったが、その瞳には驚きと尊敬の色をしているようだ。
修練を終えた今だからこそ、ブーストでイリスでもそういったことを可能とするが、それ以前の売り子をしていた時には、とてもではないができるとは思えないと話した。
あの当時は俺の盾を持つのに一苦労していたからねと、ロットは微笑みながら言葉にして、ファルを大いに驚かせていく。ヴァンは彼女が鍛える前から出逢っているので、まぁそうなのだろうなといった表情を向けていた。
あの頃のイリスは非常に華奢で、同年代の少女と比べても細過ぎるといった印象を彼らは持っていたが、それも今では随分と変わったなとヴァンはしみじみと言葉にした。
「確かに、あの頃のイリスさんはとても華奢で、どこかのお嬢様といった印象を強く受けましたわね」
「寧ろ、お姫様の方が合っているのではと、私は思ってしまいます」
「わ、私はただの街の売り子でしたからっ」
お嬢様もお姫様も全否定してしまうイリスだったが、フィルベルグ城でその身に纏っていたドレス姿は本当に美しかったですわよと長女は語り、末妹を更に困惑させた。
微笑ましく話している中、唯一ファルだけは半目で先程から引っかかっていたことを呟くように言葉にしていった。
「……ロットの盾を……持てなかったの? あれ、相当軽いと思うんだけど……」
「当時の私には持つだけでも難しかったです。身体を鍛えてからは軽々と持てるようになりましたけど、それまではあんなに重い物を持ったことがないと思ってましたね」
そんなイリスの言葉にファルは、人種ってのはそこまで力がなかったのかと思ってしまうが、ふと彼女の出身を思い起こし、何かを納得したように頷いていた。
「魔物もいない、剣や盾すら存在しない平和な世界の出身だもんね、イリスは。
……これまで重いものを持った事がなかったのも仕方がないのは分かるんだけどさ、でもたぶん、その腕力って……猫人種の六歳児くらいの力だと思うよ……」
ファルの言葉が胸に突き刺さり、はうっと身体を仰け反らせたイリスはふらふらと倒れ込み、両手足を地面につけながら真っ白になってしまった。
いくら獣人とはいえ、六歳児並の腕力だと知って、かなりの衝撃を受けたようだ。
実際には猫人種の四歳児ほどであれば盾を持ち上げることくらいはできる点を考慮すると、正直なところイリスの腕力はそれ以下であることは確定しているのだが、流石にこれを話すと色々と不味いと思った彼女は随分と言葉を選んでくれていた。
周囲に魔物はいなくとも坑道内を移動中ということもあり、すぐさま立ち上がったイリスは真っ白のまま少々足元がおぼつかない様子で二層を目指していく。
このエグランダ鉱山は階層ごとに頑強な門が設けられており、魔物の侵入を拒む盾として重宝されているそうだ。
とは言っても、丈夫な扉がそれぞれの階層に設置されるようになってからは、流石に上層へと魔物が流れたこともないらしく、これほど立派なものを用意する必要などなかったのではないだろうかとこの街の冒険者から囁かれているが、万が一に備えてのことになるのだと職員は語っていた。
高額とはいえ、盾数枚で人の命が救われるのなら安いものだ。
そうひとりのギルド職員が言葉にしていたのがとても印象的だった。
街中に魔物がいるとも言い換えられるエグランダで、魔物が街へと溢れ出すことは命の危機に瀕するだけの影響では済まないのだろう。
それは人々に深い恐怖を植え付ける最悪の事態となる。
戦うことのできない者達がそれを経験してしまえば、必ず多くの者達がこの街を離れていくことに繋がってしまう。それだけでなく、一度付いた悪い印象はそう簡単に拭うことなどできず、まるで悪名のように世界へと轟くことになるだろう。
そうなっては非常に困る事態となるんだろうからねとロットが言葉にし、なるほどと納得した様子で頷きながら答えていくイリス達だった。
だが今回の問題は魔物が外に溢れ返ることではなく、危険種の存在となる。
ザグデュスと呼ばれた魔物について、職員からその形状や特性などを聞いたイリス達の印象は、ケイブフロックの変異体ではないかと強く感じられるような存在だった。
尤も大きさはフロックの三倍以上は軽くある存在で、動きも機敏かつ強靭な足腰と舌を持つらしく、厄介さという意味では危険種とギルドから認定されるのも理解できる。
本来フロックであれば、カエルから変異した存在であると予想されるが、危険種へと変貌を遂げるとなれば相当の危険性を持つと言われているようだ。
鋭い牙も、巨体から繰り出される踏み潰しも、当たってしまえば助からないと言えるだけの破壊力を持ち、その気性の激しさが影響しているせいか、伸ばしてきた舌は岩をも貫くと言われているほど強烈な攻撃となるらしく、防御することも危険だと言われているそうだ。
毒の類は持っていないようで、彼女達であれば討伐できるだろうと考えていた。
当然、油断も過信もしてはいけないが。
フロックについての知識はイリスや先輩達も知るところなので、そこからギルド職員に聞いた情報を照らし合わせていくことである程度の予測をしていくイリス達だった。
そんなことを話していくうちに、三層へと向かう為の門がある空間へとやってきたようだ。




