"尊敬されると思う"
ローブの支払いを済ませたイリス達に、リースベットは言葉にしていった。
「明日の夕方までにはそれぞれの寸法に調整しておくねー。
その時にもう一度ローブを着て、確認をさせてもらうよー」
「夕方までとは、少々早過ぎるのではないかしら」
「大丈夫大丈夫。自作ローブだからね。修正するのも割と早いんだよー。
それに、それくらい迅速じゃないとお客さんに迷惑がかかっちゃうからねー」
そう微笑みながら言葉にした彼女は、衣類の手直しについて話していく。
それらは武具の修理とは違い、迅速かつ確実な仕事が求められるんだと答えた。
冒険者は期限のある依頼も多く、こういったことで時間をかけるわけにはいかないとリースベットは言葉にする。
これもひとつのプロ意識というやつなのだと、彼女はどこか楽しそうに話していた。
「それで、他には何か必要なものはあるかなー?」
それなりに何でも取り揃えてるよーと笑顔で話す彼女に、イリスは保存食料も買いに来たのだと話していく。
食料品が置かれている場所はちょうど対角線上にあるテーブルの上だそうで、そちらへと移動していったイリス達。
しかし、置かれていたものを見てもラベルなど貼られた様子もない商品に、正直どれがいいのやらと悩んでしまう彼女達は、思わず言葉にしてしまった。
「……どれが、どういったものかも分かりませんわね……」
ぽつりと呟くシルヴィアに頷いてしまう後輩二人。
実際にどれがどんなものなのかをリースベットは説明してくれるが、問題はその味が分からないところにあると思っていた。
「……もしかして、保存食料を食べたことない感じかなー?」
「はい。そうなんですよ。だからお味の見当が付かなくって」
「そっかぁ。貴女達はお料理ができるんだね。今まで必要なかった感じでしょ?
……だとするとあれだなぁ。味見させた方がいいかもしれないね……」
そう言葉にして一番小さな包みにナイフを入れて、イリス達に差し出していく。
お金を払いますよと言葉にしたイリスへ、いいよいいよーと軽く答えた彼女はそれについての話をしていった。
「これはサービスってことでー。相当安いから気にしなくていいよー。
正直食べたことがないなら、一度試してみた方がいいと私は思うんだー」
リースベットの意味深な言葉に首を傾げる後輩達は、彼女が切り分けてくれた食料を指でつまみ、口へと運んでいった。それを黙ったまま微妙な表情で見つめる先輩達だったが、彼らが手を出さなかった理由がしっかりと彼女達にも伝わったようだ。
「こ、これは、なんと言いますか……とても、その……」
「こ、個性的なお味、ですね……」
「美味しくないですわ……」
はっきりと言葉にしてしまったシルヴィアに取り乱してしまうイリスとネヴィアだったが、どうやらこれらはリースベットが作ったものではないらしく、彼女もまた美味しくないと思っていたようだった。
「初めて保存食を食べると、かなり刺激的でしょー?
これは最安値の食料ではあるけど、高くても大体こんなお味になるよ。
まぁ、栄養価も高いし、保存にも適してるんだけど、不味いんだよねぇ。
正直料理ができるなら、自作で保存に適した食べ物を作るのもありじゃないかなー」
リースベットが言うように、どうやらそれが一番いいと思えてしまうイリス達。
正直なところ保存方法がないわけでもないので、何とかなるだろうと軽く考えていたイリスは、保存食に関しては買わないことを決めたようだ。
当然これにも仲間達は力強く頷いていった。
どうやら先輩達もこれの不味さを身に染みて知っているらしい。
申し訳ありませんと言葉にする彼女に、笑顔で答えていくリースベットだった。
「いいのいいのー。だって不味いもん、これ。食料が尽きた時で、何も食べる物がない場合くらいしか私は食べる事はないだろうし、実際にこれ、本気で不味いからねぇー」
不味い不味いと連呼する彼女に詳しい話を聞いてみると、実際にこれらを作っているのは別の職人になるそうだ。その人達が美味しくないものを作っているのではなく、保存に適した食料を作るとなれば、どうしてもこういった味になってしまうらしいよとリースベットは答えていった。
「まぁ、保存食で美味しいものを作り出せたら、リシルアで言うところの"英雄"ってのになれるんじゃないかなー。たぶん世界中の冒険者に尊敬されると思うよー」
あははと楽しそうに笑う彼女だったが、何とも言えない表情を見せてしまうイリス達だった。
実際に保存に適したもので美味しいものを作れたとすれば、それは世界に名が轟くことは確定するほどの素晴らしい偉業となるそうだ。
そういった意味では、世界にいる冒険者事情を改善させた者として称されることとなるだろう。それだけの革命的なことになると、彼女はどこか楽しそうに話していた。
結局イリス達はローブだけを購入し、保存食は自前で何とかしますと申し訳なさそうに言葉にした。
そんな彼女に気にしなくていいよーと話してくれるリースベットは、また何か必要なものがあったら来てねーと言葉にしながら確認をしていった。
「それじゃあ、明日の夕方頃待ってるねー。ありがとうございましたー」
満面の笑みで答えてくれた彼女にお礼を言葉にしたイリス達は、冒険者用品店"プラチナ雑貨店"を去っていった。
静かになった店内にひとり佇むリースベットは気合を入れ直し、ローブの調整を始めていったようだ。
翌日。
空は晴れ渡り、大きな雲が浮かぶとても気持ちのいい朝だ。
朝食を取ったあと街を散策するも、お店が建ち並ぶ中央から外側は全て住宅となっているようで、随分と特殊な街の造りとなっているのが良く分かる。
中でも印象的だたのは、外壁に近付くほど庭のある家が目立つ点だろうか。
「この街の造りは、かなり興味深い構造をしていますわね。
中央から外側の土地の値段が安い、ということなのかしらね」
「恐らくはそうなんだろうね。街の中央にお店が集まっているから、外に行けば行くほど地価が安くなっているんじゃないかな。中央からそれほど離れていない点や周囲がとても静かなことを考えると、この街に住むなら断然この辺りが俺はいいなぁ」
「うむ。確かに静かなのはいい。他の街では住宅が並んでいてもどこかに店はあるからな。これほどの静けさはあまり感じられないかもしれない。中央もそれほど時間をかけずにいけるのだから、そういった意味では住むには静かな場所がいいと思えるな」
「あたしとしては、賑やかなのも楽しくていいと思えちゃうよ。
うちの集落は人が少ないし、とても静かだったからね。人がたくさん行き交いお店が建ち並ぶ、なんて言うかこう、"都会"って感じのに憧れはあったよ」
「私達もそうですわよね、ネヴィア」
「そうですね、姉様。私達のおうちはとても広くて静かでしたからね。時々その静けさが怖く思えることもあって、小さな頃はよく姉様のところにお邪魔していましたね」
「いつの頃からかそれもなくなってしまって、どこか物悲しく思っていたのを思い出しましたわ」
「私だっていつまでも子供ではありませんし、ご迷惑をかけるわけにもいきませんから」
「あらあら。私は迷惑だなんて、一度たりとも思ったことはありませんわよ。
ネヴィアにああして頼られることがとても嬉しくて、私は貴女が来てくれる度にお姉さんですものねと自覚していたものですわ」
思い起こすように嬉しそうな笑顔で話す姉に、どこか恥ずかしげな妹。
とても仲の良い二人にイリス達は微笑ましく思いながら、街の散策を続けていった。
特に目立った場所ではないからこそ、イリス達は楽しめていたようだ。
ここに暮らす人々は、ひとりひとりがきっと別の職に就き、それぞれが生きている。
それは特別なことではなく、極々ありふれた生活なのだろう。
中には冒険者のような、危険とも言える生活をしている者もいるかもしれない。
このあまり変わらない家々の中には、それぞれの人生が詰まっているのだろう。
それを想像するだけでも後輩達にとってはとても興味深く、心のどこかではそれを羨んでいるようにも先輩達には感じられた。
家とは、住まう人の人生そのものであると言葉に残した者がいる。
人がそこで生きていくにつれ、家もまた成長しているのだとも。
家具を揃え、花を飾り、食事時には料理の香りを香らせる。
同じような家に見えていて、ひとつとして同じ家など存在しないだろう。
人はそれぞれ違った価値観や想いを持っている。同じ者などいる訳がないのだから。
そんな当たり前のことを再認識されられながら街を散策していたイリス達は、再び中央部へと戻って来たようだ。




