"出会いの記念に"
魔石とは、石自体にマナが含まれた鉱石の総称であり、この世界でも類を見ない特殊なものだと言われている。
水を出し、火を熾し、地をなだらかにし、風を巻き起こす。
それだけでなく、街灯や洗濯用魔石、お湯の出るシャワー、ギルドに置かれている魔法適正を判断する水晶など多くの用途に使われるこの便利な石は、発想力次第でいくらでも変化させ、多種多様な応用が利く非常に有用な結晶体であると、ブリジットは論文を残しているらしい。
実際にマナを含んだと思われるものはこれ以外存在せず、魔法に似たような効果を発現させることのできるものは魔石においてほかない。
尤も、この常識とさえ魔石研究者が言う者も少なくない情報は、レティシアの時代では言われていないことではあるようだが。
魔石について話していたクレトは、折角の出会いですから記念にひとつ原石を差し上げましょうと言葉にした。
高価なものとレスティから聞いていたイリスはそれを断るも、実際に高値で取引されるのはこの山のように積んでいる中でも魔石として加工された極々一部となるらしい。
それについてクレトは話し、とても興味深く聞き入ってしまうイリス達だった。
「この荷台に積んでいるものだけでなく、今この場にある全ての原石の中で高値となる魔石は、恐らく一つか二つとなるでしょうな。一つも入っていないことも多いです。
それだけ高密度とも言われている多くのマナを含んだ魔石は少ないのですよ。
ですからどうぞ遠慮なさらないで下さい。折角の出会いなのですから、記念におひとつお持ち下さい」
何だか申し訳なくも思うが、出会いの記念という事ならばとお守り代わりに一つ頂こうと思ったイリスは仲間達へと視線を向けるも、選ぶのは任せると言われてしまった。
「まぁ、どれも同じに見えちゃうし、イリスの勘で選んでいいんじゃないかな」
「魔石の良し悪しは削ってみなければ分からないらしいから、イリスの好きに選んでいいと思うよ」
「うむ。気にせず気楽に手に取るといい」
「どのような石を手にするか、なんだかどきどきしてしまいますね」
「そうですわね。そもそも魔石の原石なのですから、当たり外れがどうのというよりも、そのどれもが当たりだと私には思えてしまいますわ。
ここにある石が、マナを含んでいるものである事には違いないのですわよね?」
「ええ、勿論です。加工すればどんな石でも必ず微弱なものは使えると思います。
もしかしたら、大当たりを引く可能性もあるかもしれませんよ」
そうクレトは言葉にするも、残念ながら大当たりとなる可能性は限りなく低いと思われますがとイリス達に話した。
彼は魔石の原石を商品として扱うようになって随分経つが、これまで大当たりとなる原石など一度も手にしたことがないのだと、どこか楽しそうにしながら言葉にした。
そんな表情の彼へ、商売であるのだから高値で売れる商品を手にした方が嬉しいのではないかしらとシルヴィアは尋ねていくも、クレトが言葉にしたその答えは、彼女達をも思わず納得させてしまうようなものだった。
「寧ろ、大当たりをいつかは引くかもしれないという考えそのものに、私はロマンを感じてしまうのですよ。そう簡単にぽんと出られては、あまり感動もないでしょうし。
そもそも魔石とは、何十年もかけて生成されると言われている鉱石で、それそのものが歴史の重みを感じさせるものであると私は考えています。
つまり、大当たりとなる強力なマナを発生させることのできる結晶を見つけられたということは、それだけの歳月を感じさせるような素晴らしい歴史そのものに触れることなのだと、私には思えてしまうのです。
確かに私は商人として原石を取引の材料としていますが、普通に暮らすだけであるのならば、五度ほどエークリオまで持ち帰れば十分なのです。
私はきっと心のどこかで、そういったロマンを追い求めているのかもしれませんな」
荷台の原石へと視線を向けながら、そう言葉にしたクレト。
歴史の重み。
これを原石に思ったことはないシルヴィア達だったが、言われてみれば確かにその通りだと思えてしまった。
それは宝石にも言えることではあるのですがと、クレトは話を続けていく。
「宝石もまた、同じように歴史の重みを感じさせるものではあるのですが、私はそう思うと同時に、魔石の有用性にも興味を惹かれてしまうのです。
火を、水を、風を、土を。様々な用途に使うことができるどころか無限の可能性を秘めているのだと、ブリジット殿は論文を発表されたと噂で聞いたことがあります。魔石とは人の暮らしを豊かにするだけではなく、幸せにする可能性を秘めているのだと。
だからこそ私は宝石ではなく魔石を、まるで追い求めるように手にし続けているのかもしれませんね」
優しい表情で語る彼に、微笑んでしまうイリス達だった。
そんな彼は思い出したようにイリスへと向き直り、言葉にしていった。
「失礼しました。ということですので、どうぞお気軽にお持ちください。
なんでしたら、幾つかお持ちいただいても構いませんよ」
「ありがとうございます。ですが、流石にそれは申し訳ないので、原石をひとつだけ頂こうと思います」
そんな彼女に向かって、笑顔でどうぞどうぞと言葉にするクレト。
荷台の中にある山ほど詰まれた原石の中から、ひとつだけ手に取ったイリス。
それはとても手前にあった、三センルほどのとても小さな鉱石だった。
彼女の手に取ったものを見てどこか申し訳なさそうに思いながら、クレトはそれについてイリスが知らないのだろうと推察をしつつも話していった。
「……大変言い難いのですが、そちらはとても小さな原石ですので、ほぼ当たりの魔石ではないと思われますよ。削っただけでそのほとんどが無くなってしまうでしょうし、もっと大きめの石にされては如何でしょうか?」
そうイリスに促していくクレトだったが、それを加工してしまえばきっと何にも使えない魔石になってしまうのではないだろうかと内心では心配していた。
たしかに微弱なものとして発現させることはできるだろうが、用途としてはかなり限られてしまい、加工してもあまり良い結果は出ないのではと思えてしまう。
それを知った彼女達の落胆する顔を想像してしまい、申し訳なく思っていたのだが、イリスはこれでいいですよと笑顔で話していく。
「何かに使えるのならそれも素敵だと思いますが、私はクレトさんのご好意がとても嬉しかったので、たとえ用途のない魔石であってもそれで十分なんです。
それならお守り代わりにしたいと思いますし、思い出の品として残せますから」
「お。いいね、それ。あたしもそういう考え、好きだよー」
「ふむ。そうだな。世界を旅していると偶然に再会することもあるが、それも中々訪れるものではない。今、このひと時の出会いを大事に思うことは、とても大切な事なのかもしれないな」
「……そういった意味では、ニノンでも何かを購入するべきだったかしら……。
旅の軌跡といいますか、思い出を形で残しておくのも悪くはなかったですわね」
思えばニノンで印象的だったモノと言えば、あの毒々しいキノコくらいだったと思えてしまうシルヴィア。
あれはとても貴重な材料ではあるし、病気に対する薬にもなるものではあったが、それを流石に持ち歩く事はできないだろうなどと、妙な考えをしまっている彼女だった。
そんな中、イリスは魔石について思い出したことがあったようで、それについて言葉にしていった。
「そういえば、ブリジットさんが魔石加工の本を書いていましたね」
「おぉ! ブリジット殿とお知り合いなのですか!」
「はい。とても良くしていただいています」
クレトへと笑顔で答えていくイリス。
続けてその本に強く興味を持った彼は言葉にしていく。
「世界でも最高の魔石加工技師でもあるブリジット殿が書かれた書物ともなれば、その内容に興味が湧いてしまいますな。フィルベルグに住まわれると聞きますし、一度ご挨拶に伺うのもいいかもしれませんな」
「ブリジットさんは、フィルベルグ南門付近の魔法道具店"すばらしき館"にいらっしゃいますので、是非お店に一度足を運ばれては如何でしょうか」
とても楽しそうな表現で答えていくイリスだったが、クレトが店に訪れたことで評判となってもらえれば、ブジリットもさぞかし喜ぶことだろうと思えてしまった。
何となくではあるが、彼であれば話が合うのではないだろうかとも感じてしたイリスは、これを機にブリジットの作ったものが世界に溢れるといいなと考えていたようだ。
それをどことなく察したファル以外の者達は、それはそれで凄い世界になってしまうのではないだろうかと思わずにはいられなかった。




