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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"古き良き穏やかな"


「ひとりで帰れるか?」

「うん! だいじょうぶ!」

「未来の旦那様は過保護だねぇ」


 にまにましながらしみじみと言葉にしたマルツィアに反応することなく、ヴァンはリリアーヌを気遣っていく。

 飛び降りるように元気に椅子から離れた少女は、持ってきたバスケットを腕に通しながら笑顔で言葉にした。


「明日、もっとおいしいクッキー焼いてくるね!」

「そうか。楽しみにしてる」

「うん!」


 笑顔で店の扉まで走ったリリアーヌはその場で振り返り、ヴァンへと手をぶんぶんと振りながら"秋空の宴亭"を去っていった。


「甲斐甲斐しい嫁さんだな」


 少女に小さく振り返していた手がぴたりと止まるヴァンは、そのまま何かを考え込みながら言葉にするも、やはり彼には彼女の年齢から来てしまうその考えが、完全に捨てきれなかったようだ。


「……いずれはそれも変わるだろうな」

「まーだそんなこと言ってんのかお前は!」


 呆れた様子で返すマルツィアは、段々情けなく思いながら答えていった。


「アイツは完全にお前に惚れてんだよ。丸分かりだってのに見てわかんないのかねぇ」

「……む、むぅ……そ、そうなの、だろうか……」


 仲間達へと視線を向ける彼に、思わず苦笑いで返してしまうイリスとネヴィア。

 ファルとシルヴィアに至っては、完全に呆れているようだった。

 そしてもうひとり、問題となる男の存在に気が付いたマルツィアは、彼を見ながら深くため息を吐いた後、ネヴィアに向けて話していった。


「……アンタ、よくこんな凄いの落としたな……。本気ですげぇと思うよ……。

 …………男ってのは皆、こんなもんなのかねぇ……」


 きょとんとした様子を見せるロットに言葉が出ず、微妙な表情をしてしまうイリス達だった。



   *  *   



「お母さんただいまー!」

「あら、おかえりなさいリリー」

「あのねあのね! ばんさまとっても喜んでくれたんだー! おいしいってほめてくれたの!」

「そう。よかったわね」


 優しく微笑みながら答えるソランジュは、午後の開店に向けて仕込みをしていた手を止め、愛娘の話をしっかりと聞いていく。

 年齢は二十代前半にしか見えないとても細身のその女性は、線が細くもどことなく強さを感じさせる不思議な魅力を持っていた。

 大人の白狐族特有のふわふわとした尾と三角の耳が特徴的で、イリスが見たらうずうずと触りたい衝動に駆られてしまうような、とても美しい尾と耳を持つ女性だった。


 そんな彼女は愛娘の話の受け答えをしながらも、心中ではにやりとしていた。

 どうやらあのクッキーが相当効いたように思える。あれだけの出来のものを世界で一番可愛い娘が甲斐甲斐しく焼いたのだから、効かないはずなどあるわけがない。

 くすくすと意味深な笑いをしたソランジュは、これからのことを考えながらにやにやがとまらない様子で、ぽつりと言葉を洩らしてしまう。


「うふふ。これで一歩、義理の息子への道が繋がったわねぇ」

「ん? なぁに、それ?」

「ううん、なんでもないわ。……さぁ! 明日に向けて、美味しいクッキーの焼き方を今日はいっぱい教えてあげるわよ! ……お店も臨時休業にしちゃおうかしら……。

 ……いえ、それは流石に……でもでも! 娘の将来に大きく関わることだし!」


 ぶつくさとなにやら画策している母の様子に首を傾げる娘へと、なんでもないわと再び答えたソランジュは、昼食を作りながらも必死にこれからの計画を練っていた。


 娘が惚れている彼は、優良物件どころではない。

 この国で最高峰の存在と肩を並べるような偉人であり、噂に違わぬ人格者だ。

 年齢差は多少あれど、そんなものは娘が大人になれば消えてしまうだろう。

 おまけに見た目も格好が良く、この国でも一番女性から狙われている存在だ。


 そんな未来の夫に一歩だけ前に進んだ娘に、可能な限りの技術を教えねばならない。

 時間はそう長くはないだろう。いずれ我こそはと女性達が押し寄せる可能性も高い。

 そうなれば、娘が圧倒的に不利となるのは目に見えているし、今ですら可愛い少女を超える存在出はないことも事実だと思える。


 さてどうするかと悩んでいた矢先、娘が気になることを言葉にしていった。


「――それでね、ばんさまたち、明日旅に出ちゃうんだって」

「え……」


 思考が一気に凍り付く母だったが、すぐにそれはある意味では好機だと思えた。

 彼がリシルアに来てそう間もないことは、お客さんからの情報網で分かっている。

 となれば、この国では娘が大きく印象付けられたのではないだろうか。

 そういった点を考慮すれば、これは大きな好機と言えるだろう。

 当然これは、娘の好いている彼に想い人がいないことを前提とした考えではあるが、もしそんな存在がいるのであれば、これほど早くリシルアを去るとも思えない。


「……勝負は明日。……となれば、今日はお店よりも優先するべきことがあるわね」

「お母さん?」

「恐らく明日の朝、この国を発つはず。ならばもう時間はそれほどない。

 お客さんには申し訳ないけど、娘の将来の為にお店はお休みにしましょう」

「おやすみにしちゃうの? しょうらいのため?」


 疑問符が抜けず首を傾げる世界で一番可愛い娘に、なんでもないのよといつも通りの笑顔を見せた母は、食器を片付けながら娘には見えないように視線を鋭く光らせる。

 それはさながら一流冒険者の鋭さを見せていたが、愛娘には見えていないようだ。

 丁度ヴァンの背中に冷たい悪寒が走り、ぶるりと身を震わせていたのだが、お互いにそれを知ることはなく、愛娘が大好きな母による未来計画は着々と進められていった。



   *  *   



 昼食を終えてのんびりをお茶をいただき、腹ごしらえに街を散策していくイリス達。

 時間と共に変化を見せるその不思議な街並みは、それを知らぬ彼女達にはとても印象深く、何度見ても新たな発見ができるようで、とても楽しく街を見ながら歩いていた。

 これほどまで時間の経過で変化する街並みは、世界広しと言えどそうはないだろう。

 そう思えてしまうのは、空から降り注ぐ陽光が他とは違った輝きを見せているからだろうかとイリス達は感じていた。


 大樹から揺れる葉の影響だろうか。

 時折ゆらゆらと揺れるように煌く神秘的な射光の空に、先ほどとは違う場所が照らし出されているようで、他の街とは全く違う景色を彩っているようにも見えていた。

 本当に不思議な国だと改めて思ってしまうイリス達は、街並みを歩きながらも空から降り注ぐ光を見上げ続けた。


 冒険者の視線は痛いが、それも段々と気にならなくなってきた一行は、お店周りや歴史を感じる街並みを時には興味深げに眺めながら、リシルアの空を堪能していった。

 ここに来る前の印象では、獣人の王国という印象がとても強かったイリス達だったが、実際に来てみるとその印象は大きく変わっているようだ。

 確かにリシルアは、多くの獣人が暮らす街であることに違いはない。

 逆にこれまで人種を見かけたことがないほど、多くの獣人で溢れていた。

 しかしその印象は、見るのと聞くのとでは大違いのようだった。


 この国は、自然と共存するように人々が暮らす、古き良き穏やかな街だ。

 確かに冒険者はぎらついた瞳で、重々しい鎧の音を響かせながら猛々しく街を歩いているが、周囲の魔物の強さや厄介さを考えれば、それも普通のことなのかもしれない。

 だからこそ、そんな彼らがこの国で活躍してくれるから安全に暮らせると、この街に住まう人々は安心感を覚えるのだろう。


 それは決して、誰にでもできる事ではない。

 寧ろ、できる者の方が少ないと言い切れるだろう。

 経験の少ない冒険者では、非常に危険な地域だと言える。

 それだけ厳しく、厄介な場所なのだ。このリシルアという国は。


 気候も、魔物も。季節によって大きく姿を変えてしまう。

 並の冒険者では対処ができないほど厄介な世界に生きる人々が、これだけ穏やかな表情で街を歩いていることそのものが、それを肯定しているようにイリス達には思えた。



   *  *   



 日も傾きかけ、茜色に染まった光が大樹から降り注ぐ中、ヴェネリオの下へと向かっていくイリス達。


 巨大な闘技場に興味はあれど、実際に行なわれる大会自体に興味が持てない一同は、建物には興味があるんだけどねと言葉にしたロットの話に賛同しながら、元老院が住まう場所まで闘技場の外側を見学しながらやって来たようだ。


 ドアノッカーを鳴らして待っているイリス達の下へ扉を開けてくれたのは、あのジルドだった。挨拶をお互いに(うやうや)しく済ませて応接室に通されると、そこにはヴェネリオがソファーに腰掛けていた。


「すみません。お待たせしてしまいましたか?」

「いいや、そんなことはない。寧ろ私が早く来過ぎてしまったのだよ」


 そう言葉にして小さく笑いながら座る彼の前に、ひとつの箱が静かに置かれていた。

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