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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"街がないわけでもない"


 美味しくこの国特産の酒を味わっていたイリス達のもとへ、マルツィアとウルバーノがやってきたようだ。


「ようやく落ち着いてくれた。それでどうだ、リシルア特産の酒は」

「美味しいですわね。これほどまでに透き通ったお酒を頂いた事などありませんわ」

「まるで湧き水のような清涼感で、ぴりりと舌を刺激する辛さがアクセントとなってとても美味しく思えます」

「あら。素敵な表現ですわね、ネヴィア」

「こいつは稲っていう植物から採取した実、米を使って造られる酒でな、葡萄から造り上げる酒と違ってえぐみが少なく、すっきりとした上品な味わいに仕上がるんだ。

 尤もこの味を造るのに、相当の時間をかけたって聞いたことがある。

 何にでも言えることだが、ゼロから作り上げる奴ってのは本当に凄いと感心する」


 そんな話をしていた彼女だったが、ふと気になったことをイリス達へとしていった。


「そういえば、お前らはリシルア初めてなのか?」

「はい、そうなんです。先程まで街を散策していたのですが、何もかもが新鮮に見えて、とても素敵な体験ができました」


 イリスの言葉に『そうか』と短く言葉にした彼女だったが、その表情はとても嬉しそうに答えていた。

 彼女もこの街出身の一人として、このリシルアにいい印象を持ってくれていることがとても嬉しかったようで、マルツィアは素敵な笑顔で話していく。


「初めてこの国に来たんなら、特産品の米料理を出せばよかったか?」

「……そうでした。何か忘れていると思っていたら、それでしたね。

 リシルアに来たら、米を食べてみたいと思っていたんでした。

 ……色々あって、完全に忘れてしまってましたね……」

「……そうでしたわね。私も楽しみにしていたのを今、思い出しましたわ……」

「……あたし、流石にお腹一杯だよ」


 彼女の言葉で思い出していくも、イリス達はしょぼくれるようにうなだれてしまう。

 とても残念そうな悲壮感がどんよりと漂うイリス達へ、マルツィアはひとつの提案を笑顔でしていった。


「なら、明日の朝食に、何か軽めのもんを作ってやるよ。

 折角だ。この国ならではって美味いもんを食べさせてやるからな」

「わぁ! ありがとうございます!」

「それはとても楽しみですわね!」

「ありがとうございます。是非、よろしくお願いします」


 ぱぁと花が開いたように答えていくイリス達三人は、どんな料理が出るのだろうと心を躍らせて明日の朝食を楽しみに、美味しい酒を味わいながら飲んでいった。

 そんな様子をとても嬉しそうに見つめるマルツィア。


 話に聞くと、彼女もまたこの国の出身なのだと教えてくれた。

 昔は面白いことが何もない国という認識が彼女の中ではかなり強かったらしく、何か面白いものや刺激を求めて自由な冒険者になったのだそうだ。

 持ち前の身体能力を活かしてぐんぐんと評価を受けていく彼女は、元プラチナランク冒険者だったと言葉にしてイリス達を驚かせていく。

 それはウルバーノも同じではあるようなのだが、二人とも誰かから評価をしてもらいたくて冒険者になったわけではないと答えていった。

 その気持ちがよく分かるファル達三人は、思わず頷いてしまっていた。


 結局刺激を求めてなったはずの冒険者稼業は、ミランダとの出会いで完全に興味が失せてしまったらしい。

 冒険者という職業は彼女にとって、資金を稼ぐためだけの手段へと代わっていき、この店を買い取ったことで早々に引退したんだと彼女は嬉しそうに語っていた。

 マルツィアからすればこの店は、自分の城のような存在だと言葉にした上で話を続けていった。


「昔から料理は好きだったからな。師匠と出逢ってそれが本気の夢になっちまった。

 わざわざ命懸けてまで金稼ぐなんてアホらしいからな。早々に辞めちまったよ。

 この店とこいつと共にしてもう三年にもなるが、冒険者としての未練なんぞ全くないし、特に支障もないみたいだしな。元々アタシらには向いてなかったんだろうな」

「そうだな。俺もウェイターやってる方が気楽でいいな。

 命がけで冒険者を続ける理由もないから、辞めて良かったと俺は思う」

「だな。あんなもん、好きな奴だけやってりゃいいんだよ」


 そう言葉にしてマルツィアは豪快に笑っていた。

 そんな彼女に釣られて微笑んだイリス達は、美味しい酒を頂きながら彼女の話を興味深そうに聞いていった。



   *  *   



 食事を済ませたイリス達は宿の男性達の部屋へと向かい、今後の話をしていく。

 すぐに出発するかいと尋ねるロットへイリスは、明日はゆっくりとお休みして疲れを取りましょうかと言葉にし、明後日にリシルアを発つことを仲間達と決めていった。

 そう出発を焦ることもないと思うのだが、やはり彼ら先輩達三人はこの国では目立ち過ぎることを考えると、なるべく影響の出ないうちに出立した方がいいかもしれないとヴァン達は答えていく。


「……凱旋パレードを希望されても困るからな」


 とても微妙な顔のヴァンがそう言葉にすると、同じような表情でロットがそうですねと返していき、物凄く嫌そうなファルは、パレードなんて絶対やだよと答えていった。

 


 次に向かう石碑の場所は漠然と"北へ"としか聞いていなかった仲間達だったが、目的地となる正確な位置は把握していても、問題はその経路になるとイリスは言葉にした。

 大雑把ではあるがこの周辺の地図を紙に書き記していくイリスは石碑の場所となる地点に印をつけていくも、ヴァンとロット、そしてファルの表情は硬くなってしまう。

 その場所は、ここよりもまだ相当北に位置する場所で、現在冒険者達や研究者の間で使われている地図にも記されていない深き森の奥となっていると推察できる、かなり厄介な場所だと言えるような地点となる。


「この辺りに最後の石碑があると思われます。その場所も八百年という歳月を経て、どういった状況となっているかは正直なところ見当も付きません。魔物の巣窟となっている可能性もありますし、何よりも街からはかなり離れた場所となっているようです」

「ふむ。イリスの真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースで安全に進むことはできても、何かが起きた場合の対処が難しくなるな」

「はい。ですので、まずはこのリシルアから北北東の街、エグランダへと向かおうと思います。そこから先にはもう街はありませんので、まずは街に辿り着いてから決めようとは思うのですが、その先となる場所へエステルは連れて行けないと思います」


 とても寂しそうに言葉にするイリスだったが、実際に石碑のある場所は、次の街よりも遥か彼方と言えてしまうほどの離れた場所になると予想された。

 エグランダまでは問題なく行ける経路であっても、その先となる場所へ向かうにあたり、エステルだけでなく大きい馬車を通せるかも分からない地帯となっている。


 メルンから託された知識に含まれた地図によると、その場所は深い渓谷となっているらしく、道は険しく曲がりくねり、荒々しい岩盤地帯となっていると記されていた。

 今現在は夏なのでその影響はないと思えるが、冬場となれば世界は一変したような氷の世界となるらしく、とても厄介な場所へと変貌してしまうようだ。

 たとえ冬でなかろうと、そんな場所にエステルを連れて行くとなればかなりの危険を伴うし、何よりも彼女自身の身が持たない可能性だって十分に考えられる。

 体調管理であればイリスの魔法で寒暖差を快適に保つことができても、その一帯には草木が生えていないと予想されるため、食事面でも連れて行くことができないとイリスはとても寂しそうに言葉にした。


 再び視線を地図へと戻しながら話していくイリスは、先輩達へこの周囲について尋ねていった。


「この地図はメルン様の時代のものとなっているため、今現在がどうなっているのか見当も付きません。現在の地図に関しては私には分からないんですが、それについて何かご存知ですか?」


 尋ねていくイリスだったが、残念ながらヴァンとロットはエグランダよりも北へと向かった事はないと話していくも、その表情はとても言い表せないようなものへと変わっていたようで、言い渋るような彼らに思わず口を挟んでしまうシルヴィアだった。


「この辺りの地形に関しては、俺達も全く分からないが……」

「エグランダよりも北に街がないわけでもないんだけど、その、何て言うか……」

「……何やら事情がおありなのは察することができるのですが、こういった場合は話していただかないと危険なのではないかしら?」

「う、うん。そう、なんだけどね……」


 そう言葉にした彼はちらりと仲間の一人へ視線を向けると、彼女は虚ろな瞳でどこかここではない遠くを見つめながら、真っ青な顔のままかたかたと小刻みに揺れていた。

 唯一ファルだけは、少々馴染みの場所(・・・・・・)が近くにあるらしく、彼女の反応を見て大凡察することができた後輩達も、何と言葉にしていいのやらといった微妙な表情で彼女を見つめていく。

 男性達もファルへ視線を向けていると、意を決したように口を動かして話し始めていくも、彼女の声は完全に震え、裏返ってしまっているようだった。


「……え、えぐ、エグランダの、き、北には、猫人種の集落が、あるんだよ……」


 ファルの瞳にはこれでもかというほど涙が溜まり、今にも泣き出してしまいそうになる彼女を見つめながら、イリス達は完全に言葉を失っていた。


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