"一筋縄では"
リシルア冒険者ギルド本館。
ここは、先程イリス達がいた素材買取館とは隣接された建物となる。
この場所で冒険者は依頼を受注、達成後に再びこの場所で報告して依頼を完了するというのが一般的で、本来のギルドであればその全てを済ませることができるのだが、この国では少々異なる仕組みをしていた。
当然こちらの建物では素材の買取を一切受け付けていないので、依頼達成後は素材買取館へと向かい、報酬を受け取ることが必要となっている。
つまり依頼の受注は本館であるこちら、依頼達成報告と素材はあちらで、ということになっているようだが、こうすることで冒険者の出入りの際に起きるトラブルを随分と軽減することに成功したらしいと女性職員は話した。
実際に建物がひとつだった時は、諍いが絶えないほど多かったのだそうで、建物と役割を分けてからは大分変わったらしい。
出入りをするだけでトラブルになるという点に、どうしても疑問を持ってしまうイリス達には正直な所、諍いが起こる理由が全くと言っていいほど理解できなかった。
要は人それぞれといったところだろうか、という思考で落ち着いた彼女達だった。
流石に冒険者が多いというだけあって、受付はとても沢山用意されていた。
入り口から見て正面に受付が十箇所造られているらしく、右側には大きな掲示板が五つ置かれているが、残念ながら食事をする場所は設けられていないようだ。
諍いが起こりやすいというのだから、余計な火種となる場所をなくしたのだろう。
時間帯も関係してか、随分と冒険者の数は少ないが、それでも数チームと思われる者が受付と掲示板にいるようだった。
横目でギロリと睨み付けるような視線がこちらへと集中するも、先輩達が予想していたよりも視線が少ないように思えた彼らは、訝しげながらぴくりと眉を僅かに動かしつつ警戒をしていく。
正直なところ、大人しいと言えてしまうような反応を向けられるとは想定していなかった彼らは、その表情にこそ出すことはなかったが、虚を突かれたように呆気に取られてしまっていた。
もっとこう、好戦的なものや挑発的なものを直接向けられると思っていた先輩達だったが、どうやらそういった気配は微塵も感じず、それどころか冒険者達はある一点を見つめているように思え、そちらの方に警戒が移っていく先輩達だった。
しかし、冒険者達の視線の先にいる女性はそんな気配には全く気付く様子はなく、ただただ純粋にギルド内を興味深げに眺めているようだ。
そんな中、注目を浴びる人物は、興味深そうに言葉にした。
「外観だけでなく、内部構造も素材買取館と似ているんですね。掲示板が多くあることと、受付が通常のギルド用で、奥に素材査定用のテーブルがないくらいでしょうか」
「こちらのギルド本館は、基本的に世界にあるギルド会館と同じ構造となっているようです。この国では依頼を受ける冒険者の皆様がとても多く在籍して下さっていますので、受注受付カウンターも十箇所ご用意させていただいております。
この時間帯は随分と落ち着きを見せていますが、早朝や夕方頃になると冒険者の皆様で溢れ返るほど賑やかな館内となるんですよ。
それは私共の勤めております、素材買取館も同じではあるのですが、こちらの本館の方が素材買取館よりも遥かに活気に満ちた場所となっていますね」
羊人種の女性アドリア・ラメッラはそう話すも、"賑わい"だの"活気"だのという言葉にどうにも引っ掛かりを覚えてしまう先輩達は、少々微妙な表情をしてしまっていた。
そんなこととは露ほども知らず、イリスは彼女に尋ねていく。
「アドリアさんはリシルア生まれなんですか?」
「はい。私もリシルア生まれ、リシルア育ちとなります。
ロザリアさんは別の生まれだそうですが、パメラもここ育ちなんですよ」
パメラとは素材買取館にいた牛人種の女性で、ロザリアは洗熊人種の女性となる。
二人とは職場の同僚というだけでなく、仲の良い友人関係に当たるらしい。
毎日のように夕食とお酒を共にしているのだと、とても楽しそうに彼女は話した。
アドリアとパメラは同い年で、ロザリアは三つ年上になるそうだ。
そんな事を話しながらイリス達をギルドの三階まで案内していく彼女は、目的の場所に待ち構える人物に申し訳なく思いながらも言葉にしていった。
「……わざわざお呼び立てして、申し訳ございません。
何分、ヴァン様がリシルアを離れたと情報が入ってすぐにこの件を言い付かったのですが、正直に申しますと、私としてもヴァン様がリシルアに戻られたことに驚きを隠せませんでした」
正確なところはわからないが、その理由の大凡を察していたアドリアは、きっともう彼は戻って来ないのではないだろうかと、パメラやロザリアと話していたらしい。
『まぁ、あの人相手じゃ仕方ないんじゃないかなぁ』
『そうね。私もプラチナになってたら、この国を出ていたと思うわ』
『それは悲しいよぅ。うちで一緒に働こ?』
『ふふ。そうね。今ならそうするわね』
そんな二人の会話を思い起こしていた彼女は、目の前にある扉をノックしていく。
彼女が一度、躊躇うようにドアに手を上げたまま深呼吸した姿がとても印象的で、やはりこの先に待つ人物は、一筋縄ではいかないと思えてしまうイリス達だった。
「入れ」
短く言葉にしたのは、どうやら女性のようだった。
たった一言であっても、彼らの心をざわつかせるには十分過ぎたようで、先輩達は各々違った反応を顔に見せているが、イリス達に背中を向けていた彼らの様子を窺い知ることはできなかった。
かちゃりと静かにドアノブを回したアドリアは先に部屋へと入り、そのまま扉を押さえたまま横へとずれてヴァン達を通せるようにしながら、室内にいる人物へと話していく。
「ヴァン・シュアリエ様をお連れ致しました」
「……漸く戻って来やがったか」
ざわりと気持ちを逆撫でするかのような彼女の声に、眉を顰めるヴァンとファル。
ロットは少々悲しそうな顔を彼女へと向けているのだが、先に室内へと入っていった彼らの表情はイリス達には見えていなかった。
続けて部屋へと入っていくイリス達が目にしたのは、それなりに豪華な机の前でなにやら書類にサインをしている女性の姿だった。
ギルドマスターと思われる方は、見た目は三十代前半ほどにしか見えないとても若い女性で、驚きを隠しきれずに表情へと出してしまうイリス達。
これほどまで若くして、ギルドマスターたる存在になれるのだろうかと思ってしまうも、年齢と見た目が合わないだけかもしれないと考えていた。
黒に少しだけ白髪のような白色が混ざった髪を短めに伸ばした女性で、座高から察すると百七十センルほどはあるのではないだろうかという長身。黒に近いこげ茶のローブを纏い、小さな眼鏡をかけているようだ。
その鋭く書類へと向ける瞳はとても個性的で、左右の色が違っていた。
見た目はとても美しいと言える程の女性なのだが、不思議とそう思わせないのは少々きつく女性が言葉にしたせいだからだろうか。それとも彼らが警戒し続けているからだろうか。
手早く仕事を済ませたその女性は立ち上がり、壁側に置かれている引き出しを開けると何かを取り出して、ヴァンの近くにある来客用のテーブルへと放り投げた。
どうやらそれは何かの書類のようで、纏められたはずのものが滑るようにテーブルの上にばさりと音を立てながら広がっていく。
一体何をしているのか理解ができなかったイリス達の前で、深くため息をつくヴァンへとギルドマスターである女性は、とてもきつい声色で言葉を投げかけていった。
「お前がいなかった間に溜まったギルド依頼だ。まずはこれを済ませて来い」
たったそれだけ言葉にすると再びテーブルの上の書類に目を通し始め、サインしていく女性にイリス達三人は、呆気に取られてしまっているようだった。




