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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十四章 流れ落ちる想い
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"それ以外の答えなど"


 少々注目を集めてしまっているイリス達一行。

 正確に言うのならば、それはほぼ全て先輩達に視線が向いているのだが、彼らはやはりこの国では目立ち過ぎるようだ。

 その風体や身に纏っているものである鎧だけでなく、彼らから発する雰囲気そのものが注目されている一番の理由なのだが、流石にこれに関しては自覚できるものではないのでパーティーの誰もが気付かずにいるようだった。


 そんな中、一人の幼い少女がヴァンの下へと訪れる。

 栗鼠(りす)人種の少女は瞳をきらきらを輝かせ、見上げてしまうほど大きな彼へと言葉にしていった。

 


「あくしゅしてください」

「うむ」


 ヴァンは膝をつき、目線を少女と同じ高さにすると、その小さくて可愛らしい手のひらに自身の大きな手を合わせていく。

 後に彼から聞いた話によると、この国では自分を怖がる存在は皆無なのだと、彼はどこか嬉しそうに話していた。

 そういった点や過ごしやすさという事を考慮するのならば、この国はヴァンにとって最適な国ではあるのだが、そうさせないだけの理由があるのだとイリス達は思わずにはいられなかった。

 逆に言うのならば、彼をこの国に居させない何かが存在する、ということになる。


「ばんさまありがと!」


 満面の笑顔を向けられたヴァンは、こちらこそありがとうと笑顔で優しく言葉にすると、幼い少女は可愛らしい尻尾をこれでもかというほど横に振りながら両親の元へと駆け寄っていき、何やら二人へ話をしているようだった。

 愛娘に良かったわねと笑顔で言葉にした母は、夫と共にヴァンへと向き直り、深々と頭を下げ、その場を後にしていった。

 両親の間で手を繋ぎ、楽しげに話す少女の背中を見つめていたイリス達は、何とも言えないほっこりとした気持ちにさせられる。


「ふふっ。とても愛くるしい子でしたね」

「この国じゃヴァンさんは憧れの対象だからね。お嫁さん探しには事欠かないよ」

「む、むぅ……」


 ファルの言葉に、思わず瞳を閉じてしまうヴァン。

 彼も以前はそういったパートナーを探していたが、それはこの国以外での話となる。

 この国の女性と関係を持てば、必然的にここを離れる事が難しくなる可能性が高い。

 となれば、様々な点で居辛いと言えてしまうリシルアで生活せざるを得ないだろう。

 それだけはと思ってしまう彼にとって彼女の言葉にしたものは、中々胸に突き刺さる言葉だったようだ。


 それに今はイリス達がいる。

 何よりもこの旅は彼にとっても、何かとても大きなものに思えてならない。

 まるで使命感のようにも感じてしまうそれを、このまま放っておくことなどできないと彼は考えていた。



「他の皆様はご遠慮して下さっているのですね。もっとこう、我先にというのを想像していたのですが、どうやら私の見当違いだったようですわね」

「あはは。そういったところは助かってるよね。……あたしの場合は変な視線ばかり向けられるから、正直なところああいった可愛い子に好意を持たれたかったよ」

「変な視線、ですの?」


 首を傾げてしまうシルヴィア達だが、実際にファルもまた"リシルアの勇者"と呼ばれた存在である。当然彼女以外にもそう呼ばれる者は多数いるが、どうやら彼女はその見た目から男性の好意を多く向けられてしまう傾向が強いという。

 それも少々特殊な感じらしく、ファルにとっては居心地が悪かったと言葉にした。


「あたしの場合は何ていうか、隠れるようにこっちを見つめているっていうか、話しかけるのは勇気がいるけどお付き合いしたいな、的な気配をビリビリと感じるんだよ。

 感情を強く込めた人に見つめられると、尻尾がぼふぼふに膨れちゃうんだよね」

「……それは、その、嫌悪感、というものなのでしょうか、ファル様……」

「だろうね。それにあたしは、そういった人って好きじゃないんだよ。

 もっとこう、堂々と来いよ! って思っちゃうんだよねぇ」

「……何とも皮肉な話ですわね。好意を持っているのに、想い人の方はそれが不快に感じるだなんて……」


 そんな時、ロットを様付けて呼ぶ女性達の声が聞こえ、それに気が付いた彼は声のした方にいる女性達へと笑顔で手を振っていくと、その屈託のない笑顔を向けられた女性達は、黄色い声を上げながらどこかへと走って行ってしまった。

 一連の流れを白い目で見ていたファルは、呆れたように言葉にしていった。


「……まぁ、鈍感なのもどうかと思うんだけど、よく射止めたもんだと感心するよ」

「それについては今夜にでもお話しますわね。中々の夜更かしになりそうですわっ」

「む、むぅ。流石の俺でも気が付くんだが、ロットには特に感じないらしいな……」

「ん? 何のことです?」

「ロット様は今の素敵なままで、ずっといて下さい」


 首を傾げて尋ね返すロットに、ネヴィアはとても優しい眼差しを向けていた。

 そんな愛する人へとありがとうと笑顔で言葉にしたロットだったが、彼が先程向けられた視線を理解することは生涯ないのだろうと確信を持ってしまったシルヴィアとファルだった。



「――こんにちは。どうしたのかな、君。迷子かな?」


 背後から聞こえてきた声に、勢い良く振り向いてしまうイリス。

 その目にしたものは、一人の女性が小さな少年へと尋ねている姿だった。

 狸人種の女性は、狼人種の少年に何やら尋ねている様子を見つめ続けていると、そんなイリスに気が付いた仲間達は言葉にしていった。


「あら? 迷子ですの? ご両親とはぐれてしまったのかしら」

「人が多いからね。そういったことも多いと思うよ」

「ふむ。だが両親が来たようだな。何事もなくて良かった」


 何度も頭を下げてお礼を言葉にする両親と、母親に抱きつく少年。

 それを女性は優しい笑顔で気にしないでと言葉にし、少年は声をかけてくれた優しいお姉さんに手を振りながら両親と共にその場を離れていった。

 何とも微笑ましい姿に頬が緩んでしまうネヴィアはイリスへと視線を向けると、彼女はとても複雑な表情をしているようだった。


「……イリスちゃん?」

「さて、それじゃあギルドへと向かおうか」


 ロットの言葉にそうですねと答えたイリスは、いつもと同じ笑顔をしていた。

 そんな彼女に何も思わないわけではなかったネヴィアだったが、あえてそれを尋ねることはなく、仲間達と共にギルドへと向けて歩いていった。


 イリスの心情を理解できたのはロットのみになる。

 それは、親友から聞いた出逢いの話。

 今にして思えば、出逢うべくして出逢った、必然とも言えるような運命的な出逢い。

 それに心が揺るがされてしまったイリスは、姉を想い、心が軋んでいた。


 ギルドへ向かう中、イリスはロットへ向けて感謝の視線を向ける。

 彼もそれに応えていくが、それはまるで『兄だからね』と伝えているようにもイリスには思え、とても嬉しく感じられた彼女は心からの感謝を心中で吐露していった。



 もし、あの時、姉に出逢わなければと、イリスは思ったことがある。

 それでもきっと結果は変わらず、悲しいことになっていたのだろうと思えてならないイリスだったが、それでも何か別の未来があったのではないかと考えてしまう。

 あの冷たく降りしきる秋の雨の中、必死に考え続けたものは、未だにその答えを出せずにいる。メルンから託された知識で答えを知った今でも、それは変わることなく彼女を強く縛り付ける重々しい問いかけとなっていた。


 ……本当にそうなのだろうか。

 メルン様の出した結論が、変わることのない唯一の真実なのだろうか。

 それ以外の答えなど、もう世界には残されていないのだろうか。


 イリスは歩きながらもひたすらに考え続けていく。

 メルンが知識として残し、彼女に託してくれたものの中に含まれたひとつの答え。

 それは彼女にとって、とても辛い真実として刻まれるように残されていた。


 メルンは知識の一部にこう記している。

 『眷属化した人間は、二度と戻す事など出来はしない』と。



 どうしてもその答えに納得することができず、言葉に出すこともできないイリスはそれでも考え続けていた。

 解決方法としてはないかもしれないが、それでも何かできるはずだと。



 ……しかし、もしかしたら……。

 イリスであれば可能となるかもしれない、とも思えてならなかった。

 この知識は、彼女が事前に渡す事を想定して用意したものだろう。


 彼女は"願いの力"による可能性を、知識に記していなかった。

 願えば多くの事を叶えてしまう、凄まじい力が持つ可能性を。

 手にした力に秘められた可能性をイリスは考えていく。



 この力であれば、まだどうなるかは分からない。

 それはあくまでも可能性であり、この力をたとえ十全に使いこなしたとしても、どうにもならないかもしれない。何の解決法にもならないかもしれない。


 でも……。

 私は"覚悟"を決めておかねばならない。

 もし仲間達の身に何かが起きれば、後悔しても仕切れないだろう。

 仲間と世界とを天秤にかけることなんてできないけれど。


 …………それでも、私は――。




 その瞳に宿るのは、未だ嘗て感じられないほどの強い意志。


 さわさわと心地良く耳に届いてくる涼しげな、空いっぱいから広がる草原の音に意識を向けながら、大切な仲間達と強い決意とを共にして、イリスはギルドへと向けて歩き続けていった。



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