"驚きを通り越して"
街へと着いたら、まずは素材を売りにいきましょうかと言葉にするシルヴィアに、引きつった表情を見せるファルだった。
その理由も正直なところ多々あるのだが、できればそれは避けたいと心中で感じつつも、彼女は裏返った声で了承していった。
「……そういえばファルさんはギルドに着いたら、プラチナランクへの昇格を告げられてしまう事になりそうなのかしら?」
「……え? あー、うん。そう、だね。…………そっちもあったか……」
何とも微妙な空気を醸し出しながら、シルヴィアとは違う方向へと視線を逸らしながら言葉にするファルに、イリスはぽつりと言葉にしていった。
「……もしよければ、私達三人で素材を売りに行きましょうか?
ヴァンさんとロットさんもあの国ではとても目立つようですし、宿で待っててくださっても大丈夫ですよ」
中々いい提案ではないかと思ってしまうイリスだったが、ファルはそれを否定し、ヴァンとロットもそれに賛同してしまった。
「だ、だめだよそんなの。あたしも皆の仲間だもん。一緒に行きたいよ」
「うむ。そうだな。俺も同じだ。それにリオネスの件も、とりあえずだが落ち着いたからな。不安要素の半分は減ったと言えるだろう。問題ない」
「そうですね。……寧ろ、イリスの方が目立っているんじゃないかが俺は心配だよ。
リオネスさんの一件が大きな波紋を呼ばないか、心配で仕方ないよ……」
若干目がうつろになりながら答えるファルと、またしても"問題"という言葉を口にするヴァン、そしてロットは二度連続で心配と声に出してしまっていた。
それを何とも言えない表情で見つめていたシルヴィアと、どう答えていいのやらと悩んでしまうイリスとネヴィアだった。
「いざとなれば、強引でも国を出ればよいのです。
そこまで気にすることはありませんわよ」
何とも頼もしいような、逆に不安になってしまうような言葉を投げかけてしまうシルヴィアに、似たり寄ったりの顔で苦笑いしか出なくなった一同を、もしゃもしゃと美味しそうに草を食べていたエステルは不思議そうに見つめていた。
* *
リシルアまであと少しといったところで、正面から馬車が一台やって来たようだ。
イリス達が乗る馬車よりも大きな幌付き馬車で、どうやらあの国からツィードグラスの買い付けにいく商人なのだと、中年で少々恰幅の良い男性は笑顔で答えた。
何でもツィードグラスはリシルアでも非常に人気が高く、仕入れてもすぐに品切れになってしまうほど需要があるのだと男性は話す。
確かにあれほど見事なグラスは、世界広しと言えどあの街だけだろうと思えた。
残念ながらチームグラスは例の素材と共にフィルベルグへと送ってしまったので、冒険でも使えるように六つ買っておけばよかったと思ってしまうイリス達だった。
商人と別れたイリス達は一路、目的地まで進んでいく。
既に熱帯草原から離れ、周囲は緑がとても鮮やかな林の木々で囲まれているような道となっていた。
流石に視界は良好ではあるのだが、林を三十ミィルほど歩いていくと、急激に鬱蒼とした深い森へと姿を変える場所も多く、この辺りはシルバーランクになりたての冒険者達には、非常に危険な場所となっているらしい。
リシルアの特色として、周囲の魔物の強さも厄介ではあるが、それよりも地形が複雑になっている場所がとても多く、下手に進むと文字通り帰って来れなくなる事もあるのだと、ヴァンは少々低い声で言葉にした。
「この周囲ならばまだ安全だが、その先となる深き森を歩くにはそれなりに経験豊富な熟練冒険者が二、三名と、魔物を一人でも一体は倒せるほどの強さが求められる。
尤も、深き森を探索するのならば、二から三チームを合わせて冒険する事も珍しいことではない。それほど危険な場所とも言えなくはないが、何よりも安全性を考慮した上でそれぞれに役割分担を分け、より確実に探索をするのが一般的となっている」
「なるほど。"攻撃"、"防御"、"支援"の三つに分け、それぞれ分担して安全に進んで行く、ということですね」
そうだねと笑顔で答えていくロット。
これらイリスが言葉にしたものは冒険者用語となるのだが、一般的にこの言葉はリシルアに所属する冒険者が使っているものとなる。
流石に遠く離れたフィルベルグでこの言い方は使われない。
使われるとすれば、厄介な危険種が現れた際に何チームか組み、合同でレイドのような短期決戦を行なう場合くらいなのだが、そもそもあの国の周辺は魔物も穏やかなものが多いので、レイドという言葉も聞く機会がなかった。
実際イリスだけでなく、姫様達もその言葉を知ったのは、母からの座学によるものに他ならず、結局冒険に出るまで一度たりともその言葉を勉強以外で聞くことはなかったようだ。
「森の深部となる場所まで探索に行く場合は、かなりの準備期間と人数を集めて大規模な調査隊が組まれる事も多いんだ。……まぁ、名ばかりの調査なんだけどね」
不思議な言い方をするロットに首を傾げてしまうイリス、シルヴィア、ネヴィアの三名だったが、彼の言葉にしたものをファルは補足していった。
「……調査隊ってのは名前だけでね、実際には魔物をひたすら狩りまくろうぜっていう、んー、なんて言えば分かりやすいかなぁ……。
そう! 嬉々として魔物を狩りまくり続ける連中が集まるんだよ!」
「…………なんですの、それは……」
ファルが言葉にしたあまりの事に衝撃を受け過ぎてしまっている三人と、その反応が一般的だろうといった表情をしている三人の、何とも言えない微妙な六名だった。
「なんだっけ。そういった依頼を受ける人達が、何か俗語使ってたよね?
……あぁ! そうそう! 確か"祭り"ってあの国じゃ呼んでたよ」
「…………何と言いますか、私には少々分かりかねる表現に聞こえてなりません」
「意味が分からないとはっきり申せばよいのですよ、ネヴィア」
「さ、流石にそれは……いえ、確かに私には分かりかねますが……」
「……メルン様に逢う前の私でも、それは理解できなかったと思います……」
あまりの事にイリスとネヴィアは、苦笑いを戻せずにファルの話を聞いていた。
そんな中、男性達も言葉にしていくが、どうやら彼らにも全く理解などできないようで、どこかホッとしてしまうネヴィアだった。
「ま、まぁ、あの国特有の文化、とも言えるんじゃないかな?
……正直なところ、俺には全く理解できないんだけどね……」
「……うむ。同感だな。そういったのも俺には合わなかった。
それにあの国の中級冒険者以上は、その殆どがチームを組まずに生計を立てている。中には馬の合う者や友人知人で構成するパーティーも存在するが、圧倒的にソロ冒険者が多い。依頼書も魔物を一匹狩るだけのものも殆どなく、大凡数チームを対象とした"大口"の依頼がとても多くてな。
そういった者達を集めるには、チームを組んでいると色々不便なことが多いらしく、俗に"野良"とあの国の冒険者達には呼ばれているパーティーを組まぬ者達が、ひとつの依頼書に集まることがあの国では主流となっている」
何ともフィルベルグとは全く違うと言えるギルドと冒険者の仕組みのようで、その意味ですら理解するのが難しいと判断してしまうイリス達に、ファルは追い討ちをかけるように言葉にしていった。
「それも、そういった依頼を受ける人達の目は、異常なほどギラついててね、あたしもロットもヴァンさんも、そういった所がはっきりいうと嫌いなんだよ。
何て言うかさ、あたしが言うのも何だけど、折角一緒のパーティーとして行動しているんだから、協力し合って達成するのが冒険者の醍醐味のひとつだと思うんだ。
苦楽を共にして、何か新しいものを発見したら皆で喜び合ったりしてさ。一人じゃできない事でも仲間達とだったらできる、みたいなのが冒険者だとあたしは思うんだ。
でも、あの国じゃそれはあまり受け入れられなくてね。やれ装備がどうだ、やれ経験が少ないだと、効率最優先で参加者を募る場合が多いから、正直疲れるんだよ」
一体リシルアはどんな国なんですのと呆れているシルヴィアに続き、イリスは言葉にしていくも、ネヴィアに至っては完全に思考が凍り付いてしまっているようだ。
「……メルン様の時代では、リシルアは"学者の街"だったそうですよ」
「……ふむ。とてもではないが、そうは思えないような冒険者で溢れているな……」
「実際に今のリシルアへと変化が生じてきたのは、眷属の出現以降だそうですから、力を手にすることを最優先に考えるようになってしまったのかもしれませんね」
「確かにそれならそういった変化も頷けるんだけど、まさかそれが今の時代でも脈々と受け継がれていくように残っている事に、俺は驚きを通り越して流石に呆れるよ」
ロットの言葉に相槌を打ってしまう二人と、そのとても表現し辛い顔にイリス達もなりながら、とても疲れたように、深く深くため息をしてしまう一同だった。




