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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"理解しているのか"


 それは彼女が一度だけ目にしたことのある光景。

魔物に襲われそうになっている幼い少年を助けようと走るも間に合わず、全身が凍り付いてしまった時のことだ。


 攻撃が当たる瞬間に少年は赤く光り、魔物が消滅したのをメルンは目撃した。

 魔物を倒したのではなく、文字通り忽然とその場から消えてしまったのだ。

 そして少年もまた同時に、眩いばかりの赤い光となって消えてしまった。


 後に残されたのは、恐ろしいほどの静寂。

 まるで白昼夢でも見たかのような感覚と、その辺りには何の痕跡も残されていない綺麗な地面という現実とは思えないものだけが、メルンの視界に捉えられていた。


 少年は孤児だったのだろうか。

 街に戻りその件を聞き回っても彼の存在を誰も知らず、結局夢だったのではないかと仲間内で話し、そう結論付けていつの間にか忘れていたのを思い出したと彼女は語る。


「……あれは本当に不思議な感覚だったな。

 本当にあったことだったのかですらもアタシには判断できないが、もしあれが何かしらの力であるのなら、レティシアともアルトとも違う技術なんじゃないだろうか。

 まぁ、幼い子供に魔物を消し去るなんてことができたとはとても思えないから、本当に夢だったのかもしれないが」

「……新しい、技術……」


 小さく呟くイリスだったが、どこかでそれを見た気がした。

 それがどこであったのか、それをどんな時に見たのか思い出していくも、何かこう、とても遠い昔のことに思えてならないイリスはそれをはっきりと思い出すことができず、まるで霧の中を彷徨うようなぼやけた感覚を感じていた。


「…………赤い光……魔物が消えたように、いなくなった……少年……新しい技術……レティシア様とも、アルト様とも違う、力…………」

「……イリス?」


 ここではないどこかを見つめるように呟いているイリスへと言葉にするメルンだったが、突如イリスは苦悶の表情を浮かべ、頭を両手で抑えながら両膝をついてしまった。

 彼女の名を叫ぶ様に口にするメルンは、出現させた砂時計を焦った様子で確認する。

 随分と研究に夢中になっていたが、赤い砂は一割も落ちていなかった。

 しかし、何らかの影響を受けたと判断したメルンは、一旦石碑の外に出ろと言葉にしようとするが、それよりも先にイリスは、頭を抱えた虚ろな目で静かに呟いていった。


「…………そうか……だからわたしは……あのひとを……世界を越えて……。

 ……ううん、そうだ。きっとアデルさんも……そうなんだ……そうだったんだ……」

「……大丈夫、なのか、イリス……」

「……はい。大丈夫です。強烈な頭痛はありましたが、今はもう治まっています」


 立ち上がるイリスの様子を確認するメルンだったが、どうやら石碑にいることが原因でなったわけではないと分かり安堵するも、では原因はなんだと心の中で考える。

 どうやらその思考はイリスにも伝わってしまったようで、自身が明らかな動揺をしていることに気付き、冷静に心を鎮めていくメルンへ彼女の優しい声が耳に届く。


「本当にもう大丈夫です。全て思い出しました(・・・・・・・)

「……思い、出した……?」


 考えもしていなかったイリスの言葉に、呆気に取られてしまうメルン。

 彼女の言葉にしたものに考えを巡らせていくも、流石に理解が追いつかないようだ。

 未だ呆気に取られているような彼女へと向けて、イリスは静かに話し始めていった。


「……私は、確かにあの時、願ったんです。……強く、強く願ったんです。

 ……大切なひとを護りたいと、強く……」

「あの時? 願った? ……それが今イリスに起こった事と、何か関係があるのか?」


 はいと小さくメルンの問いを肯定していくイリスは、あの時あの場所で何が起き、何を自分がしたのかを言葉にしていった。

 そして自分が何故、この世界に来ることになったのか。その時の理由の詳細を丁寧に言葉にしていくイリスは、あの瞬間に想った感情まではっきりと思い出せたようだ。


 大切なひとを思い起こすように、遠くを見つめながら優しく微笑むイリスとは対照的に、メルンは目を見開きながらぽかんと呆けてしまっているようだった。

 それはまるで、昔話を懐かしみながら話す語り部のような彼女に、メルンは小さく言葉にして尋ねていった。


「……イリス、お前、自分が何を言っているのか、理解しているのか?

 ……そんな力が、本当に存在しているって言うのか?」


 メルンへと視線を戻したイリスは微笑みながら再び彼女の問いを肯定し、目の前に横たわるように置かれている石版へと、両手をかざして力を使っていく。

 すると彼女の身体と石版を真っ白な光が覆い、重々しい塊を浮かせて(・・・・)しまった。

 そんなとんでもない事をしてしまったイリスに、これまでにないほど驚愕の表情を表し、大きく目と口を開きながらその光景を唖然と見つめてしまうメルンだった。


 彼女から溢れた魔力と思われるそれは、"想いの力"特有の黄蘗色をしたものではなく、本来の彼女のマナである白緑の色でもなかった。

 そもそも対象を浮かせる魔法など、この世界には存在しない。

 それを知るイリスだからこそ、そういった力の使い方をしたのだが、その光景を目の当たりにし、思考が完全に凍り付いてしまっていた彼女がたどたどしくも言葉にしたものは、至って当然の問いかけだったと言えるものだろう。

 恐らくはレティシアでさえも、こんな力など見たことも聞いたことすらもないはずだと確信が持ててしまうほどのイリスの力に、メルンはとても小さく言葉にしていった。


「…………な、なん、だ……これ、は……。どうなって、るんだ……。

 ……何を、どうすれば……こんな状況に、なるんだ……?」


 瞳を閉じながらその力の本質を身体の内側から探るようにしていたイリスは、僅かに瞳を開け、静かにその力についての話をしていった。


「……この力は、私の想い描く通りに具現化できるようですね。

 試しではありますが、"石版を浮かせたい"と頭の中で考え、力を発動してみました。

 それもこの力はどうやら、"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"とも相性がとてもいいもののようです。

 マナの相反作用も全くありませんね。至って穏やかにマナを扱うことができます。

 身体が自然とその使い方を覚えているような、とても不思議な感覚を感じてしまいますが、この力は"想いの力"と、まるで溶け込んでいるようにもなっているようです」


 にわかには信じ難い彼女の言葉の数々に、メルンは思考が混乱してしまう。

 マナの相反作用とは、そう簡単に解決できるようなものでは決してない。

 イリスが言葉にした単純なものであれば、かの悪名高いヴェルグラド帝国が合成魔法を完成させ、世界中を混沌とした状況にまで追いやっていただろうと彼女は考える。

 そうはできないからこそ絶大とも言える"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"であったが、イリスが口にしてしまったものが確かであれば、それはもう、そんな領域では語ることのできない高みにまで上り詰めてしまっていることに、体中から一気に温度が下がっていくのを感じているメルンは、何とも言えない複雑な表情になってしまう。


 そんなとんでもないことになっているとは、彼女は思い至らないのだろう。

 続くのんびりとした危機感のない言葉に、そういったところは本当にアルエナ寄りだなと呆れながら半目になってイリスを見つめてしまうメルンだった。


「……凄いです、この力。……まるで身体の奥底から溢れ出しているようです……。

 太陽のように暖かくて、"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"よりも更に心が穏やかになっていくような、とても穏やかな安らぎを感じます……」

「……分かったから、とりあえずその、溢れ出すもの(・・・・・・)を抑えてから話をしろ……」


 ほんわかと言葉にする彼女に、最早頭痛がしてきてしまっていたメルンは顳顬(こめかみ)に右人差し指と中指をあてながら言葉にするも、その美しい眉間には深い溝が刻まれていた。

 その様子に気が付いてもらえたようで安心するメルンは、良く知りもしない力を使い続けていたイリスを強く注意していくとようやく伝わったらしく、安堵していいのやら呆れていいのやらといった表情で言葉を続けていった。


「……ったく。……お前はかなり危なっかしいな。その力を良く知りもしないで使い続けるなど危険極まることくらい、冷静になれば理解できるだろう?

 これに限らず"力の使い方"など誰かから教わることがなかったんだろうから、それも仕方のないと言うべきか。……いや、それはあいつの知識に含まれているはずだから、これはもうお前の性格か……。厄介なもんを色々と抱え込んでいるな、お前は……」

「す、すみません……。確かに考えなしでした……」


 しょぼくれる彼女を見ながら、何やら考え込んでいるメルン。

 それを大人しく、しゅんとした様子で佇む、考えなしのイリス。

 何とも言えない空気が辺りを包み込んでいくが、メルンは『そうだな』と呟くと、ひとつの提案をイリスへとしていった。


「……イリス。お前、ここでその力の訓練をしていけ。

 その力の使い方が危険かどうかの判別くらいは、アタシにも付くかもしれない。

 流石にレティシアほど教え上手でもないし、何かいい助言ができるとも思えないが、石碑を出てひとりで修練するよりは遥かにマシなはずだ。

 幸い、お前の知識のお蔭で石版の解読も順調だし、未だ一部は読めずにいる状況ではあるが、書かれている内容や女神の意思を含め、大凡は把握できている。

 だが、その力は強大過ぎることくらい、お前でも理解しているだろう?

 急激に手にしたその力の使い方を誤れば、自身だけでなく周りを不幸にするだろう。

 話に出した少年が同質のものを使った可能性も考えられる以上、その力をある程度使いこなす必要が出てくる。……まぁ、匙加減を間違えて消えたいなら話は別だが?」


 ぎろりとかなり鋭い表情に変えて、驚かすように警告していくメルン。

 それだけ非常に危険な力だと推察した彼女だったが、それをイリスが使いこなせるかどうかは全く別の話となる。

 それはたとえ訓練したところで、制御できるとは言い切れないほどの計り知れない力となることくらいしかメルンにも分からない、というのが本当のところではあった。


 それでも、ひとりで修練させるなど危険極まると判断した彼女は正しいだろう。

 誰かが傍にいて、客観的なものを彼女に伝えた方がいいと思えてしまった。

 それを正確にできるかは分からないし、イリスの仲間達であればできるかもしれないが、話から察すると言の葉(ワード)を学んだのもここ最近からだという。

 おまけにあのアルトの(・・・・・・)知識を託されたという猫人種も一緒だとすると、自分よりも適任だとはとても思えないとメルンは確信していた。


 であれば、このまま石碑から出すわけにはいかないと感じていたメルンは、同時にその力が持つものを解き明かし、イリスへと伝える事ができればとも思っていたようだ。

 そしてイリスは彼女の提案を快諾し、是非お願いしますと笑顔で言葉にしていくも、本当に何ができるか分からないぞと返していくメルンに、それでも心からの感謝を込めて微笑みながら彼女は答えていった。


 実際に何の力にもなれないかもしれないとも思えてしまうメルンが、イリスの手にしてしまったありえないほどの強大な力に驚愕し、彼女の時代から今現在に至るまで世界最高の魔法技術となっている"真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルース"をも超える力に、血の気すらも凍り付かせてしまうことになるとは、この時の彼女には想定もしていなかったことだった。


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