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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"待っていた可能性"


 そんなイリスは再び石版へと視線を戻し、読み進めながらぽつりと言葉にしていく。


「人が生きていくにつれ、その言葉も徐々に変わっていくと聞いたことがあります。

 エデルベルグ王家に伝わる言語も、一部ですが私にも分かる単語が出てきました。

 それらを考慮すると、メルン様の時代よりも遥か古代である可能性があります。恐らく千年所ではない、もしかしたら数千年以上前のものとなるのではないでしょうか?」

「残念ながらこの石版に書かれているものだけで、それを判断することはできないな。

 ……それも仕方ないだろう。問題はそこではないのだから、あまりこれが置かれた時代は考えなくてもいいな。それよりも、厄介なことになっている方が遥かに不味い」

「そうですね。もしかしてメルン様が最悪と仰ったのは、このことだったのですか?」

「いや、アタシはレティシアの考えに沿って、独自に仮定を出したに過ぎない。

 それで言うならば、あいつの突飛な発想が一部は当たっていた、と言う方が正しい。

 ……そうだな。やはり、先にレティシアの知識を渡しておくべきだろうな。

 本来であればレティシアと再会した時に詳しく話すはずだった事も、ある程度はこの場で語るべきだろう。もうそんなことを言ってられない状況になっていると判断する」


 メルンはそう言葉にした後、両手を自身の胸の前で手のひらを上向きに出し、力を発現させていった。

 ゆっくりとイリスの前にやってきたその黄色く輝く知識の光は、溶け込むように彼女の身体へと入り込み、様々な知識が入り込んできたのを感じ取ることができたようだ。


 レティシアの知識に含まれ、アルエナから託されたものとも合わさっていき、次第に彼女の中でその姿を変えていくのを感じたイリスは、ぽつりと言葉を漏らしていった。

 その形を変えていった力を言葉で表現するのはとても難しいが、それをあえて口にするとすれば、それは――。


「……これ、は……。"箱"、ですか?」

「ふむ。面白い表現だな。確かにそんな感じにも思えなくはないだろう。

 その感覚を掴んでいるのであれば、それが何を意味しているのかも、イリスなら理解しているんだろう?」

「……はい」


 瞳を閉じながら胸部の鎧に右手を添えるイリスは、じんわりと暖かく感じる力の余韻に浸りながらゆっくりと瞼を開け、はっきりと言葉にしていった。


「……もうひとつ、"鍵"があるのですね。それはレティシア様にもう一度逢った時にいただけることも理解できますが、同時にその力が何を意味しているのかも分かった気がします。レティシア様が渡そうとしているこの力と、それが意味しているものは――」


 静かで穏やかな空間に、イリスの言葉が響き続けていった。

 それは、レティシアが力を託そうとした本当の理由。そしてアルエナも、同じようにあるものを彼女に託している。それらを含め、彼女達が何をしようとしているのか、その確たるものを感じ取ることができたイリスだった。

 当然それには、エリエスフィーナが残してくれたこの石版がなければ理解できなかったと彼女は話していくも、その辿り着いてしまったものに心底驚かされてしまうメルンは、彼女の答えをしっかりと聞き終えた後、優しくもどこか寂しさを感じる儚げな微笑みで彼女を見つめながら言葉にしていった。


「……本当に、お前は聡いな……。それが正しいかはアタシの口からは告げられない、としか、今は答えられない。それで理解して欲しい、なんて、お前ならそれが答えだと十分伝わるんだろうな。……一体いつ頃から、その力の存在に気が付いていたんだ?」

「そういった力の使い方ができるのかもしれないと思ったのは、この世界に降り立って数日後、魔術の勉強をしてすぐのことになります。

 私の生まれた世界には魔法と呼ばれる力は存在しませんでしたので、早い時期から思い至ることができたんだと思いますが、今にして思えば、私の生まれた世界の人々が、魔法という力を知らなかっただけなのかもしれませんね。

 ……流石にもう、確かめようのないことではありますが、エリエスフィーナ様が残してくださっているこの石版に書かれているものから推察すると、それすらも含め、全ての辻褄が合ってしまいます」


 寂しげに言葉にするイリスにそうかと小さく返したメルンに続き、話を続けていく。


「恐らくは、私の姉にも通ずる話だとも推察しています。

 ……全ては一本の線で繋がり、世界を旅すれば自ずと答えが分かるかも、だなんて、旅立つ前は漠然と思っていましたが、本当に繋がっているのかもしれませんね……」


 イリスの言葉に、それに関しては何とも言えないなと、とても言い難そうに答えていくメルンだったが、その反応で大凡彼女が抱えているものも理解できたようだ。

 それについての知識を渡さないのではなく、渡せないと彼女は判断したのだろう。

 その"優しさ"に感謝をするイリスだったが、どうやらその感情はメルンにも伝わってしまったようで、とても申し訳なさそうな表情を浮かべてしまっていた。


「とりあえず、アタシが集めた知識に関しては、ここを出る時に渡すことにする。

 ……それにしても、イリスにも言える事だが、あいつの推察には驚かされる。

 少な過ぎる情報の中からそれを想定できること自体、この世界でも稀な存在と言えるだろうが、こうもはっきりと女神の言葉として残されると、流石に心底震えが来る」

「……はい。レティシア様は、一体どこまで先の未来まで視えているのでしょうか」

「実際にはただの推察であって、視えているわけでもないと思うぞ。

 そういったところはお前に似ていそうな感じだな」


 静かで穏やかな空間の中で、声を出して二人は笑うが、現状は非常に悪いと言えた。

 そんなことを悲観してしまいながら、思わず言葉を噤む二人だった。


 しかし、ここに書かれているものが真実であることは間違いないだろう。

 であれば、この石版の重要性と、何故こんなものを残したのかということを考えさせられてしまうイリスとメルン。


 だがその答えは、とうに出てしまっている。

 だからこそ二人は、それを言葉にすることができずに、呆然と立ち竦んでいた。

 この石版が意味するものを考え続けるが、その意味はひとつしかないだろう。


「…………つまりこいつは、女神からの"警告"だ」

「……はい。それも、女神であるエリエスフィーナ様ですら対処ができないほどのことが、この世界では起こり得るようですね。

 ……それも、そう遠くはないと言えてしまうほど、最悪な状況だと推察します……」

「……しかし、女神は何故、こんなものを"深淵"最下層に安置した?」


 あの場所は、とても人の踏み入る場所ではないと断言できるような場所であり、それはレティシアの創り上げた魔法技術がなければ、まず進行不可能だと言いきれるほどの危険な世界であることは揺るがぬ事実だと言える。

 更に最下層と思われる場所に石版を置くなど、常識的に考えても理解が及ばない。

 女神の考えることなのだから、人には分からぬこともあるかもしれないと言われてしまえばそうなのかもしれないが、それは一般人が耳にした場合に限ってのことだろう。

 イリスは直接エリエスフィーナと逢って、そういった謎めいたことなどしないお方だと十分に理解している。


 であれば、必ずこの場所に石版を置いた理由があるはずだ。

 それを考え続けるイリスは、再び目の前に横たわるようにされているものを見つめていると、それがエリエスフィーナからの手紙のように思えてしまう感覚を感じていた。

 そんな彼女は、『そうか』と言葉にしてメルンへと向き直り、持論を述べていった。


「エリエスフィーナ様がそんな危険な場所に石版を置いたのは、最下層まで降りられるほどの強さを手にした者を待っていた可能性があるのではないでしょうか。

 この世界に顕現できない(・・・・・・)女神様に変わり、恐らくはその強き者にこの世界の"未来"を託して下さったのかもしれません」


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