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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"研究者気質"


 尚もどう表現していいのか分からず、若干震えながら黙してしまうイリスの態度に引っかかりを感じるメルンだった。

 しかし、この世界の女神の存在が判明するかもしれないという状況であれば、彼女の反応が普通なのだろうかとメルンは考えていたようだが、実際にはそうではない。

 そうでない確かな理由が、イリスにはあった。


 これについては未だレティシアにもアルエナにも、そして目の前にいるメルンにも話していない事実となるが、イリスはこれについて言葉にできるどころの状態ではなくなっていた。

 女神と逢う方法が失われてしまったと思っていたイリスではあったが、それはこの世界に存在すると人々から想われ続けていた"女神アルウェナ"がいないということだけである。

 それでも世界を旅すれば、それを知ることができるかも、だなどと漠然と思ってはいても、本当にそんな痕跡などあるのだろうかと最近では考えるようになっていた。


 どこを探せばいいのかなど分からない現状で、彼女にできることなど少ないだろう。

 まるで暗闇を手探りで探しているような感覚に思え、一体どうすればいいのかと途方に暮れそうになる彼女だったが、それを一瞬で振り払ってしまうメルンの言葉に、却って混乱させられてしまっていた。


 だがここにきて、まさかその糸口を見出す事になるとは思いもよらなかった。

 一度は絶たれた望みが希望として現れたかのように、彼女には感じられた。


 そんな中、少しずつではあるが冷静さを取り戻していくイリスは、ふと問題のそれは今も尚ダンジョンの最下層にあるのではないだろうかと思えてしまう。

 であれば、そんな危険な場所に行くことはもちろん、仲間達を連れて行くなど以ての外だと彼女は考えが至り、驚きの表情は一気に悲しみのものへと変わっていった。

 そのころころと変わる姿を興味深そうに見つめていたメルンは、思考が非常に読みやすい状態になっている彼女へと向けて言葉を放っていった。


「どんな奴でも分かりそうな表情になってるぞ。まぁ、そう悲観することもない。

 流石に実物を持ち運ぶのは無理だかったが、精巧な複製品(・・・・・・)なら作る事ができた。

 それもこの石碑には持ち運べないらしいからな、この場で新たに創れるぞ」


 その言葉に再び驚きの表情を露にした彼女を、また興味深そうに見つめるメルン。

 本当に飽きない奴だなと思っていると、本当ですかと尋ねられた。


「ああ。"複製品(レプリカ)"になるが、可能な限り再現できるはずだ。

 尤も、石版自体に何かしらの意味があるのだとしたらお手上げだがな。

 ……そこで。お前にひとつ、提案がある」

「提案、ですか?」


 そうだと言葉にしたメルンは、先程からずっと考えていたことを言葉にしていく。


「イリス。アタシとここで、石版の研究をしてみないか?」

「……石版の、研究……」


 呟いた彼女に、思わず口角を上げてしまうメルン。

 それ自体がもう答えと言えてしまう程、瞳を輝かせてしまっているイリスだった。


「……その目がもう答えているな。

 やはり、お前はアタシと同類だよ。根っからの研究者気質だ」


 本職から思わぬ言葉を言われ、苦笑いが出てしまったイリスに、だがなと彼女は言葉を続けていく。


「ここは"石碑の中"だからな。お前からすると、厄介な空間には違いないんだ。

 アタシにはもう肉体は存在しない。所謂"精神体"に近いだろう。

 ある意味でアタシは、この世界では無限に等しい時間を生き続けられるとも言い換えられるが、お前は違う。お前の肉体も、その心も、現実世界のそれと何ら変わることはない」


 そんなイリスが、この精神世界とも言えるような場所に長居することはできない。

 居られる時間には限りがあり、それを超えるとイリス自身に命の危険が出てしまう為に、それ以上の研究が必要となれば、一度外に出て体調を整えなければならないとメルンは言葉にした。

 その具体的な対応を言葉にする彼女だったが、なんてことはないようだった。


「要するに、眠ることはこの場所でできても、飲食ができないということだ。

 お前は生きているからな。飲み食いしなければ危険な状態になる。

 食い物もここで出すことはできるが、恐らく腹が膨れるだけで、実際に体内に栄養として取り込まれるわけではないとレティシアは予想していた。……まぁ、痩せるには悪くない場所と言えなくはないんだが、ここから出られない以上意味がないからな」

「な、なるほど……」


 冗談じみた言い方をしたメルンの言葉になんとも微妙な表情をしてしまうイリスだったが、実際に予想されるのは、割と怖い影響が出かねないとメルンは考えていた。

 恐らくは、いきなり意識がなくなり、そのまま帰らぬこととなる可能性が高い。

 この場所は時間の感覚が極端に感じ辛く、こんな場所で長居をすれば正直なところ、どんな影響が出るかも分からない。

 時間を忘れて研究に没頭してしまえば、本当に命の危険性が伴う事となるだろう。


 それも対応策があるから問題ないだろうと言葉にしたメルンは、イリスへと研究の進行状況を話していったが、あまり芳しいとは言えないようだった。


「石版の研究は、全くと言っていいほど進んでいない。

 正直なところ、お手上げと言っていいだろう。

 アタシ達の仲間で、そういったことのできるような奴はいなくてな。

 やれ魔法の研究だ、鉱物の知識だ、格闘馬鹿だ戦闘馬鹿だと、全くもって研究などできるような仲間はいなかった。唯一レティシアだけは適任だったが、その場にはいなかったし、あいつにもやるべきことがあったからな。残念ながらこれを調べていたのは、アタシくらいしかいなかったのが現状だったんだ」


 流石に最下層でひとり残るのは危険過ぎる。安全な場所で精巧な石版の複製品を魔法で創り上げる為に"対象を記憶する魔法"を使い、地上へと出たのだと彼女は話した。

 以降はメルンが故郷へと帰郷し、記憶の中から創り上げた石版の研究を本格的に始めたのだが、結局石碑に移入するまで、その正体は掴めず仕舞いだったそうだ。


 そして石碑の置かれているこの場所は、メルンの故郷だったそうで、当時一本だけ残っていたスラウの若木を近くに植えたそうだ。


「"スラウ"はもう、お前の時代には存在しないんだろうな。

 その名すらも恐らくは知られていないだろう? あれはこの地方でもかなり特殊な長寿の木で、近くにあるものをまるで抱きしめるように包み込み、二百年ほど経てば自然の洞窟のように空間を広げる不思議な木なんだ。

 昔は割と存在していたんだが、あの眷属が消し飛ばしてしまったからな。

 もしかしたらもう、存在しないかもしれないな。……本当に残念だ。

 何もなければ二千年は軽く生きられるんじゃないかと言われている凄い木でな、八百年しか経ってないんじゃ、まだまだ若いんだろうな。

 恐らく"適格者"が二百年くらいは出ないだろうと予期し、個人的にこの木を植えたんだが、実際どうなっているんだ? そういうところは不便だな、この中は……」


 とても残念そうに言葉にするメルンに、イリスはあることに驚きながらも優しく微笑みながら答えていった。


「今はとても大きな大樹となって、この石碑を優しく大きく包み込み、天井からは光が幻想的に差し込む美しい場所となっていますよ。時間帯によって石碑を照らすように光が当たるはずですから、一日中でも傍にいられるような素敵な空間で、何よりもこの大きな都市を見守り続ける守り神のように、雄大に佇んでいま――」


 笑顔で言葉にするイリスだったが、ちょっと待てとメルンは会話を途中で止め、気になったことを尋ねていくも、その表情には少々聞き間違いだったのだろうかといった気持ちが表れ、口角をひくりと動かしてしまっているようだった。


「八百年も経っているんだから、大樹ってのは理解できる。さぞ立派になっただろうな。……だが、"都市"ってのはなんだ? アタシの故郷は寂れた集落だぞ?

 それも大きいのか? いつの間にそんな大都市になってたんだ?」


 思わず首を傾げながら言葉にしてしまっているメルンだったが、これについてはイリスは何となくという確証のないものではあるが、理解できていた気がした。それについて話し始めるイリスにメルンは、ふむと考え込みながらも口にしていった。


「……グラニット……。ペグマタイト鉱床か……。

 確かに水晶山が近くにはあったが、あんなもの魔術研究者でもなければ使わないんじゃないか? お前の時代ではそんなものに価値が出ているのか」

「水晶は宝石と同じ扱いがされ、今の時代ではとても高価なものとして取引されています。装飾品だけでなく、原石を加工したものを所持することですら好む人も多いのだとか。残念ながら私は持っていませんし、とても美しく輝く宝石で非常に高値ですから、あまり持ちたいともこれまで思いませんでしたけど……」


 イリスの話を静かに聞いていたメルンは、時代の流れとは本当に予測など付かないなと思いながら言葉を返していった。 


「……不思議なもんだな。時代それぞれに必要とされるものは確かに違うだろうが、それでもあんな石ころが価値を持つとは、アタシの時代じゃ考えられないな。

 ……いや、確かに数千年から数万年の時をかけて形成されるものだと言われているし、その美しさから価値が出るのも分からなくはないんだが、わざわざ掘り出してまで加工するなんて物好きがいたんだな……」


 苦笑いをしている彼女にイリスも同じような顔になってしまい、何とも言えない微妙な空気が流れてしまった。



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