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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"ごめんなさい"


「――"完全なる保護結界魔法アブサルートリィ・プロテクション・カバー"」


 小さくも、力強く周囲へと響き渡る彼女の声と共に仲間達を優しく包み込む黄蘗(きはだ)色の魔力は、今まさにヴァンへと襲いかかろうとしていた、最早避けることも叶わないほどの速度を持つガルドの爪撃を、完全に弾いてしまうほどの凄まじい防御魔法を見せた。

 ガルドはそのまま後方へと跳び、ヴァンとの距離を開けていく。


 彼女が使った凄まじい効果の保護魔法に驚きつつも、大切な仲間の帰還に喜びながら笑顔を向けてしまうヴァン達だったが、彼女を目にした瞬間、固まってしまった。


「…………イ、リス……?」


 僅かとも言えてしまうほどの声量で、彼女に届かない程小さな言葉を発したヴァン。

 辛うじて彼の近くにいる仲間達の耳には届くも、完全に言葉を失ってしまっていた。

 石碑に入る前のイリスとは、まるで別人のようにしか思えなかったからだ。


 彼女のその姿に変化は見られない。

 だがその表情は、全くの別人のように思えてしまう。

 あれだけ凶悪な化け物であるガルドに向かって、とても辛そうな、そしてとても悲しそうな表情で見つめているようにしか見えなかった。


 その理由も分からず、彼女を見つめたまま呆然と立ち竦んでしまっている仲間達へと向けて、イリスは言葉にしていった。

 それはとても小さなものではあったが、その中には悲痛さを帯び、強い悲しみを含んだ彼女の声に理由を尋ねる事もできない仲間達は、イリスの言葉を尚も固まりながら耳にしていく。


「……後は、私に任せて下さい」


 小さいながらも、とても頼もしく感じられる彼女の強さを含んだ言葉。

 しかし、あれほどまでの化物じみた凄まじい存在を相手に、例え真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースで対抗したとしても、たったひとりで倒せるとはとても思えなかった。

 それこそ、途轍もない攻撃魔法でも当てない限りは難しいのではないだろうかと、彼らがそう思ってしまうのも仕方のない事かもしれない。

 それほどまでの数ミィルを体験していた彼らからすれば、それを知らないと思われたイリスが、敵の力量を把握できていないのではないだろうかとも思えてしまっていた。


 だが、『任せて下さい』と言葉にしたイリスの足が止まる気配はない。

 ゆっくりと、だが確実に、ガルドへと向かって歩みを進めていく。


 しかし彼女はセレスティアを抜き放つ事はなく、ただただ歩みを進めていくことに、ヴァン達は不安を抱いてしまう。

 流石に奴の放ったあのブレスは、たとえイリスであってもひとたまりもないと思える一撃を繰り出していたガルド。それを素手で立ち向かうなど、とてもではないが信じられない気持ちで溢れてしまう仲間達だった。


 そんな近寄っていく彼女に対し、凄まじい咆哮を上げるガルドに、シルヴィア達は更に腰が引けてしまうが、そんな彼女は一切動じる事なく進み続けていった。

 徐々に近付くイリスを拒絶するかのように、ガルドは全てを薙ぎ払おうと、再びそのおぞましい口元へとマナを集約し始めてしまう。

 その動作に全身から寒気が噴き出してきたヴァンは、イリスへと向けて警告していった。


「――!! 不味い!! イリス!! 凄まじいブレスが来るぞ!! 避けろ!!」


 ヴァンが叫ぶが、無常にもガルドは無慈悲な一撃をイリスに解き放つ。

 周囲は先程と同じように光り、目にも留まらないような凄まじい速度の衝撃波がイリスへと襲い掛かるも、イリスは一切動く気配がない。


 直撃する。

 誰もがそう思った瞬間、イリスは小さく言葉にした。


「"防げ"」


 イリスの前方に巨大な白い衣のようなものが現れ、彼女とその後ろにいる仲間達を瞬く間に優しく覆っていった。


 あれほどの凄まじい威力を見せた奴の攻撃を、いとも簡単に彼女は防いでしまった。

 それも微風(そよかぜ)すら一切通すことのない、完全な防御結界を発動してしまった事に驚き、目を丸くしてしまう仲間達。


 しかし、彼女が使ったと思われる魔法は、以前のそれとは明らかに違うと思われた。

 魔法発動時に彼女を覆ったのは黄蘗色の魔力ではなく、どう見ても白色の光だった。

 その光景を目の当たりにした仲間達は混乱してしまう。あれは魔法ではないのかと。

 それも、真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースのようにも見えなかったと彼らは感じてしまう。

 そして彼女の属性の色である白緑とも、それは全く異なっていた。


 そんなイリスに、未だ目立った動きはない。

 放たれたブレスを防御したまま、なぜかガルドを見つめているようだ。

 何かを考えているのだろうかと思ってしまうヴァン達だったが、辛うじて彼女の横顔を見ることができる位置にいたシルヴィアは、彼女の表情に驚きを隠せない。

 イリスは先程よりも辛そうな、悲しそうな、そしてとても寂しそうな顔をしているようにしか見えなかった。


「…………どうしてそんな、悲しそうな表情(かお)を、しているんですの……?」


 そうシルヴィアがぽつりと呟いた声を聞き取る仲間達。

 辺りに戸惑いの空気が強く溢れていく中、ガルドがイリスの存在を否定するかのように、彼女へ追撃をしようと瞬く間に距離を詰める。

 それは渾身の一撃を防がれた事で、怒りにも似た、そんな剥き出しの感情を向けているようにもヴァン達には思えた。


 しかし――。


「"阻め"」


 再びイリスは小さく、そしてとても短く言葉にすると、先程と同質とも思える白い壁がイリスの前に出現し、巨体のガルドの突進を完全に止めてしまった。


 続けて真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースを発動させていくイリス。


「"極大鎮静化魔法イクストリームリィ・セデーション"」


 発言と同時に、黄蘗色の魔力がガルドの巨体を覆っていく。

 そして次の瞬間、シルヴィア達は驚愕する。

 あの凶暴などとは言えないほどの凄まじい存在であるガルドが、地面に膝を突き、くつろぐように横になってしまった。


 驚きは、それだけでは止まらない。

 そんなガルドへと向かって、ゆっくりと歩み寄っていくイリス。


 その様子をガルドは、射殺さんばかりの鋭い眼で追っていく。

 それは彼女を、完全に拒絶しているようにしか見えないシルヴィア達。


 しかし、続く彼女の行動に仲間達は、ガルドへ歩み寄っていた女性へと向かって激しく叫ぶように言葉にしてしまった。


「イリスさん!!?」

「イリスちゃん!!?」

「だめだイリス!!」

「イリス!!? 何を!!?」

「止めろイリス!!」


 焦る仲間達に一言『大丈夫です』と静かに告げたイリスは、横になっているガルドの頭の真横に膝を突け、座ってしまった。

 唸りながらイリスへ向かって威嚇をするガルドの頭をそっと優しく触れ、丁寧にガルドを撫でながら、とても悲しそうな声色で静かに言葉を発していく。

 それはとても小さいものだったが、仲間達にもしっかりと届くような言葉だった。


「…………ごめんなさい。

 私は、あなたを救ってあげる事は、もう出来ないの。……本当にごめんなさい。

 ……でもね、あなたをエリエスフィーナ様の下へ、送り届ける事はできると思うの。

 あなたを苦しみと悲しみから救ってあげることはできないけれど、きっとその魂は浄化され、またいつの日にかこの世界へと戻って来れるんだって、私は信じてるの」


 とても優しくガルドに語りかけるイリスは、表情をとても寂しそうなものへと変えていき、言葉を続けていった。


「……だから……もう、いいんだよ……。

 ……辛かったよね? 憎かったよね? 寂しかったよね? 怖かったよね?

 ……もういいの。……もういいんだよ。…………だから――」


 彼女の言葉にガルドは唸ることを止め、イリスを見つめながらその言葉に聞き入っているようにシルヴィア達には見えてしまった。

 イリスはそんなガルドに小さく、そして何よりも優しく言葉をかけていく。


「――"おやすみなさい"」


 純白の光に包まれていくガルドは、眠るようにゆっくりとその瞳を閉じていった。

 そんなガルドの頭を優しく撫で続けるイリスは、まるで我が子を寝かせる母親のような、慈愛に満ち溢れた表情を向けていた。


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