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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十三章 ごめんなさい
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"特別な場所"


 ティグリスやレオル、エレパースやギラッファなど、非常に危険な存在が普通に闊歩している熱帯草原。

 そんな場所を通過させるように街までの道が伸びている。

 これがこの周辺の、他の場所にはない特徴とも言えるだろう。


 この一帯を一言で表すのであれば、まさに"危険地帯"である。


 こんな危険な場所に存在する国なのだから、様々な事にお金がかかってしまう。

 護衛するにしても、交易するにしても、そして、冒険者として生きていくとしても。


 だからこそこの一帯の魔物の素材が、かなりの高値で取引されている。

 それは他の地域に生息する魔物と比べて、上質な素材であることも確かだ。

 だがそれ以上に希少価値というものが付いてしまうそうで、遠く離れている貿易都市エークリオでは、あり得ないほどの高い金額で取引される事も珍しくはないそうだ。


 それだけ危険な魔物である、とも言えなくはないが、そんな危険な場所に住んでいる"戦えない者達"は、一体どんな気持ちで生活しているのかと心配になってしまうイリスだった。


「そういった者は、生まれる前から国にいる者が殆どだ。引っ越すにしても移動するだけで命がけとなる以上、国を離れる者は却って少ないのが現状なのだろうな」

「……それは、何とも切ないですわね……。

 移動することも難しく、そこで暮らすことしかできないだなんて……」

「んー、そうとも言えないんじゃないかな。

 あの国に生きている人達は割と安心して暮らしているように、あたしには見えたよ」

「安心して、ですか?」


 思わずファルへと聞き返してしまうネヴィア。

 彼女からすれば、いや、それはイリスも同じ気持ちであったが、いくら強固で堅牢な壁に囲われていたとしても、強い魔物が存在するという理由だけで恐怖を感じてしまうのは、至って普通の感情なのではないだろうか。


 魔物とは本来、一般人にはとてもではないが対処などできない存在である。

 そういった脅威を退く力を持ち合わせない人々が、どうやって安心感を得ているのだろうかと考えてしまうネヴィアだったが、その理由に気が付いたイリスは言葉にしていった。


「……そうか。あの国にいる冒険者が、暮らす人々に安心感も与えているんだ」

「どういうことですの?」


 首を傾げるシルヴィアとネヴィアに、イリスは説明をしていく。


 血の気が多く、魔物を狩る事を目的とした冒険者が多数存在する国。ファルの話ではギルドの依頼書も、その殆どが討伐を対象としたもので溢れていると聞く。

 その者達の殆どが、たとえ金銭目的で冒険者を続けているとしても、国の周囲の安全を確保している事に変わりはない。

 そういった存在は"荒くれ者"と人は呼ぶかもしれないけれど、同時に彼らは国の、そして人々の安全に繋がる行為をし続けていることにもなっているのだろう。


 一般人は戦えないからこそ、そういった冒険者達に助けてもらっている自覚を持っており、彼らであれば何とかしてくれるだろうという信頼感に繋がっているのではとイリスは考えた。


 なるほどと納得してしまうイリスの説得力にシルヴィア達が頷いていると、ヴァンがぽつりと言葉にしていった。


「あの国では、"強いこと"が褒め称えられる一番の要因となる。

 俺もロットもファルも、あの国では"戦果"をあげてしまっているからな。

 あの国の人々からは英雄視されているんだ」

「あたしの場合は、二人ほど目立ってはいなかったんだ。

 ヴァンさんやロットと違って、あたしは恐怖心の方が強く出ていたんだよ。

 ロットの叱咤がなければ動くことすらできなかっただろうし、あたしが呼ばれている"勇者"ってのも、あの場に居た者達全員に付けられているんだ。

 ……それにあの戦いでは、生き残った者よりも遥かに多くの犠牲者を出しているんだ。そんな人達を差し置いて、"勇者"だなんて笑えないよね」


 だからあたしは英雄でも、ましてや勇者だなんて、あり得ないんだよ。

 ファルは茜色の空を見上げながら、とても寂しそうに、そう言葉にした。


 あの戦いは、とても現実だとは思えないほどの恐怖を感じるものだったと、彼らは思っている。"悪夢"という表現が、一番当てはまるだろう。

 それは生き残った者達だけではなく、声を上げて多くの仲間達の士気を上げることに成功したロットであっても例外ではなかった。


 彼もまた、恐怖していた一人であったことに違いはない。

 ガルドに対してもそうだが、何よりも彼は次々と仲間達が倒れていくことに、この上ない恐怖していた。


 あとどれほどの犠牲を払わねば、倒すことができないのかと。


 この国は彼にとって、特別な場所だった。

 魔物が変わる境界線とも言える場所にしかまだ来ていないのに、それでもあの日の悪夢でロットは目が覚めることがあった。

 克服したと彼自身は思っていたが、どうやらそれは間違いだったようだ。


 思えばその忌むべき場所から逃げるようにフィルベルグへと戻った彼が、克服などできよう筈もないのだろう。もしかしたら生涯克服する事などできないのかもしれない。

 それでも乗り越えようとひたむきに振るい続けてきた剣と盾は、彼をより強くする事はあっても、その精神は未だ、あの日の悪夢に囚われたままのようだった。


 本当にこの国は彼にとって、特別な場所だった。

 そう思えてならないロットの気持ちを察したファルは、あえて話を逸らすように今晩の夕食の話をしていくも、内心では自分もロットも、そしてヴァンも、どこか似通っている部分が多いように思えてならなかった。


 そういった者達が自然と集まり、チームを結成したり、友人になれるのだろうかと考えながら、今日はティグリスのお肉料理が食べたいなとイリスに言葉にして、話を逸らしていくファルだった。




 無事に何事もなく旅を続けていたイリス達一行だったが、ある違和感を感じたイリスは、御者台で手綱を握っているヴァンへと声をかけていった。


 時刻は丁度、朝と昼の間頃となっている。

 周囲には広大な草原しか見えず、空気はとても乾燥しているようだった。

 若干北側は未だ森が見える場所となってはいるが、それももう暫く歩き続けていくと、草原の真ん中にぽつんと佇むような場所となっていくだろう。


「すみません、エステルを止めていただけますか?」

「わかった」


 手綱を優しく引っ張り彼女に合図を出すと、その場にゆっくりと止まっていく。

 彼女は強く手綱で知らせなくとも判断をしてくれる賢い子なので、これまで強く指示する事は一度もなかったなとヴァンは改めて思いながら、イリスへと尋ねていった。


「何かあったのか?」

「いえ、何と言いますか、漠然としたものなのですが、何かを感じた気がしたんです」

「何かを? もしかして石碑の時のような感じなのかい?」


 ロットが尋ね返すも、とても曖昧なもので判断がし辛いとイリスは答えた。

 その様子にシルヴィア達も、御者台へと顔を覗かせながら言葉にしていった。


「何かを感じるのであれば、石碑の可能性があるのでは?」

「声のようなものなら石碑に間違いはないと思うんですが、何かこう、波長のようなもの、と言った方が正確でしょうか。呼ばれているような感覚ではなく、何かを感じるといったとても曖昧なものなんですよ」

「場所や方角は分かりますか?」


 ネヴィアの問いに、そうですねと言葉にしたイリスは馬車を降り、エステルを撫でたあと彼女の前に数歩進んでいき、瞳を閉じて意識を集中させていった。


「……あちら、のように、思えます……」

「本当に漠然としているのだな」

「はい。これはもう、勘と言った方がいいかもしれませんね」


 そんなイリスが指し示した方角はあの国とは別の場所、北側のようだった。

 ふむと考え込むヴァンは、ファルへと尋ねていった。


「あちらには何かあっただろうか。ファルは何か知っているか?」

「あたしも知らないなぁ。

 この辺りは随分と街からも国からも離れているし、行った事がないよ」

「俺も知りません。何があるのか聞いた事もないですね。……この先は、地図上では森と表記されていますが、それ以上先までは正確に記されてはいないですね」


 地図を見ながら言葉にするロットだったが、これはこの場所に限った事ではなく、世界にある地図全般に言える事となっている。

 多数の魔物が存在するため、世界の隅々まで調べた事がないという理由もあるが、基本的に地図とは街と街までの経路と、周辺の大まかなものしか記される事はない。

 特に大陸北と位置される場所の殆どは、未開の地とも言われた場所となっているが、この周囲にも同じことが言えるのかもしれない。


 ここより北上して行くと、かなり深い森となっていることは地図を見れば明らかではあるが、ではどれだけ深いのかということまでは記されていない。

 この辺りはファルが言葉にしたように、街と街の間となるとても冒険には危険な場所となっている。

 そんな場所に冒険など、余程の事でもない限りは行ったりしないだろう。

 文字通り何が出るかも、何があるかも分からない場所なのだから、それこそ本当に帰って来れなくなる可能性も高いと言えた。


「…………ふむ。さて、どうするか……」


 思っていた事が口に出てしまった彼に、暫し考え込むイリスは言葉にしていった。



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