"西方への道"
「残り一匹ですわ!」
「シュート! "水の衝撃波"!!」
ネヴィアから形成された水の衝撃波が、最後の魔物であるクラカダイルを拭き飛ばしていく。
とはいえ彼女の放った魔法は、嘗ての言の葉である強力な魔法だ。
大きく回転しながら転がっていく魔物の姿に、若干の申し訳なさを感じてしまうほどの威力となってしまっていた。
それを察したかのように、魔物に同情は禁物ですわよと、はっきりとした口調で姉に注意を促されたネヴィアは気持ちを入れ直し、周囲の索敵に入っていった。
目視で敵影なしと判断できた頃、イリスは索敵の効果での確認も合わせ、安全が確保されたことを仲間達へと伝えていった。
「敵影ありません。現状報告を」
「問題ありませんわ」
「こちらもありません」
「こっちもないよ」
「こちらも問題ないよ」
「こちらも問題ない」
彼女達の報告にホッと胸を撫で下ろすイリスは、仲間達のマナの使い方についての話をしていった。
「皆さん、随分とマナの流れが上手になりましたね」
「先生が教え上手だったからですよ」
「そうですわね。私も随分と強くなれたと実感できていますわ」
「うむ。これであれば、あのグラディルも倒せるのではないだろうか」
「そうですね。俺も何だか自信が付いてきましたね。
……あの時は本当に焦ったけど、今ならば何とか戦えそうだ」
現在はツィードを西方へと進み続け、三日目の昼となっている。
丁度この辺りから、西特有の魔物が出没し出す頃合となるらしく、警戒を強めつつエステルを歩ませていた。
彼女達が安堵するようにしていたのも、仕方がないことなのかもしれない。
襲ってきた魔物は八匹のワニ型の魔物、クラカダイル。
明らかに多いと思えてしまう魔物の数に、少々どうしていいのやらと思いながら、イリス達は転がるそれらを見つめていた。
「……えっと、どう、しましょうかね……」
「……むぅ。流石にこのままでは、何かと不味いだろう。
とりあえず捌いて素材に分けるか……」
「そうですね。それじゃあ、周囲を警戒しつつ、皆で捌こうか」
ロットの言葉に嬉しく思うイリス達三姉妹。
彼女達は魔物を捌きたい訳ではない。しかしこれまでは、なんやかんや理由を付けられては周囲警戒をしていたイリス達だったが、今回お願いされたことが、まるで冒険者として認められたかのように思えてしまっていたようだ。
若干の申し訳なさを残しながらも、捌くのをお願いすることにしたヴァンとロットを、ファルは過保護だなぁと思いながら、一匹のクラカダイルを捌き始めていった。
クラカダイルは西方を中心として様々な種類が生息していると言われるが、街道近くまで歩いてくるのはとても小さいものくらいだと、魔物図鑑にも書いてあった。
その体長は凡そ五十センルから百センルほどが多いらしく、森の奥、特に沼地や川などが近くにある場所に多く生息していると言われていた。
街から離れた場所には、巨大なものも出現するらしい。
大きいもので二メートラ、最大級のもので七メートラというとんでもない大きさのものも存在するらしいのだが、これはあくまでも記録上のことであって、そこまで巨大なものはこの三百年ほど発見されていないそうだ。
これらを手際良く捌きながら説明していたイリスの情報量の多さに、ファルは驚いてしまうが、流石にシルヴィア達にはもう慣れた様子のようで、そちらにも驚いてしまう彼女だった。
尤も、森の最奥を調べ尽くした訳ではないので、存在するかもしれないと推察する魔物学者もいると噂があるよと、ロットは言葉にした。
「……もし存在するなら、かなりの脅威ですよね……」
「そ、そうですね、イリスちゃん。正直、七メートラ級は怖いです……」
「あらネヴィア。寧ろ存在するなら、討伐対象と判断するべきではないかしら」
「……うーん。確かにそうだけどさ、流石にちょっとデカくない?」
「七メートラ級は最早、危険種と同等ではないだろうか……」
「そうですね……。正直、俺も遭いたくはないですね……」
そんな話をしながら捌き終えたイリス達は、それぞれの素材に分けて袋に入れ、換金用素材として馬車に積んでいく。
先輩達の話によると、クラカダイル素材はかなりの高値になるそうだ。
筋肉質の部分が多い肉も筋張っている訳ではなく、甘みを含んだ適度な脂が乗っているそうで大変美味しいらしいのだが、それよりも遥かに価値があるのは革になる。
爪や牙もそれなりに高価だそうで、一体何に使うのかはロットも聞いたことがないそうだが、今までの街で遭遇してきた魔物の牙や爪よりも高値で取引されるらしいが、それらよりも遥かに革の値段が高いらしい。
当然品質や討伐の際の傷にも大きく値段が変動するらしいが、それを差し引いてもかなりの金額になるらしく、八匹というこれだけ多くのクラカダイル討伐に成功したとなれば、それなりの大金となることは間違いないとヴァンは言葉にした。
「革はエークリオにいる女性に大人気の素材で、特にバッグとかお財布とかにされるんだけど、あたしとしてはやっぱりお肉だよねぇ。
適度な歯ごたえと上質な甘い脂。臭みもあまりないから、素材を生かした料理に使えてとっても美味しいんだよ。塩と胡椒だけで焼いても美味しいよ」
お昼時という事もあり、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう三姉妹だった。
だが、その前に問題がある事に気が付いたイリスは、仲間達に問いかけていく。
「……八匹分のお肉……どうしましょうかね……」
「……とても食べ切れませんわね」
「保存用としてイリスちゃんに乾燥肉にしてもらいます?」
「それだ! あの芳醇なお肉は、とても保存食とは思えない素晴らしい一品だったなぁ……」
思わずうっとりとしながら言葉にするファルへ、ヴァンとロットも続いていく。
「うむ。確かにあの肉は絶品だった。
正直、酒のつまみとしても最高ではないだろうか」
「確かに美味しかったですよね、あれは。
少々ゆっくり目に進んでいるから、次の街まであと四日はかかるだろうし、乾燥させれば無駄にすることなく食べられるんじゃないかな。
……大型種とか出てこられると、素材が一気に溢れちゃうけど……」
この辺りではまだツィードにも近いので、それなりに小さな魔物ばかり出没すると思われるが、更に二日から三日ほど進めば、街道であろうと大型種が目撃されるのも珍しくはない。
街まであと一日程度の距離であれば、ギルドに素材運搬を依頼することも可能なのだが、大型種となればそれなりに人手がかかるし、特に次の街ではギルドを必要以上に利用したくないと思えてしまう先輩達だった。
依頼の受注や報告には関係しないが、ギルドから素材運搬の手続きをする際は、必ずギルドマスターの了承を取るのが一般的となっている。
ともなれば、色々と問題が出てくると予想していたヴァンとロットとファルの三名は、できることなら素材買取のみを済ませてギルドを離れたいと思っていた。
そのことも、その理由も、イリス達三人はまだ正確な詳細は知らずにいたが、何となく把握しているようにも思えた。
それらが先輩達である三名が、あの国へと行きたくない大きな理由のひとつであり、ヴァンとファルがあの国を離れるに至った理由のひとつでもあった。
そう簡単にギルドマスターたる存在が、入れ替わる事もないだろう。
できる限り穏便に過ごさねばならないが、あの国に入った時点でそうはさせてもらえないと感じていた三名は視線を合わせ、腹を括るしかないだろうと小さく頷き合っていった。
昼食を作りつつ、同時に燻製肉を調理していくイリスの手際に思わず感動してしまうファルは、大人しくヴァンとロットと周囲を警戒をしながら美味しそうな香りにお腹を可愛らしく鳴らせていた。
流石に彼女が調理に参加するのを躊躇ってしまう彼らは、彼女の目と耳を借りたいという理由をつけて、彼女を調理台へと立たせることを封じていた。
ファルが何か"良からぬもの"を創り出すことを危惧しての事だったが、当の彼女にそれは伝わらなかったようで安堵しながら、周囲を何食わぬ顔で警戒をし続けていた男性達だった。
日が傾きかけた頃、見通しの良さそうな場所で野営を始めるイリス達。
今日も無事に事なきを得た事に安堵していた男性達だった。
イリスから魔法剣の基礎を学んだ今、たとえあのグラディルであろうと、ダメージを与えられないということはないと思われた。
特にツィードで修練を始めた当初に彼女が言葉にしていた、たった1アワールという短い期間で効率良く強くなれるという"レティシア式訓練法"の効果を肌で感じることができたのは、街を旅立ってから魔物と遭遇した二日目のこととなるが、魔法を武器に通した時点でそれを肌で感じることができたシルヴィア達だった。
今まで体験してきた厳しい訓練は一体なんだったのだろうかと、思わずにはいられなくなってしまったシルヴィア達だったが、それよりも自身が焦がれるほどに求めた強さの一端を手にできた喜びが勝ったようで、各々が思い思いに同じようなことを考えながら強くなっている実感を得ていた。
これでやっと、イリスの力になれると、シルヴィア達は考えているようだった。
当然、その力に慢心する事などできないだろう。
何事にも例外は付き物だし、これまで幾度となく異例の事態と遭遇している。
ある程度の強さを手にしたからといって、彼らは気を緩める事はなかった。
それにイリスの話では、マナブレードを習得したとはいっても、それはまだ初級魔法に過ぎない。ここから更に強くしていくには、初級魔法剣を完全にマスターし、更なる高みに手を伸ばして前に進まなくてはならない。
それには相応の時間が必要となるらしく、今現在でそれを学んでも良い効果は得られないとイリスは判断していた。
イリスの訓練法とも言える方法で習得してきたシルヴィア達にとって、もっと先へと焦る気持ちはとても強いのだが、彼女の指示通りに鍛えていけば確実に強くなれるのだと確信を持つことができた。
ならば、彼女に口答えなどせず、日々の修練に集中していけばいい。
そうすることが強くなるための一番の近道だと、肌で感じた仲間達だった。




