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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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空の高い"夏の日"に


 その日は風も穏やかで、よく晴れた空はどこまでも高く、雲は夏特有の大きな姿をしていた。


 イリス達にとって二度目となる、大切な人を送り出すための儀式は、不思議と心が穏やかな気持ちで過ごす事ができたようだ。


 今回は姉の時とは違う。

 自分にできる最善と思えることをし続けてきた。

 彼女が望むことをさせてあげることもできたと思う。

 "その時"が来るのは分かっていたので、心の準備もできていたのかもしれない。


 そう思えてしまうほどに、力を貸す事ができたと感じているイリス達にとって、彼女との別れは寂しいけれど、越えなければならないものだと理解できているようだった。

 あの時とは違い、お祈りの言葉を述べている司祭様の声も、イリスの耳にしっかりと入っているようだ。



 彼女の葬儀には、とても多くの人が参列して下さっていた。

 アデルがどれだけ愛されていたのかを象徴するかのような参列者の数に、本当に凄い人だったのだとイリス達は改めて感じていた。

 ツィードにある教会裏手にはとても入りきらないために、街の方にまで多くの弔問者がいらしてくれているようだった。


 そして、彼女の眠る棺には、沢山の花で溢れていた。


 白、黄色、薄い青、薄い桃色など、淡い色で溢れた棺はとても綺麗で、安らかに眠る歌姫は、そんな花達にも負けないほどの美しさを誇っていた。


 棺に入りきらないほどの花は、彼女の墓碑の周りに添えられるように置かれていき、さながら一面に咲く花畑に彼女が眠っているようにも思えてしまうイリス達だった。

 そのどれもが淡い色合いの花であり、弔問者は誰もが思い思いの花を彼女に添えているようだ。


 これは、"アルヴィの花"と呼ばれる、ツィード周辺でしか咲かない特別な花だ。

 本来はこの街の北西にある森の、更に奥地に咲くというとても特殊な花で、アルヴィという男性が命がけで手にした赤い花を、想い人であるエイラという女性に一輪だけ贈り、告白をして成功したことがあったそうだ。


 もう二百年以上は前の事になるらしいが、その逸話に魅力を感じた者達が森の奥地から花を採取し、ツィードの街で花卉(かき)栽培されるようになったのが、一花(いっか)の街と呼ばれる所以なのだとテランスは教えてくれた。

 それまでは、ガラス工芸の街と呼ばれていたらしい。


 そういった逸話や伝承などを、吟遊詩人として世界に広めていきたいと思っていた彼だったが、想い人から離れる事ができなかったために、演奏技術だけが上手くなったんだよと苦笑いしながら答えていた。


 彼もまた、深い悲しみの中で彼女を見送る事はなかったようだ。

 そうさせたのは、最愛の女性から贈られた一通の手紙。


 何よりも彼の笑顔と演奏が大好きだったと書かれた手紙に応えるように、彼は人前で涙を流す事は一切なかった。


 辛くない訳ではない。

 泣けない訳では決してない。


 でも、それでも彼は、笑顔で前を見続けている。

 そうしなければきっと彼女が悲しむからと、懸命に笑顔で居続けた。



 途切れることなく訪れる弔問者は、彼女の墓碑に花を捧げていく。

 既に埋葬された棺の中には、一輪だけ赤い花が添えられていた。


 どうしてもその想いだけは伝えたかったのだろう。

 本来はプロポーズに使われる花であることを咎める者などはおらず、彼の想いも違った形で成就していることを知る者は、アデルとテランスだけが知ることとなるだろう。


 日が傾き、青い空が美しい茜色に染まる頃、最後の献花を終えた人が街へと戻っていった。

 その女性は小さく、ありがとうと言葉にしたのがとても印象的で、きっとこの街の多くの人がそう想ってくれているのだろうと、イリスはどこか確かなものを感じ取っていた。


 静けさを取り戻した教会裏の墓地は、夕暮れ特有の美しさを見せ、とても幻想的な色合いをしながら優しく歌姫の墓碑を照らしていた。

 この場に残っているのは、彼女と近しい者達だけとなる。

 残念ながらビビアナとエンリケは仕事のために店にいるが、先日の早朝に真っ先に駆けつけてくれて、葬儀まで参列してくれていた。



 その周囲を色とりどりの優しい花で護られるように眠る彼女へとイリスは歩み寄り、瞳を瞑り、心を落ち着かせていく。


 今ならば、今であれば、届くかもしれない。

 茜色の空の先、(そら)の彼方におられるあのお方まで。


 そんな気がしてならないイリスは瞳を開けると、(そら)の彼方におられる女神へと祈りを捧げながら、渾身の歌を奏でていった。


 周囲を震わせるかのような魔力が彼女から溢れ出し、唄に乗せて奏でようとするも、残念ながら歌姫のような素晴らしい唄を奏でる事は、イリスにはできないようだった。

 本当に凄い唄だったと思いながらも気持ちを入れ直し、女神エリエスフィーナへ唄い続けていった。


 彼女の穢れなき魂を、どうか女神エリエスフィーナ様の下までお導き下さい、と。



 唄い終えたイリスは、息を整えながら考える。

 その唄に返事がされることはないだろう。

 実際に女神へ届いたのかも定かではない。

 それを確かめる術など、今のイリスには持ち合わせていない。


 ……でも、あのお方であればそれを聞き届け、彼女の魂をお導き下さるのだと、イリスは信じて疑わなかった。


 アルエナも、レティシアも、アルルも、テオも、恐らくはアルトも。本物の女神と出逢ったことはない。それを可能としたのは、イリスだけとなる。当然、それにはとても特殊な事例ではあったと彼女にも思えたが、それでも出逢ったことに違いはない。

 レスティの話では、この世界で女神と言えば"アルウェナ"の名以外には出て来ない。

 それはアルエナの話からも察することができるように、彼女達がそう女神を創りあげたからに他ならない。


 でも、では何故、本物である女神エリエスフィーナは、この世界に顕現しなかったのか。あれほどまでに多くの命を失った忌まわしき事件であっても、この地上でそのお姿を見ることは叶わなかったという。

 アルルの言葉にしたというものが心に重くのしかかる一方で、そうせざるを得なかった理由が必ずあるはずだとイリスは思っていた。

 自分が出逢った女神様は、それを放っておく事など良しとしない存在に思えてならない。話をしたのが僅かなものであっても、それをしっかりと理解できたイリスは、彼女が見て見ぬふりをしていたとは、とてもではないが考えられることではなかった。


 であれば、必ずその理由があるはずだ。

 この地上に顕現できなかった理由が。

 お力をお貸しできなかった理由が。


 以前はそれを知りたいと思っていたイリスだったが、ここに来てより強くそれを思うようになっていたようだ。

 それを知る事が、彼女の目的の一つである"再会"にも通ずるように思えてならない。

 まだ漠然としたものではあるが、それが一本の線で繋がるような気がしてならない。


 もし、祈りと共に込められた唄が女神へと届くのであれば、アデルの魂は迷う事無く天上へと還り、また再び新たな命としてこの世界へと還ってくる事になるのだろう。

 そしてそれはある意味で、女神と交信することのできる唯一の方法なのかもしれないとイリスは感じていた。


 それを確たるものとして感じることはできないけれど、どこかそうなのかもしれないと、イリスは思い始めているようだった。



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