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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"僅かな違和感を"


 最高の唄をアデルが奏でた日から翌々日となる日の夜、彼女は再び意識を失った。


 場所は"春風の宴亭"からアデル家へと向かう途中だったため、多くの人に知られることはなかったが、彼女は近くにいて受け止めてもらえたヴァンの腕の中で、激しく苦しみながら痛みに耐え続け、意識を手放していった。


 どれほどの激痛だったのか手に取るように理解できたヴァンは、彼女の抱えているものの重さをその手に感じ取っていた。


 そして彼は思う。

 こんなにもか細い身体で耐えている彼女は、本当に強い女性なのだと。

 大人の男性であっても、たとえそれが屈強な戦士であったとしても、これほどの痛みに耐えられないのではないだろうかと思えてしまう。

 あまりの痛みに、泣き叫んでしまうのではないだろうかと。


 本当にアデルは強い女性だと、ヴァンは彼女を優しく抱きかかえながら、家路までの道を歩きながら思っていた。



 彼女をベッドに寝かせたヴァンは、ロット、テランスと共に退室していく。

 あまり女性の部屋に長居するものでもないし、色々と準備もある。

 力が必要なことでも、イリス達がいれば魔法で何とかできるだろう。

 そんな彼らは退室し、玄関近くで待たせてもらうことにしたようだ。


 彼女を着替えさせたイリス達は、意識を失っているアデルの状態を確認し、傍で同じように彼女を診ていたソラナに視線を送ると彼女もそれに頷いていった。


「皆さんはここで、アデルさんの事を見ていてもらえますか?」

「イリスさんはどうなさるのかしら」


 尋ね返すシルヴィアにイリスは、ソラナと共に新たなお薬を作りにいきますと言葉にした。その言葉の意味が含むものを察してしまった彼女達は、何も返す事ができなくなってしまう。


 恐らく彼女が目を覚ますのは朝以降になると思いますので、気を張らずにいてくださいねと笑顔で言葉にしたイリスは、シルヴィア達に彼女の置かれている現状の詳細を説明してソラナの店へと向かっていった。


 イリス達のいなくなった室内が、一気に不安なものへと変わってしまう。

 アデルに何かあれば治療など出来ないのだから、そう感じてしまうのも仕方のないことなのかもしれないが、そういったことはないと思いますと言葉にしたイリスを信じ、近くで静かな寝息を立てている女性に視線を移したシルヴィア達は、痛むことなくアデルの目が覚めますようにと心から祈っていった。



   *  *   



「――では、これを四ミル入れてはどうかしら?」

「そうですね、それであればかなりの痛みを抑える事ができますが、同時に強めの頭痛も出てしまうと勉強しています。

 それを抑える為に、ロラの実を煎じたものを1ミル加えてみてはどうでしょうか」

「そうね、1ミルであれば頭痛は抑えられるわね。

 ……物凄く苦くなってしまうけれど、痛いよりはずっといいわよね」

「アデルさんには申し訳ありませんが、苦味には我慢してもらうしかありません。

 ピールトの花の蜜があればそれも改善できるんですが、季節が違いますし……。

 でもこれで三日分は一遍に作れます。症例通りであれば今後の予測は付きませんね」

「そればかりは仕方がないわ。状況を見て、その都度処方していくしかないわね」


 早速、レシピ通りに薬の製作をしていくイリスとソラナ。

 それぞれが分担し、効率良く作り上げていくことに驚きながら、その流れるような動きに見蕩れるように二人の薬師を見つめていく一人の少女。


 彼女はソラナの教え子、ラウラ・セーデン。

 十二歳のラウラはまだまだ勉強中の身となるため、彼女達の会話をとてもではないが理解することはできない。

 それでも二人の薬師のやりとりや、手際の良さを肌で感じるには十二分の効果があったらしく、目を輝かせながらも真剣に彼女達の仕事ぶりを見つめていた。


 彼女は住み込みでソラナに師事している。

 そういったところはラウラと似通っているかもしれないと感じるイリスだったが、彼女の瞳には覚悟の色をしている事が一目で分かり、とても辛い体験をして、それを乗り越えたのだろうという事も理解する事ができた。


 どうやら彼女は両親が冒険者だったそうで、五年程前、酷い大怪我をして街へと戻ってきたそうだ。

 たまたまツィードに滞在していたソラナの治療も空しく、残念ながら悲しい事になってしまったと、ラウラのいない場所で話してくれた。


『怪我を治すことはできても、失った体力はどうしようもないのよね』

 そう言葉にしながらとても悲しそうに歩く彼女の横顔が、頭から離れないイリスだった。


 両親を同時に失った彼女は治療を施したソラナに、お薬の作り方を教えて下さいと、両親が横になっているその場所で、はっきりと言葉にしたそうだ。

 薬師になれば、こんなにも悲しい事など起こらないかもしれない。

 たった七歳の小さな少女は、そう考えたようだ。


 人生を決めるには、彼女はまだ幼過ぎる。

 だが、借家だった家も、家族も失ってしまった彼女はソラナが引き取り、まるで孫のように大切に育てているのだと、彼女はとても幸せそうにイリスへと話していた。

 放浪の旅をこれまでし続けていた彼女も、そろそろ落ち着いた場所でのんびりと過ごしたいと思っていた矢先の出来事で、ラウラのことも、アデルのこともあり、ツィードという花の街に薬屋を開いて、ようやく根を下ろす事ができたのだと語っていた。


 しかし、どう見ても四十台と思われる女性が十二歳の少女を"孫のようだ"と言葉にするには、少々違和感を感じてしまうことを彼女へと話すと、ソラナは優しく笑いながら自分はレスティと同い年だと言葉にして、イリスを大いに驚かせていった。



 調合した薬を前にして、今後の話をしていくイリス達。

 予想される症状を考慮しながら材料の確認をするも、そちらの方は問題がないとソラナは答えていった。

 何でも彼女の薬屋では、いくつかポーションのストックはあるものの、売り物として魔法薬の類は置いていないそうだ。それらは他の薬師でも作ることが出来るので、彼女は病気に関する薬を専門に扱う店を切り盛りしているという。


 そういった場所で勉強ができるラウラは幸せだと他の薬師は言葉にしているそうだが、それだけの知識を詰め込まなければならない苦労もあることに、ソラナは申し訳なさを感じていたらしい。


「魔法薬だけでも十分に生計は立てられるんだけど、病気の知識も私は持っていて欲しいと思ってしまうの。……何かあった時、きっと役に立つと思うから。

 とっても難しいと思うけど、無理しないようにじっくりお勉強していきましょうね」

「そんなことない。毎日がとっても楽しいよ、おばあちゃん」


 素敵な笑顔で言葉にするラウラと、優しく孫に語りかける祖母ソラナ。

 その姿に懐かしさを感じるイリスは、調合部屋にある窓から見える夜空へと視線を向けながら、今は遠く離れてしまっているレスティの事を想っていた。




 アデルが意識を取り戻したのは、翌日の昼過ぎとなった。

 痛みで飛び起きる事もなく安堵した様子を見せるシルヴィア達だったが、イリスとソラナはその僅かな違和感を見逃すことはなかった。

 触診するように左足と左腕を二人はそれぞれ確認していくも、苦笑いをしながらアデルは言葉にしていった。


「……本当に薬師さんとは、凄い方達なのですね」

「ふふ、そうでしょう? だから隠しても無駄なのよ。どうせ触れば分かっちゃうんだから」


 悪戯っぽく笑いながら言葉にするソラナに、アデルはその違和感を話していく。

 彼女が語る内容に、どくんと心臓が跳ねてしまうシルヴィア達にできることは、その様子を静観することしかなかった。


「……左半身に痺れがあるようです。

 特に左足の感覚が、あまりないように思えます。

 左目の視力も、更に悪くなっているみたいですね」

「他は大丈夫かしら?」

「そう、ですね……。

 あとはこれといった違和感は感じませんね。

 先ほど感じた激しい痛みも、今はなくなっています。

 強いて言えば、お腹が空いたくらいでしょうか」


 そんな事を言葉にしてしまうアデルにくすくすと笑いながら、それじゃあご飯にしましょうかとソラナは返していった。


「もう少しだけ起きるのは待ってくださいね。何とか立てるようにしますから」

「あら、いいのよ。無理せず、椅子まで連れて行ってもらいましょ」


 それでは申し訳がないですよと答えていく彼女に、ヴァンとロットが言葉にした。


「どうか気にしないで欲しい。俺達にもできる事があるというのは嬉しい事だ。

 アデル殿の為になるのであれば、いくらでも力を貸すし、いくらでも頼って欲しい」

「本当にささやかな事しかできませんが、それでも俺達にできることをさせて貰えませんか?」


 彼らの優しさが染み入るように伝わるアデルは、心からの感謝を胸中で言葉にしながら、二人の好意に甘えることにした。



 その日の食卓は、ラウラとテランスを加えた十名もの大人数で食事をする事となり、とても楽しく賑やかな、少々遅めの昼食となっていった。

 ほんの数日前まで独りで過ごしていた、どうしようもなく孤独を感じてしまう我が家は、いつの頃からか、笑い声と笑顔で溢れる明るい場所へと変わっていたようだ。


 まるで大家族みたいで楽しいねと言葉にしたラウラに、本当にそうねと嬉しそうに答えていくソラナ達を、とても幸せそうにアデルは見つめていた。



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