"そんな優しい心を"
仲間達がそれぞれ手に持っている三本のナイフを同じように結晶化し、残っているナイフで魔力を通す練習をしてもらったイリスは、同質の結晶体へと変化させていく。
二十四本あったナイフを全て素材に変え、その半分が丈夫な物として生成された。
これらを修練用として使いましょうと彼女は言葉にしていった。
イリスの話によると、一本のナイフを結晶化して武器にしても修練に使うのならば十分なのだが、使う素材を二本分にすれば、より強度が増したナイフにすることができるらしく、修練にはこちらの方が適していると彼女は仲間達へと説明する。
「もし壊れてしまった場合は、更に二つを一つにしますので気にしないでくださいね」
本当に何でもできるのだなと呟いてしまうヴァンだったが、実のところ、それほど万能でもないのだとイリスは答えていく。
同じようなマナを均一化されて込められている物や、素材の持つ体積が同程度のもの、また素材があまりにもかけ離れていない物などであれば、二つを一つにすることは可能なのだと言葉にした。
特に込められたマナがある程度同じでない場合は、生産の際にマナが反発しあってしまい、弾け飛ぶような音を発しながら砂になってしまうらしく、そうなってしまえばもう素材としても使えない物になってしまうそうだ。
「覇闘術にも通ずる事だと思えたのですが、マナの反発が相当に厄介みたいですね。
ほんの少し違うマナを込めると、強烈な拒絶反応のようなものが起こるようです。
レティシア様の時代にも、別属性の魔法を合成して発動させる魔法の研究が、とある国でされていたそうですが、結果は散々だったみたいです。
幸い、死者は出ていないらしいですが、研究は思うように進まなかったのだとか。
レティシア様も研究されていた所謂合成魔法は、真の言の葉であればある程度融通が利くようですが、それも同じ属性の防御魔法くらいでしか、可能としなかったようですね。それでも実現しただけでも本当に凄い事でしょうけど」
「魔法の合成、ですの?」
合成魔法と呼ばれるものが完成すれば、それこそ世界の魔法事情を根底から覆してしまう凄まじい威力を秘めているのだと、当時の魔法研究者は考えていたそうだ。
中でも合成攻撃魔法の研究は、その本質から極端に逸脱してしまうほどの威力を叩き出すと推測され、危険な思想を持つ魔法研究者達の手で現実のものにしようと目論んでいたらしい。
その情報を得たレティシア達は、そんな危険な存在から人々を護るために、その対応策として合成魔法を研究し、強力な防御結界を創り上げようとしていたそうだ。
結果として合成魔法の構築に成功したのはレティシアのみであり、更には様々な制限をクリアしなければ発動はできず、真の言の葉を使わねば成功はしなかったという。
「もし合成攻撃魔法が完成し、ひとたびでも発動されてしまえば、本来持つ魔法の威力の二乗にまで跳ね上がると推測されたそうです」
「じ、二乗ですの? 二倍ではなく?」
あまりの事に驚愕してしまうシルヴィアとネヴィア。
ヴァン、ロット、ファルの三名は、とても難しい顔をしながら冷や汗をかいていた。
だがこれは、初級魔法の合成による威力だと推測されているものであり、初級魔法とは所謂練習魔法と言われているような代物だ。
もし初級魔法ではなく、中級攻撃魔法として発動されてしまったら?
それがもし、上級攻撃魔法だったとしたら?
それは考えるのも恐ろしい事となるだろう。
つまりこれが完成されてしまえば、真の言の葉どころではない、まさしく世界が破滅しかねない脅威になるところだったと、レティシアの知識には含まれていた。
恐らくこの知識をレティシアが削除することなく遺したのは、イリスにその危険性を知らせるためだと彼女は推察していた。
彼女の人となりをその目で見て知識を託そうとしたレティシアは、イリスであれば間違った事にはならないだろうと信じてくれたのだと彼女は思っている。
それだけの凄まじい威力を出してしまうものなど、百害あって一利なしだろう。
彼女から託された知識と、アルエナから教えて貰った情報を統合して導き出された推察によると、恐らくは大陸中央に存在していたという、世界最大の人口数を誇っていた巨大軍事国家ヴェルグラド帝国が抱えていた、帝国魔術師と呼ばれる者達が研究していたのだろう。
かの国は、とても危険な思想を持っていた国家で、常に自国が最強であるべきといった思想の下、強者が弱者の上に立つのが当たり前だと豪語する、とても危険な国家として世界に存在していたらしい。
恐らくはその力を完成させ、世界を我が物としようとしていたのだろうが、眷属の出現により、ほぼ全ての戦力と研究者を含む魔術師、そして帝国民と巨大城砦を失い、一夜どころか、たったの一撃で文字通りに消失してしまった。
多くの人が帰らぬ状況となっているため不謹慎ではあるのだが、不幸中の幸いだと言葉にする者が多く、かの国の魔術師が滅んだ事に安堵した者も少なくはなかった。
それだけ危険な思想を持っていたのだという事なのだろうが、そもそも魔法という凄まじい力を人に向ける事自体が信じられないイリス達にとって、全くといっていいほど理解などできない国だと思えてならなかった。
弱者は強者に従うべきという理念も一切信じられないし、とてもではないが認められるものではない。
人が人と争う理由は様々あるだろう。
イリスが立っている時代でも、諍いがないわけではない。
しかし、それでも、これだけの凄まじい力を人に向けるなど言語道断であり、そんなことは絶対にさせてはいけないのだと、今のイリスであれば断言できた。
「そんな優しい心を持っているからこそ、イリスちゃんは"想いの力"を持つに至ったのかもしれませんね」
室内に静かに響く優しい声に、俯きながら言葉にしていたイリスは仲間達へと視線を向けると、とても誇らしげに自分を見つめる五人の姿がそこにあった。
「イリスみたいに正しく力を使える人が、そういった力を手にするんだとあたしは思うよ。きっとそういう風に世界はできているんじゃないかな」
「うむ。俺もそう思う。どう扱うかは魔法でなくとも言える事だが、正しく扱える者の方が、残念ながら少ないのだろう」
「強大な力を手にした瞬間に、力の使い方を誤る人もいるかもしれない。
それは俺達にも言えることだから、本当に気を付けなければいけないね」
「そうですわね。この力の使い方を誤れば、とても悲しい事になるでしょう。
私達はそれをきちんと考え、正しく使わねばなりませんわ。
イリスさんの言葉をお借りするのであれば、『誰もが笑って、幸せになれる世界』のために、そういった力を扱うべきなのだと私は思いますわ」
誇らしげに言葉にする仲間達に、少々戸惑いが出てしまうイリスだったが、シルヴィアの話を考え込んでいたヴァンは静かに言葉にしていった。
「……ふむ。『誰もが笑って、幸せになれる世界』、か。
実現するのはとても難しそうだが、これ以上ないほどの遣り甲斐を感じるな」
「素敵です! イリスちゃん! 是非実現しましょう!」
「そうなればきっと、優しい世界に生まれ変われるんだろうね」
「あたしもそんな世界に住んでみたいよ」
「そ、それはただの私の理想で、どうすればいいのかなんて、まるで分かっていませんからっ」
焦りながらもイリスは言葉にするも、理想だけでも今は十分なのではないだろうかとヴァンは答え、話を続けていった。
「何事も初めは理想からではないだろうか。
それをどうするかはとても難しいが、想い続ければきっと叶うものだと俺は思う。
……魔法と似ているのかもしれないな。想像力が力になる。
想いや憧れ、優しさ、祈り、希望、願い。そういった純粋な気持ちが世界を揺れ動かし、徐々にではあるが、その形を変えていくのではないだろうか」
どうすればいいのかは、彼らにも分からない。
実際にそれを実現できず、果ててしまうかもしれない。
それだけ難しいことではあるし、誰もが成したことのない大業だろう。
だが、イリスであれば、それを可能とするのではないだろうかと、仲間達は思ってしまう。彼女であれば、本当にそれを実現するのではないだろうかと。
とても漠然としたものではあるが、不思議とそう思えてしまう仲間達だった。




