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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十二章 一花の歌姫
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"救いの薬"


「それにしても、イリスさんは本当に優秀なのね」


 そう言葉にするソラナは、彼女の知識の深さに驚かされていた。

 それは最早、驚愕といっていいほどでもあった。


 隠す事無く前面に出された文字、可愛いだの優秀だとは、レスティからの手紙で知ってはいたが、流石にこれほどまでに優秀だとは思っていなかったようだ。


 そもそもこの"ラデク病"は非常に珍しい病気の為、薬師の殆どが知らない。

 それ故、治療法を知る者もかなり少ないと言えるだろう。


 いくらレスティから学んだとはいえ、彼女の年齢は手紙によればまだ十五のはずだ。

 その若さでこの病気を正確に知っている彼女は、相当の薬学知識を持つことは明白だろう。そしてそれだけの知識を持つとなれば、調合も問題なくできることも理解できたソラナは助手にならないかと思わず言葉にしてしまうが、苦笑いをしながらやんわりとお断りをされてしまったようだ。


 心から残念に思うソラナは、まぁ仕方ないわよねと呟きながら瞳を閉じて小さめにため息を吐いた。

 そんな彼女にイリスは、アデルに出している薬についての話をしていった。


「ソラナさんのお薬に含まれているものは、レーヌの根ですか?」


 思わず目を見開きながら、よく分かったわねと言葉にするソラナへイリスは、ほのかに香りがしましたのでと答えていくも、それが更に彼女を驚かせてしまう。


 レーヌの根とは、乾燥させて粉末状にする事で、ある効果を持つ。

 見た目は毒々しい姿に赤紫色の花で、冒険者は触ろうともしない花の根となる。

 その花も少々癖のある香りがして、観賞用にも好まれない異質なものでもあるが、ある種の症状を抱えた者に使う事ができる根っことして、薬師からは重宝されている素材だった。


「レーヌの根は痛み止めですから、アデルさんの症状と合わせて推察しました」

「それにしても、痛み止めとなる薬でああいった色合いを持つ素材は、まだ七種類はあるわよ。香りなんてニコラ薬の強烈な匂いで掻き消えてしまうと思うのだけれど……」


 ニコラ薬の原料はその名の通り、ニコラという植物の根にあたる部分を乾燥させてすり潰したものに、薬効成分を増加させる花を加えたもので、その香りは何とも言えない強烈なものになる。

 その状態に他の素材を加えたところで香りなど感じるはずもなく、ましてやレーヌの根は、殆ど匂いなどしないはずだと彼女は考える。

 植物特有の香りや土の匂いはするが、他に強烈な香りもないものなのにそれを彼女が嗅ぎ分けることができるなど、とてもではないが信じられなかったソラナだった。


 だがイリスには、どうやらそれは当てはまらないようだ。

 彼女には、ほのかではあるが、確かにレーヌの根の香りがしたと言葉にする。


「とても微かではありますが、ほのかに甘い香りがレーヌの根にはあるんです。

 強烈な香りのする花の部分を嗅いだあとは鼻が麻痺してしまい、それを感じる事はできませんので、今回は運良く嗅ぎ分けられたんですよ」

「……驚いたわ。まさかそんなに僅かな香りまで分かるなんて……」


 匂いのきつい薬に含まれたものを嗅ぎ分けること自体、一流薬師でもできるものではない。本気で彼女を雇いたくなってしまうソラナだったが、やんわりとではあるが明確に断られているため、それを言葉にする事はなかった。


「今後のアデルさんへのお薬は、どうなっているのでしょうか?」

「そうね。レーヌの根では少々弱いから、もう少し強めの素材を使って栄養剤を作るつもりよ。アデルは余程の事でもない限りは言葉にしないと思うけど、もう相当痛みを感じているはず。すぐにでも製作して、そのまま今日中に持って行くわ」


 イリスもそのお手伝いがしたいと進言し、仲間達に了承を求めていく。

 当然それを断る事もなく、快く答えていく仲間達に感謝をしながら、イリスはソラナと共に、アデルのための薬についての話をしていった。


 その内容は、とても一般人には理解できない言葉が飛び交い、ミルグラル単位でのとても細かな分量の話へと移っていく。

 『強い効果を持つ薬の調合をする時は、細心の注意が必要なんです』

 仲間達にそう答えたイリスは、その危険性を含む話を仲間達にしていった。

 レーヌの根も含まれるが、これらは基本、毒草に分類されるものであり、量を間違えると身体に悪影響を及ぼしてしまう危険な素材なのだと二人は説明する。


 だがそれも、使い方次第では良薬となる。

 痛み止めといったものの殆どは、こういった素材から作られるもので、多用する事はなるべくなら避けるべきなのだが、アデルのように痛みを常に感じてしまうものを抱えている人にとっては、救いの薬となるものなのだとソラナはシルヴィア達に答えていった。


 それぞれの症状に合わせた解毒薬にも、同じことが言えるだろう。

 これらの類は、その元凶となる毒から治療薬を作ることが主流となっている。

 単純に草花や木の幹などから抽出したもので解毒できるものは、とても微弱なものとなっている事も、加えて彼女達は説明していった。

 その奥深さに並の知識では薬師を名乗れないことを知るシルヴィア達は、ニノンの薬師エッカルトの妻ヘルタを思い起こしていた。

 彼女もこの凄まじい知識の世界に辿り着こうと努力している事に驚きと、尊敬の念を抱くシルヴィア達だった。


「どうでしょうか。この配合ならば栄養剤の効果を落とす事なく、強い痛み止めの役割も持つと思いますが」

「そうね。何よりも安全性が確保できていると思うし、この配合なら痛み出したら飲む事ができる様になるわね。効果が出るまでの時間は三十ミィルほどといった所かしら」

「恐らくはそのくらいで効き始めると思います。流石にこれ以上の強い薬となると、身体にも良くない影響が出ないとは言い切れませんから、この分量がいいかと」

「流石にこの薬が効かなくなるとなれば、身体が限界になっていると思うわ。

 そうなったらあとはもう、彼女に任せようと思うの。……どうするかを、ね」


 彼女が発した言葉の意味が分からないイリス達ではなかった。

 これほどの強い薬が効果を見せないのであれば、そこから先はとても強い薬を使う事になるかもしれない。もしかしたら強烈な副作用も出てくるかもしれないし、本人との相性次第で重篤な影響を与えてしまう可能性だってある。

 これ以上悪くなりませんようにと心から願うイリス達だったが、彼女の病気がそれを許す事はないだろう。無慈悲にそれは、そう遠くない先に訪れる事となる。


 そうなってしまえば、あとはもう、彼女の希望に添えるようにしたいのだと、ソラナはとても辛そうに言葉にしていった。


「まずはこのお薬を作って、アデルに持って行くわ。

 イリスさんもお手伝いをお願いできるかしら?」

「勿論です。お手伝いさせてください」


 満面の笑みで答えるイリスに釣られて笑顔で返すソラナは、イリス達を連れて調合部屋がある奥へと向かっていった。



   *  *   



 こんこんと扉を小さくノックするソラナ。


 現在は少々時間も経ち、人並みも落ち着きを取り戻していくと思われていたが、どうやら今日はお祭り騒ぎを街人はしているようで、とても賑やかな声があちこちから聞こえていた。

 あれだけの脅威が襲い掛かっていたのだから、それも仕方のないことなのかもしれない。今日くらいはと思う人が多いのだろう。


 ノックをしてからしばらく時間が経つも、扉が開く気配を感じなかったソラナは、再び軽く音を鳴らしていく。

 眠ってしまったのだろうかと考えていたイリスだったが、ふと視線を窓へと向けたヴァンは、血の気を引きながら扉へと急ぎ、焦った様子で言葉にしていく。


「すまないが失礼するぞ!」


 ドアノブに手をかけたまま強く言葉にしたヴァンは、そのまま扉を開け放っていく。

 鍵は付いていないようで開く事はできたが、ヴァンはそのままテーブルへと足早に歩いていった。

 呆気に取られるイリス達をよそに、彼は強く言葉にする。


「アデル殿!」


 テーブルの影で見えなかった彼女へと近づき、倒れているアデルを起こそうと手を伸ばすも、それを制止していくイリスとソラナ。

 彼女を動かしても大丈夫なのかを確認していくソラナはアデルの様子を伺うも、緊張を解いた声色で答えていった。


「……大丈夫よ。意識を失っているだけみたい。

 悪いけど、寝室まで連れていってもらえるかしら」


 了解したと言葉にするヴァンは、彼女を優しく抱きかかえながら立ち上がった。



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