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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"私達だけの"


 早速イリス達はりんご酒の入ったグラスを持ち、新しい仲間とこれからの冒険に祝福を込めてグラスを合わせ、香り高いお酒をいただいていった。


 一口含んだだけで口一杯に甘酸っぱいりんごの香りが広がり、とても爽やかな気持ちにさせられた。アルコール度数も落ち着いていて、酒にあまり強くない人でも美味しくいただけるように作られたりんご酒に、うっとりしながら言葉にしていった。


「美味しいですわね」

「本当ですね、姉様」

「んー。甘いのも美味しいねぇ」

「味もそうなんですけど、このグラス、とっても素敵ですね」


 手に持つグラスを少し上に上げて、じっくりと観察するイリス。

 とても品のいい葡萄酒用のグラスに、美味しいりんご酒が注がれている。

 直接唇があたる部分が少しだけ細くなっている透明のグラスを持ちながら、静かに揺らめく中身を眺めていた。



「このグラスはツィードの特産で、交易品としても取引されているものだから、手紙と一緒に届けてもいいかもしれないね」

「あら、それはいいですわね。明日にでもお店を探してみましょうか」

「ではペアグラスでお送りしましょう。母様も父様もきっと喜んでくださいます」

「折角のツィードグラスだ。少々高めのを買うといい」

「そうだね。あたしも高めのをお薦めするよ。品質がかなり良くなるからね」

「おばあちゃんにも送りたいんですけど、いいですか?」

「是非そうしてあげるといいよ。ここはかなり遠いから、フィルベルグでグラスを買うよりも遥かに安値になってるからね。ペアで買うと安いからイリスのも合わせて買っておくといいよ。ネヴィア達の分も買って送るのもいいんじゃないかな」

「よろしいのかしら。かなりの高額になるのでは?」

「確かに高額だが、今まで稼いだ分に比べると全く問題がない。

 たまには自由に金を使うのもいいと俺は思うぞ」

「それならロットさんの分も買わないといけないですわ。となれば、母様たちへのペアグラスとは別に、私達だけのチームグラスを購入してみましょうか?」


 シルヴィアが言葉にしたチームグラスとは、冒険者達が大切な仲間のためやチーム結成のお祝い、冒険の無事などを込めて作る、そのチームだけのオリジナルの物の事だ。

 当然それにはグラスに拘らず、武具であったり装飾品であったりジョッキであったりとパーティーによって様々で、あえてそれを作らない者達も多いのだが、仲の良い冒険者チームであれば大抵は何かしらのチームの印を刻んだ物を持っている。

 以前からその事が書かれた本を読んでその存在を知っていたシルヴィアにとって、

そういった"チームの印"を持つ事が、一つの憧れでもあったのだと言葉にしていった。


「ふむ。それはとても魅力的だが、購入しても持ち運ぶとなると色々と問題があるのではないか? 今回のようにエステルを走らせる事もあるだろうし」

「それは問題ありませんわ。

 出来上がったグラスをフィルベルグへと送ってしまえば良いのです。

 そうすればフィルベルグに戻った時に、そのグラスで乾杯が出来るでしょう?」

「なるほど。いいこと思い付くね、シルヴィアは」

「私も姉様に賛成です。私達だけの大切なグラスを作りたいです」

「チームのグラス、か。凄くいいね。

 俺達のチームのデザインも、お願いすればグラスに刻んでくれると思うよ。

 複雑過ぎるものは難しいと思うけど、ある程度何でもできるんじゃないかな」

「チームのデザイン、ですか。考えた事ないですけど、皆さんは思い付きますか?」

「わ、私、昔から絵画は絶望的だと、母様に言われているのですが……」

「え? そなの? イメージではネヴィアって、そういった事が上手そうなんだけど」

「何でもそつなくこなす事ができるネヴィアですが、感性的なものは少々劣ってしまうのですわ。それも個性だと私は思っていますが」

「まぁ、デザインを考えるだけなら絵心は必要ない。気にする事はないと俺は思うが」

「そうですよ、ネヴィアさん。

 私だって書いた事がないんですから、どうなるか分かりませんよ。

 ……寧ろ、私も絶望的な絵心しか持ち合わせていないかもしれませんし……」

「あたしは子供の頃からよく地面に木の枝で落書きしてたなぁ。

 ……座学さぼって書いてたのを母さんに見つかって、大変な目にあったけど……」


 真っ青な顔で目線を逸らすファル。

 一体何があったのかは聞かない方がいいだろうと口を噤んだイリス達は、とりあえず宿屋に戻ったら一度紙に書いてみましょうと話が纏まった頃、美味しそうな料理が運ばれてきた。


 それぞれの小皿に料理を取り分けていくイリス達に、ファルは言葉にしていった。


「なるほど、皆はこうやって食事をしてきたんだね。

 やっぱりチームはいいなぁ。美味しいものを沢山食べられて」

「他所ではこういったことは殆どしていないと思うがな。

 こうすれば色々な料理を食べられるから、得した気持ちになる」

「一人一皿では一種類しかお料理を食べられませんから、こうして沢山の種類を食べられるのは本当に楽しいですよね。……ついつい食べ過ぎてしまいますが」

「私もつい多く食べちゃうんですよね。美味しいお料理ともなれば、更に一杯食べちゃいますし」

「あら、良いではありませんか。お腹一杯食べられる事は、何よりも幸せな事ですわ」

「そうだね。飢えの苦しみなんて味わいたくも、味合わせたくもないからね」


 しみじみと食べられる事に幸福感を感じるイリス達は、味わいながらゆっくりと料理を堪能していった。


 そういえばと思い出したようにシルヴィアは、手に持ったりんご酒とは別のグラスに手を伸ばし、これについて尋ねていった。


「この花酒(はなさき)とは、どういったお酒なんですの? 聞いた事のないお名前ですが」

「特定のお酒を造る時、初めに抽出されるアルコール分の高い部分を集めたもの、だったと記憶しています。記憶違いでなければ確か、稲という植物から取れる米という実を発酵させて造るのだとか」

「稲、というのも聞き覚えがありませんね。この辺り特有の植物でしょうか」

「稲とはリシルア原産と言われる、大昔から好まれて食されるものらしいですね。

 私の故郷にはなかった食べ物なので、とても興味があります」


 流石に"私の世界で"とは口に出さなかったイリスはそう言葉にするが、実際にリシルアとは随分と離れているフィルベルグには、米はあまり見かけないものだった。

 ヴァンによると、探せば無くはないのだが、飲食店や一般食材店には流通していない食材だそうで、フィルベルグで米を探すとなると一苦労なのだと、どこか残念そうにイリス達に話していった。


「米は中々に良いものだ。少々もちもちとした触感が独特で苦手と言う者もいるが、癖になる美味さがある食べ物と言えばいいのだろうか」

「あたしはお米大好きだよ。米自体には味は付いてないけど、パンみたいにお肉と一緒に食べたりするんだ。お肉の脂身や濃い味付けの料理を中和してくれるような感じで、あれがないとお肉食べられない、なんて人も中にはいるくらいなんだよ」

「あら、それは是非食してみたいですわね」

「お料理としても食べられてお酒にも使える、とても凄い食材なのですね」

「そうだね。俺もお米は好きだよ。米自体は乾燥させて長期保存が出来るものだから、馬車に積んで移動する人も多いらしいね」


 そんな話をしながら一口花酒を飲むシルヴィアだったが、すぐさま眉を寄せながら言葉にしてしまう。


「……フルーティーな香りなのに、思いのほか辛口なのですわね。

 しかも、物凄く強いお酒ですわ……。これが火酒というものかしら……」

「……うぅ……。これは私には強過ぎるみたいです」

「シルヴィアもネヴィアも無理しないでね。度数がとても高いお酒だから、だめだと感じるなら飲まない方がいいよ」

「…………はい。そうさせていただきます」

「……私も遠慮させていただきますわ」

「んー。久しぶりに飲んだけど、懐かしい味だなぁ」

「イリスは……問題なさそうだな」

「独特の清々しい香りと、透き通る澄んだ水の様なお酒で、とっても美味しいですね。

 葡萄酒とはまるで違うお酒に驚きを隠せません。身体に染み渡っていくようにも思える不思議なお酒ですね。お料理が更に美味しく感じます」


 美味しそうに笑顔で花酒を味わっているイリスには、度数の高さも問題ないようで安心したヴァンとロットだった。

 ファルが酒に強いのは二人も知るところなので大丈夫だと思っていたが、流石にシルヴィアとネヴィアの二人には強すぎたようだ。

 そしてイリスの酒の強さに再び驚かされてしまうヴァンたちは、思わず苦笑いが出てしまっていたが、彼女が美味しそうに飲んでいる様子に安心したのか、酒をちびちびと飲みながら料理に手を伸ばしていった。


   *  *   


 食後のお酒も終わって、まったりとした時間を過ごしていたイリスは、そろそろ行きましょうかと言葉にし、ヴァン達も彼女に続き頷いていくも、それをファルは制止していった。


「あ、待って。もうちょっとだけここにいよ? もう少しで――」


 ファルが話している途中に店内のランプが消されていき、暗くなってしまった。

 先ほどまで賑やか過ぎるほどの喧騒で溢れていたのがぴたりと止み、一瞬でその場に静寂が訪れていった。

 驚くイリス達は立ったまま硬直してしまったが、とても静かな声でファルは彼女達に話していく。


「このお店の名物はここからなんだ。もうちょっと座ってここにいよ?」


 何が起こるのかといった様子をしながらも、静かに座るイリス達は事の成り行きを見守っていった。唯一シルヴィアだけは、とても楽しそうなわくわくとした表情を見せており、何とも順応性の高い姉を羨んでしまうネヴィアだった。


 しばらく様子を伺っていると、一人の男性が手にリュートを持ち、店内の奥の方から空いている場所へとやって来た。不自然にスペースが空けられていたのはこのためかとヴァン達は思いながらも、その様子を見つめていく。

 拍手で迎えられたその男性は、その場で楽器の調律をしているようだ。

 残念ながらイリス達の位置は一番離れている壁側の席ではあったが、座る事ができて良かったとファルは考えながら、これから訪れる至福の時を待ちわびていた。


 男性が調律を終えると店内の奥から美しい女性が、ゆっくりと男性のもとへと歩いていった。足が悪いのか、杖をつきながら歩いてくる女性は、後ろからついてきた店員のお姉さんに置かれた椅子の横に立つと、店内の客へと向けてお辞儀をしていった。

 とても線が細く、赤いドレスを身に纏ったその美しい女性は、割れんばかりの拍手で迎えられた。


 そのあまりにも美しい女性に、イリス達は思わず見蕩れてしまっていた。


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