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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"魔法耐性"を持つ存在


 人には、とても大きな出来事が、人生のうちに三度は誰にでも訪れるものなのだと、どこかの学者が言葉にしたものが何かの本に書いてあったと、ロットは記憶している。

 それは大きな転機であったり、大きな決断であったり、とても悲しい別れであったりと人によっても様々で、それに気付くことなく通り過ぎてしまうような人も中にはいるのだと、何かの本を書いた筆者はその本の中でそう記していた。


 これまでロットには、大きな出来事が既に二回も訪れていると思っていた。

 誰よりも愛している女性との婚約と、大切な友人が先に逝ってしまった事だ。

 これ以上ないほどの幸せと、これ以上ないほどの不幸せを体験してしまっている彼にとって、残りの長い長い人生の中で、まだもうひとつも大きな出来事が残っているのだと考えると、とても憂鬱な気分にさせられてしまう。


 それがとても良い事であるのならば全く問題はないだろう。

 しかし、もしそれが、これまで良かったと思えたこと全てを帳消しにしてしまうほどの出来事だったとしたらと、思わずにはいられなかった。


 そのもしもがすぐ間近に迫っていたのだと思わせる存在が確実にいたという証拠が、彼らが利用するベッドとベッドの間の丁度中間にあたる床の上に置かれていた。

 当然、彼女がここにいる事が、それをさせなかったと理解できた彼ではあったが、それでも、そうなっていたかもしれないという可能性を思うと、堪らなく恐ろしかった。

 もしそんな事になれば、先に逝ってしまった友人に顔向けが出来なくなってしまう。大切な妹が人知れぬ場所で帰って来れなくなったなど、悪夢以外の何ものでもないのだから。


 思わず彼は、今まで彼女達に見せた事もない仕草を見せてしまう。

 両手で額を押さえるようにしながら、深く深くため息を吐いてしまった。

 どうやらそれは横にいるヴァンも、全く同じ気持ちのようだった。

 彼にとっても彼女達は、既にただの仲間という存在ではないのだから。


 彼もまた、命を賭して護ると斧に誓った。

 彼らの種族が愛用する武器に誓う事は、軽々しくするものでは決して無い。

 唯一無二の大切な想いが無ければ誓うことなどできない。そういったものだった。


 それが、もうほんの少しだけ何かがずれていれば、最悪の事になっていただろう事は容易に想像が付くし、何よりも無事に帰って来れた事が奇跡に近い、などでは決してなく、奇跡そのものだと彼には思えた。

 そう思えるだけの凄まじい世界から帰ってきて貰えた事に、嬉しさと誇らしさ、そして何よりも、何も出来なかった自分への無力感が彼を襲っていた。

 しかし話を聞く限り、自分にはどうしようもなかったのだと理解した彼だったが、それでもどうしても思わずにはいられなかった。

 何故自分はその場所で、命を預けて共に戦えなかったのかと。


 それはネヴィアも同じ気持ちだった。

 だが同時に彼女は思い知らされる。自分がどんな存在であるのかを。

 心優しい彼女はそれをきっと心配し、姉と同じように言葉にしたものを自分にも話すだろう。当然のように姉と同じ答えを彼女へと返す姿は想像が付くが、果たしてそれを彼女が受け入れてくれるのだろうかと思ってしまうネヴィアだった。


 彼女は魔術師(キャスター)だ。そしてその場から進めば、その先はダンジョンとなる。

 それでも彼女は自分を連れて行ってくれるのだろかと考える彼女だったが、逆の立場であれば答えは出てきてしまう。そんな危険な事は了承しかねる、と。

 その後の話で魔法が使える状況ではあったようだが、それは結果論に過ぎない。

 少ない情報の中で"それを信じて連れて行く"など、出来るはずもない。

 可能な限り不安要素は取り除くべきなのだと、ネヴィアにも分かる事だ。

 ならば彼女が取る行動も、自分がしなければならない事も決まってしまうだろう。


 そんな彼女は、ヴァンとロットと同じように頭を抱えてしまっていた。

 彼らと同じ、そして彼らとは決定的に違う、ある事に気が付いてしまう。


 そうだ。自分には何もできなかった。

 デニスとアメリーを連れて、ヴァンとロットと合流する事しかできなかった。


 それはつまり、イリスを信じて待つということであり、同時にそれは、彼女には何もできることがなく、大切な友人一人を送り出す事しかできないということだ。

 姉とは違う魔術師(キャスター)の道へと進んだ彼女だったが、もしかしたらそれは間違いだったのかもしれないと思わずにはいられないほどの苦悩感を味わう結果となっていた。


 イリスが何故シルヴィアを連れて行ったのかを、しっかりと理解できた三人ではあるし、彼女の判断も間違いではなかったと思える彼らだったが、それでも考えずにはいられなかった。どうして彼女の力になれなかったのかと。

 しかしそれもシルヴィアの話では難しいことだったと、考えを改めさせられる。


 シルヴィアの放つ攻撃の強みは、その速度だ。

 剣速だけではなく体捌きも含まれるそれは、ヴァンとロットを凌駕している。

 軽々と、そして優雅に舞うような体捌きは、とても彼らでは真似など出来ない。

 単純な腕力という意味で言うのならば、彼女はロットにすら遠く及ばないが、彼女が対峙した地底魔物(クリーチャー)に彼らの攻撃は当たり難いと思われた。

 特にヴァンは攻撃すら当てる事が出来ないかもしれないと、冷や汗を書いてしまうような存在だったと想像している。もしそうだとするならば、彼はその場にいるだけで周りの者にまで危険な状況にしてしまったことになるだろう。それが彼には堪らなく辛い事だった。


 そしてロットとネヴィアもだ。

 彼らに出来る事は、何一つ無かったのかもしれないと思えるような状況下で、それでも無事に帰って来てくれた事に心から安堵するも、身体の奥底がズキズキと激しい痛みを放っていた。



 そんな彼らの心中が痛いほど伝わってくるイリス、シルヴィア、ファルの三人だったが、まだまだ話さなければならない事が山のようにある。


 続けてイリスは、地底魔物(クリーチャー)について感じた事を仲間達に報告していった。

 それらが何を食し、何故ダンジョンが迷路のように通路が延びていたのか、そして地上にいる魔物とは明らかに違う強さとその凶暴性も含めて。

 シルヴィアとファルにも話していた事もしっかりと伝え、一つの推測が生まれた事について仲間達へ話を始めていくイリス。

 この先は、ダンジョンを共に脱出した二人にもまだ話していない事だった。


地底魔物(クリーチャー)がマナを含む石を食していた事、ダンジョン内には大きく分けて二種類の石が存在し、表面上は脆く、その下は強い魔法にも耐え得るような強固な鉄を連想させるもので覆われていた事、私のマナに反応して更に凶暴化した事、ダンジョンの下層におびただしい数の存在が今も尚地上に出ず、その場に居続けている事、"迷宮の階層支配者ルーラー・オブ・ザ・ハイアラーキ"と思わず言葉にしてしまうような圧倒的な存在がいた事、そのどれもが全てを繋げてしまっているように思えました。

 あれらは"マナを体内に取り込む"ことで、更に強くなっていると思われます。

 それはダンジョンの存在だけではなく、地上にいる魔物にも言える事でしょう。

 魔物が動物を襲うにしても、人を襲うにしても。何を食しているのか分からないほどの存在が、生きる為に人を襲いに街を襲撃しないのか、という事にも繋がります」


 そう言葉にするイリスだったが、ツィードの街門を襲撃していたグラディルの件は、また別問題だと思われますと言葉にしながら、話を続けていった。


「今回のグラディルの一件のような特殊な事例も無い訳ではありませんが、理屈で行動をしていない存在が街を襲わない事は、世界中で確認されている事でしょうから、意図的に街や国を襲撃する事は考えられないと思えるんです。

 つまり魔物とは、マナを吸収し、己の糧としているのではないかと私は考えます。

 人に見えないマナは確かに存在し、その影響を受けた魔物が突然変異を起こして危険種となる可能性も考慮しましたが、これについては確たる証拠を得られない為、推察の域を超えることはないでしょう。

 ですがこの推察には薬師が使う魔法の薬草(マジックハーブ)にも関係してくると思われます。

 有名薬師が提唱している『マナを吸収することでハーブの色と効能を塗り替え、魔法の草となる』という発想は、あながち間違ってはいないのではと私には思えました。

 そして充填法(チャージ)が魔物に効くのは、体内を巡るマナが充填法(チャージ)によって別の流れを与えられ、マナの流れに異常をきたした事によるもので、肉体がそれに耐えられない為に大きなダメージを与えるのだと私は推察しました。

 ですがそれも、ある特定の魔物には通じませんでした。エルマ周辺で遭遇した二匹目のギルアムや地底魔物(クリーチャー)、グラディル、そして伝説上の存在と思われていたドレイクも。

 中でもドレイクは更に特殊な存在で、炎や衝撃波、攻撃や防御に至るまで全てに途轍もないマナを纏っていました。恐らくではありますが、数百年以上生きている可能性も考慮すれば、あれだけの圧倒的な強さを持つ事にも繋がると思えるんです。

 それらの全てが強力な魔法耐性を持つ凶悪な存在であり、並の充填法(チャージ)ですら弾き返してしまうほどの強さを見せ、それがまるで不死身の様な存在に思えてしまったんです。

 表面上は斬り付けている様で、その実、大した効果を与えていなかったのだと。

 つまり――」

「――あの特殊な危険種には充填法(チャージ)が通用しない、という事か」


 ぽつりと声に出てしまったヴァンに、頷きながら『はい』と答えていくイリス。

 現にイリスもグラディルへ充填法(チャージ)を発動させて斬り付けたが、その効果は微々たる物だという認識を持たされた。

 恐らくあれらに充填法(チャージ)は、あまり効果的ではないと思われたイリスだった。


 だがあの魔獣であれば、充填法(チャージ)はしっかりと通じていた。

 つまりそれ以上の存在として遭遇してしまったのが、あのギルアムとグラディルなのだろうと、ヴァンとロットの二人は考える。


 あれ程の強さを魔獣が持っていなかった事を考えると、明らかに危険種である二匹が異質な存在だった事は言うまでもないが、問題はそれに対応出来る人間が極端に制限されるという事ではないだろうか。

 今回はイリスがいてくれたお蔭で何とかなった、などと彼らは最早思っていない。

 彼女がいなければ倒せたかも分からないほどの強さの危険種が出現してしまった事そのものが、既に想像の範疇を超えている事態となっていた。


 しかし、イリスの言葉にしてきたこれまでの推察が正しいのかどうかは、レティシアでも知らなかった可能性がある。

 彼女から託された知識からの情報でそれを判断する事はできず、恐らく正しいのだろうとイリスは曖昧な言葉を発することしかできなかった。


 これだけ一本の線で結べてしまっているようにも思える推察の数々が、全く別の意味を含んでいるとはとても思えないし、また思いたくもないイリスだった。


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