"一緒に食事を"
「ほえお、おいひいっ」
ぱぁっと表情を明るくしながら料理を頬張るアメリー。
繊細な味付けに呻るホルストとデニスにマルコ。
そしてファルは、またしても瞳を閉じて涙を流しながら空を仰いでしまっている。
その姿にイリスは、本当に一体どんな物を食べていたのだろうかと本気で心配してしまっていると、その様子に気がついたように、彼女は話をしていった。
「あたしはあまり料理が得意じゃないんだよ。というか、料理を作ると何故か調理器具が壊れちゃってね。良く分かんないんだけど、味はそれほど悪くはないんだけどねぇ」
その言葉にざわつき出すホルスト達は、各々言葉にしていく。
「お、おい、聞いたか今の。あいつ自覚してないじゃないか……」
「おかしいわね……。あれだけ喉が枯れるまで説教したはずなのに……」
「しかも自分で作って食ってたらしいぞ。それも悪くないとか言っているが……」
「……あれを食べるくらいなら僕は、三日食事を抜かれた方がマシです……」
「……そういう話はさ、聞こえない所でして貰えないかな……」
白い目でじとっと見つめながら話していくファルだったが、言うほど酷いものは作ってないはずだと改めて話していった。
調理器具が壊れるという事の意味が良く分からないイリスは、それについて尋ねていくも、当のファルにとっても理解出来ない状況なのだと言葉にする。
「あたしは普通に料理を作ってるはずなんだけど、器具が持たないんだよ。
例えばお鍋とか、おたまとか。そういったものが使えなくなっちゃうんだ」
彼女から話を聞いてもまるで疑問符が抜けない説明に、首を傾げてしまうイリスだったが、どうにもファルの作り出すモノが危険に思えてならないヴァンとロットは、話を逸らすように言葉にしていった。
「それにしても、イリスの作る料理はいつも美味しいね」
「うむ。今回も余った食材を使ったものに違いはないはずなのに、これだけの美味さを出せるのは本当に凄いな」
「調味料は揃えてありますので、後はお肉を調達すれば色んなお料理が作れます。流石に手の込んだお料理を作ることは出来ないので、これ以上のものとなると中々作れないですけどね」
それでも十分に美味しい料理だとヴァンもロットもイリスを褒め、思わず照れてしまうイリスだった。ついでにファルの料理から話を逸らせたようで安堵する二人だったが、いつかは彼女に料理を作って貰おうと目論むシルヴィアの姿は、彼らには映っていないようだった。
現在イリス達は中央の広場から再び厩舎へと、街を直進して戻って来ていた。
昼食用の食材を取りにやって来た次第なのだが、エステルを避難させようと厩舎の方が彼女へ手綱を付けているところに出くわし、事の次第をイリスは説明していった。当然これでもかと言うくらい驚かれてしまったが、無事に安全を確保できた事に安堵して貰えたようだ。
続けて食材と料理器具を取りに来たことを伝えると、街の外で料理をするのであれば厩舎の横にあるスペースを自由に使って下さいと快く言ってくれた。
それくらいしかできませんがと言葉にする厩舎の女性にイリスはお礼を言い、ありがたく使わせて貰う事にしてこの場で料理を作り、現在に至る。
時刻はまだ昼前ではあるものの、お店はまだまだ開きそうもないので、早めの昼食を作って食べている訳なのだが、思っていた以上に好評で笑みが零れてしまうイリスだった。
そんな彼女の手にあるニンジンを、とても美味しそうに食べているエステル。
折角近くにいるのだからと、エステルも連れてきて一緒に食事をしていた。
厩舎の方もご一緒にどうですかとイリスは尋ねるも、まだするべき仕事が残っているそうで、食事を取れるのはずっと先になりそうだと、申し訳なさそうにお断りをされてしまった。
イリス達三姉妹はまだそれほど空腹ではないので、エステルの食事を優先してあげていた。
正確にはただ三人の手で、エステルに直接ご飯をあげたいだけだったのだが。
余りのニンジンを美味しそうにぽりぽりと食べる姿に、三人はほんわかとしていたようだ。
それぞれの子の好みにもよるらしいが、彼女はニンジンが大好物のようで、尻尾を大きく揺らしながら、ぽりぽりと可愛らしい音を立てて美味しそうに食べていた。
そんな中、シルヴィアがあげようとしていたキャベツを食べようと口を伸ばすエステルを制止するイリス。
その声に彼女の動きが止まりイリスの方を向くエステルに、改めて賢い子だと思ってしまうヴァンとロットだったが、実際に彼女がそれを聞き分けたのではなく、単純にイリスの声に反応しだだけであった。
イリスはエステルを止めた理由を二人に話していった。
「キャベツや玉ねぎ、カリフラワーなどは、あげちゃだめと言われているそうですよ」
「そ、そうなんですの? 知りませんでしたわ……」
「私も知りませんでした。お野菜なら何でもいいのかと……」
「私も専門家ではありませんので確証が持てないんです。
なんでも、それらのお野菜に含まれる成分が、彼女たちには良くないのだとか。
なので、後で厩舎の方に確認してみましょう」
「そうですわね。危ない所でしたわ。
ごめんなさいね、エステル。しっかりと気を付けますわ」
しょんぼりとしてしまうシルヴィアの頬に擦り寄る彼女の姿はとても微笑ましく、より一層料理が美味しく思えたホルスト達だった。
後に厩舎へと戻って来た女性にこの話を聞いてみると、なるべくならあげない方がいいと言われているそうで、あげなくて良かったと安心するイリス達だった。
* *
食事も終わり、エステルのブラッシングをしながら楽しく過ごしていったイリス達だったが、そろそろ人も出て来る頃かもしれないと判断し、今晩泊まる宿の確保に行くことにした。
流石にここは大きな街なので、泊まれないほど利用する者がいるとは思えないが、万が一という事もある。そうなればまた厩舎の方にお願いして、馬車とその周囲を使わせて貰わなければならないので、なるべく早めに確認した方がいいだろうと考えた。
エステルと離れるのは寂しいが、まずは寝床の確保を優先していくイリス達だった。
当の彼女はブラッシングに満足したのか、寂しい様子を見せる事無く放牧地へと向かっていってくれた。そんな彼女にまた明日ねと言葉にしたイリスは、その場を離れていった。
ツィード入口となる街門まで戻って来たイリスは、現状をレグロとベラスコに尋ねていくが、彼らの近くにいた中年の男性によると、どうやら扉がかなり歪んでしまっているそうだ。
彼はこの街で鍛冶屋を営んでいて、グラディル討伐を聞き、状況確認に来たそうだ。
あれだけとんでもない存在の攻撃を耐えられただけでも立派だと言い切れるのだが、流石にこのままでは色々と問題が出てくるらしく、扉の修理をしなければならないらしい。そういい残して彼は、今後の対応を話す為にギルドへと向かっていった。
「ヴィリーさんはこの界隈でも中々有名な鍛冶師さんでして、武具の修理や調整がとても上手なんです。私達だけでなく、この街にいる多くの冒険者がお世話になっている方なんですよ」
「何でも昔はリシルアで腕を磨いたのだとか。売っている物は包丁といった家庭で一般的に使われる物ばかりだけど、何でも新品同様に修理してくれる凄い人なんですよ」
楽しそうに言葉にするレグロとベラスコだったが、思い出したかのようにちらりと街門を見た彼らは、ため息を吐いてしまった。
グラディルが討伐され、周囲の安全を確保する事はできたが、これだけ巨大で頑丈な門ですらひしゃげてしまう威力を持つ存在がいること自体に、彼らは引いてしまっているようだ。
扉の修理に関しては相当時間がかかるものの直す事は可能らしく、こういった事態を想定して、もう一枚の扉が保管されているそうだ。それと交換してひしゃげた方を修理する予定なのだが、これが中々に難しいのだとヴィリーは話していたそうだ。
やはり危険種の攻撃に耐え得るものとして修復するだけでも、その苦労はかなりのものとなるそうで、壊されていなければ修理そのものは可能ではあるのだが、それでもひと月はかかるかもしれないと彼はため息を吐いていたらしい。
この辺りは見通しがとても良く、滅多な事でもない限りは危険な事など起らないそうで、今回はまさに完全に想定外の出来事だったようだ。
そもそもグラディルなど、この辺りでは今まで発見報告がされていないらしい。
この存在は主にエークリオ周辺で目撃される事が多いらしく、ここよりも遥か南方で出没する危険種だという認識がとても強かったそうだ。
当然、正確な情報など存在しないので、その考えそのものが危険なのかもしれないと、今回の件で彼らは思ったのだと小さく言葉にしていった。
不幸中の幸いで、死者は勿論、負傷者もゼロに抑える事が出来たのは奇跡と言えるだろう。
それだけの存在であった事は間違いないのだが、実際に相対したイリス達は、それどころではなかったという事を、この場で言葉にすることなどできなかった。




