"異常な耐久力"
迫り来るグラディルは真っ直ぐファルへと向かい、そのおぞましい鋭い角を彼女に向けていった。
こんなものに当たればただでは済まないだろう事は見ただけでも理解できるが、それをすれすれで避けようとするのは彼女くらいなのではないだろうか。
文字通りの紙一重で避けきった彼女に驚くイリス達は、続けてファルに角を振り下ろしていく連撃に血の気が引いていく。
しかしそれすらも冷静に前転で回避しつつ、ファルは回転しながらもダガーでグラディルに切り付けていき、イリス達を更に驚かせる。
あの体勢から切り付けるだけではなく、体を回転させた事で付いた遠心力も込められた一撃となっている。それも致命傷となりかねない眼を狙い、それを当てていった。
その体捌きに目を見張るものがあるのだが、それよりもグラディルが無傷な事に驚愕してしまう。しかしそれも身体能力強化魔法だけではそうなってしまうのだろう。
充填法ですらダメージを与えられないのだから、傷を付けられなかったのだろうとイリス達は推察するも、当の彼女は表情を変えず涼しい顔をしていた。
そんな彼女に向けられた敵意を自分へと向けさせるように、イリスはグラディルに向かったまま大きく声を発していった。
「恐らくグラディルは保護魔法で耐久力を強化していると思われます! 魔法耐性までも上げられてしまい、充填法ですらダメージを無効化されていると推察します!」
そうか、と小さく呟くファル。
チャージという言葉が何を意味しているのかは理解出来ない彼女だったが、つまりはあの地底魔物と同質のものという事なのだろうと彼女は推察する。
であれば、並の力で攻撃する事は全くの無意味となってしまう。
シルヴィアの使う力をまだ知らない自身には、これらにダメージを与えられない、
などとファルは微塵も思っていなかった。
まだ彼女には、試していない力があるのだから。
彼女へと執拗に迫るグラディルは、掬い上げるように角で攻撃してくる。
思わず少しだけ口角を上げてしまうファルは、屈みながらそれをぎりぎりで回避しつつ、右足を光らせ、呟くように声に出しながら技を繰り出していった。
「アルチュール流覇闘術、"二日月"」
目にも留まらぬ速度で弧を描くように右足でグラディルの顎を蹴り上げ、赤い曲線を発現させつつ、そのまま身体を大きく一回転させながら立ち上がり、追撃していく。
身体を横に一回転させて右足を空へと高らかに上げ、遠心力を込めた赤く光り輝く右足を、凄まじい速度で角の無いごく僅かな隙間にある額へと振り下ろしていった。
「――"三日月"!!」
重々しく鈍い音が周囲に響き、グラディルを地面に伏せさせる。
だがファルの追撃はまだ止まらない。
三メートラ飛び上がり空中で身体を縦回転させ、全体重を乗せた右踵を地面に伏しているグラディルの首へ向けて豪快に放っていった。
「――"落月"!!」
あまりの威力に、凄まじい衝撃音と共に地面へとめり込んでいくグラディル。
そのまま首元に両足を付けたファルは、まるで踏み台にするようにその場で飛び上がり、グラディルとの距離を取りながら優雅に着地していった。
あまりの威力に、目を大きく見開いてしまうヴァンとロットとネヴィアだったが、彼らが驚いている間にシルヴィアが追撃をしていった。
がら空きの首元を狙い、強化型魔法剣で鋭く突いていくも、金属音のようなものが周囲に響き渡り、攻撃を防がれてしまう。
明らかに異常な耐久力に、顔をしかめてしまったシルヴィア。
あの二匹目のギルアムは勿論、地底魔物でさえも、これほどの硬さを感じなかった。
ダンジョンを脱出した彼女をもってしても思考が固まり、動きを完全に止めてしまうほどの異常事態だと感じていた。
シルヴィアの攻撃で意識をしっかりと持ち直したヴァンは、彼女の逆側から強化型魔法剣を纏った戦斧を豪快に振り下ろしていくも、三センルほどしか切り付けられず、グラディルへ攻撃が当たった瞬間に表情を歪めてしまった。
続けてロットが追撃へと向かう。強化型魔法盾でグラディルの顔面に叩き付けていくも、鉄の塊を思わせる高い音を周囲に響かせていった。
その一撃で怒りを露にしながら彼を睨みつけていくグラディルの眼に、ぞくりと寒気を感じたイリスは、これ以上時間をかけるのは非常に危険と判断し、確実に仕留めにかかる。
セレスティアの刀身に手先を一気に滑らせ言葉にし、更に一つの魔法を使っていく。
「"属性強化魔法剣"!! "音速の衝撃波"!!」
刀身に収束されていく強力な魔法。
グラディルが起き上がる前にその真横を目にも映らない速度で通り抜け、首元にセレスティアを軽く通していった。
剣を薙ぐ素振りを見せると同時に噴出す赤い血潮。
魔法剣で強化している状態だと刀身に血を付ける事が無いので、地面に赤い弧を描く事は無かった。
倒れこんだグラディルを冷静に見極め、索敵の反応が消えたのを確認すると、イリスは魔法剣を解除して仲間達に言葉にしていった。
「……討伐、しました」
その言葉に安堵したように、大きく息を吐くファル。
「どうなるかと思ったけど、とりあえず倒せてよかったよ。……色々と問題は出て来ちゃったけど……」
「……うむ。それは追々話すとしよう。まずは無事に倒せた事を喜ぶべきだろう」
「……ですね。とんでもない存在ではあったけど、まずはエステルと合流してギルドに報告しようか」
「……そう、ですね……。……姉様?」
「…………」
何時に無く表情が険しいシルヴィアは、ネヴィアの声も聞こえていないようで、何かをしきりに考え続けているようだった。
それは恐らく、ここにいる誰もが考えている事と同じだろう。
だが、まずはエステルを安全な場所に連れて行かなければならない。
彼女の方へと視線を向けると、こちらを直視しているようだった。
イリスは何とはなしにエステルへと手を振ってみると、彼女はイリス達の元へと走って来てくれた。
その姿に驚きと嬉しさを感じながら、イリス達はエステルの方へと歩いていく。
流石にこれが転がっている場所までエステルを来させるのも気が引けてしまうと思えるイリスは、少しでも遠ざけるように彼女を迎えにいく。
イリスの胸に飛び込むように引っ付くエステルを撫でながら、言葉にしていった。
「もう大丈夫だからね。怖かったよね? よく頑張ったね」
そう彼女へと言葉にすると、安堵したのかイリスに擦り寄っていった。
「さて、どうするイリス?」
仲睦まじいふたりを見ていたヴァンは、今後の事を尋ねていく。
「そうですね。ホルストさん達は、今こちらへと向かっている最中のようですね。
あと三十ミィルほどで到着しそうですし、ギルドにも報告しなければなりません。
ファルさんがホルストさん達とではなく、私達とご一緒した状態で報告に向かえば少々問題になりかねませんが、このままここにいるよりはツィードへ入り、エステルを厩舎に預けている間にホルストさん達と合流してもいいのではないでしょうか」
「そうですわね。このまま戻るのも気恥ずかしいですからね」
「そうですね、姉様……」
「ごめんね、気を使わせちゃって」
苦笑いしてしまう三姉妹に、ファルも言葉を続けていく。
そんな中イリスは、ふと背後に転がるグラディルへ振り向いていった。
「イリスさん? どうなされたのですの?」
「あ、いえ。何でもありません。行きましょうか」
イリスはシルヴィアの声に振り向きながら馬車に乗り込み、すぐ近くにある街門を目指してエステルを歩かせていった。
やはりと言うべきか、あれだけ遠くとも、余程怖かったのだろう。
転がるそれを大きく左に避けながら進むエステルだった。
徐々に遠ざかるそれをイリスは一瞥し、再び視線を街門へと向けていく。
街門まで来ると、すぐさま扉が開かれていった。
少々目立つ到着となってしまった事に一抹の不安を感じつつも、開け放たれた街門を潜っていくイリス達。
馬車がしっかりと街に入ったところで、扉は閉じられていった。
暫く待っていると、二人の冒険者と思えるような者達がヴァンの近くに寄っていく。
随分と若い方達のようで少々首を傾げながらも、荷台に居るイリス達は事の成り行きを見守っていった。
「ようこそお出で頂きました。私は、ツィードの街門警護を勤めています、レグロ・フラドと申します。こちらは――」
「ベラスコ・パガンです」
「よろしく頼む。俺達は――」
「はい。存じております。あなた方がこのタイミングでツィードを訪れてくださった事に、最大の感謝を女神様に捧げたいほどです」
「本当に、ありがとうございました。正直、生きた心地がしませんでした……」
どうやらヴァンとロットの事は、若い彼らであっても流石に知っているらしい。
寧ろもうあの国の領土がすぐ近くなのだから、知らない者も少ないのかもしれないが。
自己紹介を手短に済ませたヴァンは、ツィードの現状について尋ねていく。
二人の話では、現在グラディル討伐隊の編成をしているところだったそうだ。
ツィードはそれなりに大きな街であり、冒険者の数も近くにある街よりも多いのだが、危険種と戦えるような存在となれば話は変ってくる。
戦う者の選定も済ませ、急ぎ準備を進めている段階であったと二人は話していった。
「一時的に街門は、私達のような経験の浅い者が代理で預かり、その他の者はもうじき準備を全て終えてこちらへと向かう頃合となっていました」
「そこへ皆様がツィードを訪れ、あの恐ろしい危険種を倒して下さった、という次第です」
「ふむ。なるほど。大凡把握できた。感謝する」
ヴァンの言葉にとんでもありませんと声を上げるレグロは、言葉を続けていった。
「かの有名なプラチナランク冒険者であるお二人が、ツィードへといらして下さっただけでなく"リシルアの勇者"ファルさんが参戦してくれた事に最高の幸運を感じます!」
「それに、あんな存在に臆す事無く立ち向かっていた貴女方に、心からの感謝と尊敬を!」
「い、いえ、私達は私達に出来る事をしただけですから」
「そ、そうですわ」
「ど、どうかお気遣い無く」
苦笑いしか出ない彼女達にファルは『まぁ、そういう反応になるよねぇ』と言葉にしていった。
彼女がそう呼ばれていた事こそが、リシルア国を去った理由なのだと、イリスとシルヴィアは確信していた。
そんな所もどこかイリスと似ているかもしれないと、何とはなしに思うシルヴィアだった。




