"深追いはするな"
今後の予定を話し合うイリス達だったが、これもアメリー達に話したものと同じ内容となる。元々できる行動にそれほど選択肢がある訳ではない。街に救助の知らせが届いていないのだから、大きな点はいつ出立するか、といったところだろう。
流石に夜の道を進む事は、一般常識的にできない。
このまま野営し、朝まで休息を取るのが最良だと思われた。
早々に話も終わってしまい、夕食の準備に入るイリス達。
イリスが料理を作るのは、それほど疲れていない事を周囲に示す為でもある。
ここでイリス達が疲れた素振りを見せ過ぎてしまうと、余程大変な事があったのだろうとホルスト達に知られてしまうので、なるべくいつも通りで準備をしていくイリス達だった。
尤も、彼女が料理を作るのは別の意味もしっかりと含まれており、それを体現するかのようにイリスの作った料理に愕然とした者達が四名、スープの入ったボウルとスプーンを持った手を完全に止めてしまっていた。
ファルに至ってはあまりの美味しさに、涙を零しながら瞳を閉じてしまっている。
確かにイリスの作ったものがとても美味しい事は間違いない。
同じ材料、同じ調理法、同じ料理を作ったとしても、これほどの美味しさを出す事は姫様達にもまだまだ難しい。ヴァンとロットに関しては、イリスを先生と仰ぐ姫様以上の料理は作れないので、論外と言えてしまうだろう。
とても美味しい料理だという事に違いはないのだが、涙を流すほどの事なのだろうかと考えてしまっているイリスに、それとなく言葉にしていくホルスト達だった。
話を聞いていくと、ファルの作る料理はとんでもないモノが出来てしまうそうだ。
「『あいつに包丁を持たせるな』。ファルをよく知る冒険者が残した言葉のひとつだ」
「……の、残したって……」
苦笑いするイリスは何もそこまで言わなくてもと思うが、実際にファルの作ったモノを食べると、本気で命が刈り取られかねないモノを作り出してしまうそうだ。
それは最早この世のモノとは思えない、おぞましい物体となるらしく、素材も調味料も極々ありふれた物を使っていても、何故かとんてもないモノが出来上がるらしい。
それらを食べた者達は『あいつはとんでもないモノを生み出してしまう』だの、
『あいつは食材を異質なモノへと変貌させる』だのと言い残しているらしい。
最後にそれを食した者は、彼女に包丁を持たせるなと言い残し、意識を失った。
これを笑い話として受け取っていたホルスト達が、面白半分でファルに料理をさせ、すぐさま止めに入って事なきを得たそうだ。犠牲になったのは鍋と鉄製のおたま、そして食材と調味料のみで、人的被害をゼロという奇跡的な数字で抑える事に成功する。
包丁は食材を切っただけなので被害には遭わず、今後もホルスト達の道具として使い続けていけるらしい。鍋とおたまと食材は、地面に埋めてお祈りを捧げたのだとか。
「……本当に信じられないことだが、あいつに包丁を持たせると、碌な事にならない」
「……そうね。ファルの料理で、一体何人の犠牲者が出たのやら……」
「……僕はまだ、もっと生きていたいです……」
「それに比べてイリスさんの作った干し肉の美味い事美味い事。洞穴入り口で食べたあれの味を、俺は一生忘れられない気がするよ」
「あれは本当に美味しかったわね。思わず洞穴内で声を大きく出してしまったものね」
うっとりした様子で言葉にするアメリーとデニスに、ホルストも続く。
「いやいや、このスープはもっと美味いぞ。上品かつ繊細な味付け。だが決して薄い訳ではなく、素材の持つ旨味を最大限に活かされ、洗練された至高の一品になっている」
「ファルの料理と比べるなんて失礼に値するわ。でもあえて比べさせられるのだとしたら、イリスさんの料理は、まるで天上の女神の創りたもうた極上の一品よね……。
そもそもあれは料理なんかじゃないわ。というよりも料理に失礼よ」
「そうだな。先に逝ってしまった食材と調味料、鍋におたま。あいつらの犠牲は絶対に忘れない。二度と犠牲者が出ないようにしなければならないな」
「……僕はあの匂いを忘れられそうにありません……」
「これ以上犠牲者が出ないように、世界中に広めるべきだと思うぞ」
「それよ! そうするのが一番だわ!」
「…………ねえ、そういう話はさ、本人のいない所でするものなんじゃないの……」
白い目でホルスト達を見つめるファル。
彼女からすれば、それは流石に聞き捨てならないといった表情をしていた。
「……そこまで酷いモノを作った覚えはないんだけどなぁ……」
「あら? おかしいわね。あれだけのモノを作っておいて、まさか自覚していなかったの? ……でもイリスさんのお料理を"美味しい"と感じるのだから、味覚もしっかりしてそうだけど、一体どういう事なのかしら……」
「いや待てアメリー。ファルはある意味で芸術家気質なのかもしれないぞ。あんなモノを無自覚で作っている時点で、既にこいつは並の存在ではない。深追いはするな」
「なるほど。俺らではもう、理解すら及ばぬ領域に到達しているのだな、ホルスト」
「僕は美味しいものが食べられなくてもいいです。ただ安全なものを食べたいです」
酷い言われようのファルは、言い返す気力がなくなり、美味しい料理を堪能していくも、ホルスト達は様々な議論や推察を交わしていき、それを微妙な表情で見ながら料理を食べているイリス達だった。
* *
食事の後片づけも終わり、イリス達は休息をさせて貰う事にした。
アメリーとデニスは動かなかったので疲労感はなく、このまま周囲の警戒をしてくれると言葉にする。
それでは申し訳ないですと言葉を返すイリスだったが、そのくらいはお礼代わりにさせて欲しいとお願いされてしまい、その言葉に甘えさせて貰ったイリス達だった。
先に休ませて貰うイリス、シルヴィア、ファルの三名は、馬車に入っていくも、イリスのみすぐに毛布を持って出て来てしまった姿に視線を向けるホルスト達。
そのままイリスはエステルを馬車から離し、彼らを大いに驚かせるも、この子なら大丈夫ですよと笑顔で答えていきながら、地面に敷いた毛布に横になっていく。
彼女の後を追うように歩くエステルの姿にも驚くが、その後の彼女の行動に目を丸くしてしまったホルスト達は、あんぐりと口を開けながら彼女達の姿を見つめていた。
ヴァン達には見慣れた光景となるこの姿は、やはり衝撃的なのだなと冷静に見ていたが、ホルスト達にとっては少々刺激的過ぎたようだ。
そんな彼女達の姿を、驚愕しながら見つめていたアメリーがぽつりと呟いた。
「…………まるで『貴婦人と一角獣』みたい……」
アメリーがぽつりと言葉にしたそれは、世界でも有名な話の一つである。
光射す浅い森で少女が出会った美しい仔馬。
額に小さな角を持つその子は、親からはぐれてしまった子だった。
自身と境遇を重ねた少女は寂しくないようにと、その子と共に森に住む決意をする。
次第に成長をしていく彼女達は、まるで姉妹のように暮らし、美しい貴婦人と美しい角を持つ白銀の馬へとなっていく。
ある日、その噂を聞きつけた若い男性が、眠る貴婦人を護るかのように囲いながら眠っている角を持つ白銀の馬を見つけ、貴婦人に一目惚れしてしまう、という話だ。
結末は貴婦人も男性に想いを寄せ、白銀の一角獣も男性を気に入り、二人と一頭で仲睦まじく森で暮らしていく。
その出会いの一節を思い起こしてしまうほどの、とても幻想的な姿に見えたアメリーだったが、森に住むだの一角獣だの、冒険者としては色々と突っ込みたくなる内容のために白い目で見る者が多いのだが、女性からは割と人気の話になっている。
尤も、『Alice』ほど有名ではないし、そこまで人気もないのだが、中にはとても熱狂的なファンがいるらしく、物語に登場していた一角獣を一目見ようと冒険者を続けている奇特な人も、世界にはどうやらいるらしい。
当然この話は実話などではなく、創作物である。
角の生えた馬など存在せず、いたとしてもホルスの亜種としか思えない。
そんな危険極まる存在の横で眠るなど、正気の沙汰とは思えない。
ましてや森に住むなど、個人ではかなり無理がある。大きな壁で囲まなければおちおち眠る事など出来もしない。たとえ壁があっても、周囲を切り開かねば危険極まる。
冒険者の多くはこの物語を面白がる傾向は見られないが、そういった幻想的な物語を好む女性や子供からの支持を受けている人気作となっていた。
そんな作り話の一節を連想させるイリスとエステルを見つめながら、ホルスト達は言葉にしていった。
「……何だか俺達は今、物凄い光景を目にしているんじゃないだろうか……」
「……僕もそんな気がしてきましたよ……」
「……凄いな、あれは……」
「あら、とても綺麗だと思うんだけど? とても絵になるじゃない」
「……いや、それは、そうなんだが……」
「俺達からすると、何度見ても微笑ましい姿に見えるな」
「最近エステルはイリスにべったりですからね。余程居心地がいいんじゃないかな」
「ふふっ。イリスちゃんもエステルも可愛いですね」
いつもあんな感じなのかと尋ねるホルストに、小さな声で話していくヴァン達。
その話を聞いてもにわかには信じられないといった様子を見せるも、目の前に置かれている現状はその全てを肯定していた。
何とも不思議な光景に唖然としたままの三人を、ヴァンとロットは俺も最初はこんな感じだったなと思いながら、周囲の警戒を続けていった。
一緒に眠る仲睦まじい姿に瞳を輝かせて見つめるアメリーは、目に焼き付けるように見つめていた。
* *
いつものように交代をしつつ、周囲を警戒していくイリス達。
襲撃して来る魔物もおらず、静かな時間を過ごす事が出来たようだ。
これといった問題もなく安堵するイリス達は、少々早い早朝に食事を済ませ、改めてこれからの事を話していき、ツィードを目指して出立していった。




