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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"合わせる顔がない"


 ファルの身体を優しく包み込む温かな光。

 それはまるで、イリスの力の様にも思えてしまうシルヴィアは、尚も固まり続ける。


 徐々に光が収まる頃にはファルは瞳を閉じ、その温かさに心がどんどん穏やかになっていくのを感じながら、ゆっくりと瞳を開けて静かに言葉にしていった。


「……そうか。……そうなんだ。……やっと分かった。……やっと理解出来たよ、始祖様……。これが、これこそが、本当の力の使い方なんだ……。あたしがして来た事は、間違いじゃなかった!」


 両拳を強く握り込んだファルは視線を強くして、地面にめり込むそれを見つめ直す。

 そんな彼女の瞳は、とても美しい宝石のような透き通る色をしていた。

 全ての迷いが吹き飛んだかのような、曇りのない、そんな美しい色だった。


 すぐさまファルは膝を付くシルヴィアの元までやって来て、手を差し伸べる。


「大丈夫? シルヴィア」

「え、ええ、大丈夫ですわ」


 戸惑いながらも彼女の手を掴み、立ち上がっていくシルヴィア。

 地面にめり込んでいた地底魔物(クリーチャー)は再び距離を取り、耳障りな音を放ちながら周囲を旋回していく姿に、シルヴィアでさえも苛立ちを覚えていた。


 だがファルは対照的に、冷静さを取り戻していた。

 周囲を飛び回る存在を一瞥する事なく、その流れを読み取りながらシルヴィアへと言葉をかけていく。彼女の放つ言葉は穏やかでありながら、とても力強く感じられるものだった。


「シルヴィア。こっちは大丈夫。シルヴィアはそっちに集中して。

 もう大丈夫だよ、ありがとう。あたしも一緒に戦えるから」


 シルヴィアは思う。何て力強く頼もしい言葉なのだろうかと。

 今の彼女であれば大丈夫だと確信出来る。それほどの強さを秘めていた。

 

「それではお願いしますわね」

「うん! 必ず仕留めて(・・・・)みせるよ!

 こんなの一匹倒せないんじゃ、あたしはイリスに合わせる顔がないからね!」

「ええ! そうですわね! 必ず倒して二層に向かいましょう!」

「勿論だよ!」


 それぞれの敵を真正面に見据え、互いの背中を護るように合わせる二人。

 ファルの一撃で吹き飛ばされたモノが徐々にこちらへと戻って来るも、その身体は重々しく見え、周囲で飛び回る存在と同じように、先ほどの勢いが随分と無くなっているようだ。

 余程彼女の攻撃が鋭かったのだろう事は見て取れるが、あれは充填法(チャージ)と似通った、また別のものに思えたシルヴィアだった。

 とても興味深いと思えてしまうが、今はまず目の前に迫りつつあるそれ(・・)の止めを刺す事を最優先に考えたシルヴィアは、一気に距離を詰めて止めにかかる。


 周囲に飛び回る存在が彼女に向かう事は無く、安全に距離を詰める事が出来るとシルヴィアは理解していた。

 あれは完全にファルを敵として認識している。それだけの強力な攻撃を放っていた。

 それにもしもシルヴィアを狙えば、背後から迫るファルに止めを刺されるのを理解しているのだろう。

 なまじ知能がある事で地底魔物(クリーチャー)の動きに制限をかけるなど、皮肉にもほどがあった。


 距離を詰め、眼前の敵に突きを放つシルヴィアの攻撃を、上空へと回避して距離を取ろうとするも、その動きを読んでいた彼女は、更に鋭い速度で剣を切り上げていく。

 彼女はわざと遅い速度で突きを放ち、避けさせたところを確実に仕留めにいった。

 一匹だけの、それも動きの鈍った存在を相手取るのであれば、彼女の敵ではない。

 問題なく真っ二つに両断する事に成功したシルヴィアは、剣を振り払い、ファルの方へと視線を向ける。


 怒り狂うかのように、単調な攻撃を連続で繰り出すそれの動きを完全に読み切っているファルは、冷静にその全てを避けていく。側面を狙う訳でも、ましてや死角を狙う訳でもないそんなものに当たってやるほど、彼女は弱くない。

 ほんの一瞬だけ大振りになったところを彼女は逃す事無く、カウンターで左拳を鋭く叩き込み、地底魔物(クリーチャー)の身体を折り曲げていく。

 身体の動きが完全に止まったところを左足で軽く蹴り上げ、身体を回転させながら強烈な右足を、豪快に叩き上げていく。

 重々しい打撃音と同時に上空五メートラまで蹴り上げられ、自身の重さでゆっくりと落下して来るそれ(・・)に向かって、ファルは渾身の一撃を放つための準備に入る。


 左手で狙いを定めるかのように軽く伸ばしながら、右拳に力を込め、集中していく。

 徐々に赤く輝き出す右拳。左手を身体に引き戻しつつ、左足を一歩踏み出し、腰を回転させながら輝く掌の付け根部分、"掌底"をそれへと真っ直ぐ放っていった。


「――アルチュール流覇闘術、"覇潰(はつい)"!!」


 途轍もなく重く鈍い音が周囲に振動するように響いていき、直撃したそれ(・・)は三回ほど地面を大きく跳ねながら、更に二十メートラ地を這い続け、漸く停止した。

 直撃させた手応えを感じたファルだったが、ここで油断することなく冷静に事の成り行きを見守っていくも、それが動き出す事は無かった。


「おし!」


 両腕を若干広げつつ、握り込んだこぶしを腰の高さに戻した彼女は気合を入れ直し、周囲の索敵に入るも、他の存在も襲撃者もいないようで安堵していた。

 シルヴィアが彼女と合流するも、とても言い辛そうな微妙な表情をしており、力強く思えるような、可愛らしく思えるような格好のまま、首を傾げながら言葉をかけていくファルだった。


「ん? シルヴィア? どしたの?」

「……い、いえ、無事で何よりですが、あまりにも、その……」

「?」

「……威力、凄過ぎませんか?」


 遥か彼方に転がるそれへと、半目で視線を向けるシルヴィア。

 あまりの威力に地面が直線状に軽く抉られてしまっていた。

 それを見ながら固まる彼女の表情は、少々、いや相当引きつっているようだった。



  *  *   



 終わらない戦いに身を投じるかのように思えて来たイリスは、もう何十匹目かも分からない地底魔物(クリーチャー)に止めを刺していた。

 尚も溢れ出している存在に焦る気持ちを抑えつつ、冷静に対処していくイリスだったが、徐々にではあるものの、攻撃が掠めてしまっているようだ。

 大怪我でもなければ回復も抑えるようにしているイリスだったが、判断が遅れる僅か一瞬で危うくもなってしまう事を考えつつ、薬の使いどころの難しさを身をもって感じているようだ。


 背後から襲い掛かる攻撃を見る事なく、前進で回避するイリス。

"広範囲索敵サーチ・ア・ワイドエリア"の効果で魔物の位置を確認出来ているのがとても大きかった。

 本当に凄い魔法だと改めて感じる彼女は、前方に存在する目標にまで近付き、左手を左上から右下に引っ掻くような仕草をしながら言葉を放っていった。


「"風の爪撃(エア・クロウ)"!!」


 鋭く切り刻む五本の斬撃に、前方にいた四匹を纏めて始末するも、両側面からの奇襲を許してしまうイリス。右から放たれた爪を避ける事は出来たものの、左からの爪を回避しきる事は出来ず、腕を斬られてしまう。

 傷は浅いと理解出来たが、左腕から鮮血が流れてしまった。


 それらをセレスティアで鋭く斬り倒したはいいが、痛みで少々思考が鈍ってしまい、一瞬だけ判断が遅れてしまう。

 意識をそちらへと戻すと、そこには既に周囲を取り囲むかのような数の地底魔物(クリーチャー)で溢れていた。

 同時にイリスの両肩、両腕、両足、頭、腹に噛み付こうとする存在。更にはその後ろにいる十匹が、今にも飛び掛かろうとしている。

 たった一瞬判断を鈍らせただけで、一気に命が刈り取られそうになっていた。

 確実に倒されると判断したイリスは、咄嗟に強い魔法を放ってしまった。


「"風よ大きく唸れ(グランド・スウェル)"!!」


 魔法を発動してマナポーションを飲んでいく。

 彼女の周囲を鋭く包み込む巨大な風に、取り囲む存在は一瞬で切り刻まれていった。

 発言と同時に少々やり過ぎた事を察して視線を天井へと向けると、かなり抉りながら天井を砕き、落ちてきた大岩をも細切れにしてしまっている様子に、思わず苦笑いをしてしまうイリスだった。

 どうやら崩落の危険性はなく、強力な防音魔法の効果も続いているので、地下にいる存在に気付かれる事もなく安心する彼女は、魔法が続いている間にライフポーションを飲み干し、傷を回復していった。


「"風よ激しく打ち抜け(ブラスト・ショット)"!!」


 魔法の効果が切れると同時に、集団で固まっている場所に目掛けて放っていく。

 地面に魔法が当たるとそれは炸裂し、周囲にいた十二匹ほどを吹き飛ばした。


 漸く穴から這い出て来る存在が尽き掛けているようで安堵する彼女は、気合を入れ直し、強化型魔法剣チャージ・マナブレードで斬り付けていく。

 "風よ大きくうなれ(グランド・スウェル)"で周囲に転がるそれらや瓦礫も纏めて吹き飛ばしてくれたようで、随分と戦い易くなったと感じるイリスは、改めて魔法の使い方を考えた上で使わねばならないと冷静に考えていた。



  *  *   



 三層を抜け、二層にある巨大な空間へと足を踏み入れたシルヴィアとファルは、無事に目的地となる場所まで辿り着く事が出来たようだ。

 敵影に警戒しつつ、二層の入り口となる通路前までやって来た彼女達は、その場でイリスの到着を待つ事にした。

 この先はもう二人の冒険者達が待つ、洞穴入り口に繋がっている。

 下手に魔物を寄せ付けてしまうと危険なので、これ以上は流石に進めないと判断した彼女達だったが、後はもう本当にする事が無くなってしまった。


 後はイリスを信じて待つより他はない。

 そう心の中で思う彼女達は言葉を発する事なく、彼女が到着するのをひたすらに待ち続けていった。


 恐らく、今までの人生で一番長く、重々しい1アワールを。


 

  *  *   



 残り十匹といったところで、再びイリスの視線を集中させてしまう存在が現れた。

 天井から這い出て来る二百五十センルはあろうかという黒い塊が空を舞い、地面を踏みしめた瞬間、イリスの強化型魔法剣チャージ・マナブレード一閃で消されていく。


 今度は声すら上げさせずに倒す事が出来たようだ。

 この空間全体を"広範囲防音空間イクステンシブ・サウンドプルーフ"で覆っているので問題はないだろうと思われたが、これ以上要らぬ危険を持ち込まれても困る為、最優先でこれを撃破していった。


 そんなイリスの姿に、まるで怒りを向けるかのように威嚇する九匹の地底魔物(クリーチャー)へと冷静に向き直った彼女は、漸く終わりが見えて来た戦いに胸を撫で下ろしつつ、それらへと向かって走り始める。


 瞬間、強烈な悪寒が彼女の後方から、まるでイリスの全身を貫くように駆け巡る。


 思わず足を止め、そちらへと向き直るも、それ(・・)の存在を彼女は忘れていた。

 戦いに集中するあまり、それがゆっくりとこちらへ向かっている事に意識が向かなかったのも致し方のない事かもしれない。それほどの凄まじい激戦だったのだから。


 彼女の背後に迫り来る九匹の地底魔物(クリーチャー)を全力で切り伏せたイリスは、マナポーションを二本とスタミナポーションを一本飲んで完全に回復させ、ゆっくりとこちらへ向かっている存在に向けて警戒を強めていく。


 徐々に大きくなる地鳴りのような足音がこちらの元に届き、その全貌が現れると、イリスはその姿に血の気が引き、冷たい汗を流していく。

 明らかに異質なその風体に、嘗て彼らの伝説が御伽噺などでは決してなく、実話なのだと身をもって知る事となったイリスは、とても小さく言葉を発していった。


「…………"大地の大蜥蜴(アールデ・ドレイク)"……」


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