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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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ゆっくりと、だが"着実に"


 最悪とも言い換えられるこの五層は、慎重に進まねばならない。

 一匹にでも見つかってしまえば、恐らく多くの地底魔物(クリーチャー)が押し寄せてくるだろう。

 十二匹程度ならまだいい。対処出来るかもしれない。だが、周囲の存在まで呼び寄せる事となってしまえば、その数は恐ろしいほどに膨れ上がってしまう事になる。

 最も怖いのは、狭い通路で挟まれて攻撃されるだけではなく、ありとあらゆる方向から多数の存在に襲われる事だ。そんな事になればとてもではないが、無事で済むはずなどない。

 その最も恐れた結末をイリス達は言葉にする事はなかったが、ここにいる誰もがそれを想像し、背筋を凍らせていた。


 そんな事、口に出さなくても理解出来る事だ。

 もし五層のそれらに取り囲まれる事になるのであれば、まず助からないだろう。

 幾らイリスの持つ真の言の葉ワーズ・オブ・トゥルースが強大であろうが、実践経験の乏しい彼女が、仲間達を護りながら五百以上もの未知の敵を相手取って、無事でいられるはずなどない。

 思い半ばに全滅し、最悪の知らせを仲間達に届け、ダンジョンは塞がれる。

 これ以上の無い最悪な出来事となってしまう事は、容易に察する事が出来る。


 彼女には、いや、ここにいる誰もがやるべき事がないなど言えない。

 こんなところで眠りに就くなど嫌に決まっているし、出来る訳がない。

 そう思いながら彼女達は、必ず三人で無事に脱出してみせると強く決意を改めた。



 まるでという表現では確実に言い表せないであろう程の迷宮となっている場所を、静かに、そしてなるべく足早に進むイリス達。

 イリスは索敵(サーチ)に表示されている地底魔物(クリーチャー)を避けながら仲間達を誘導するも、起伏の激しい道が続き、曲がりくねってはまた戻るように逆へと向かい、上に行ったと思ったら下へと向かうような経路を、黙々と休憩する事なく進み続けていった。


 尤も、こんな場所で休憩など、命を捨てるようなものだと理解している彼女達は、そのような行動を取れるはずもなく、ただひたすらに歩き続けていく。


 だがここでイリスは、一つの疑問が浮かび上がって来た。

 正確にはまだ確証もない可能性の話だが、信憑性の高いものだと感じていた。

 しかしそれを現状で言葉にする事は、要らぬ不安感を与える事になるだろう。

 いくら防音空間(サウンドプルーフ)が使われているとはいえ、言葉にする事自体に危険性があるこの場所でそれを口にするなど出来る訳もなく、襲撃者に最大限警戒を強めつつ、仲間達と共に目的となる場所を目指して進み続けていく事しかイリスには出来なかった。


 大きく広がっている道に、行ったり来たりを繰り返すかのような複雑な経路。

 ほんの少しでも道を逸れるとその先は行き止まりか、地底魔物(クリーチャー)が大量に溢れている。

 イリス達が想定していた以上に時間がかかってしまい、行動を開始して既に一アワールほどが経過するも、未だ五層の中間といったところだった。


 時たま聞こえる、おぞましく重苦しく仄暗い地の底から響いて来るかのような音に緊張が走りながらも、イリス達は目的地まで最短経路を進み続け、ゆっくりとではあるものの、着実に四層へと向かい進んでいった。


 五層の終わりが見えて来た頃、一匹の地底魔物(クリーチャー)が発したと思われる大きな声が周囲に響き渡り、イリス達はその場に立ち止まり警戒を強めていく。

 どうやらこちらに向かってくる存在はいないようで、敵意に反応する警報(アラーム)を感じる事もなく胸を撫で下ろすイリス達は、無事に五層を突破する事に成功する。


 構造解析ストラクチュアル・アナライズに付けた(マーク)まで辿り着くと、イリスは二人の方を振り向きながら言葉にしていった。


「……何とか、ここまでは無事に来れましたね」

「……途中、血の気が引きましたわ」

「……だね。相当焦ったよ」


 思いのほか時間がかかってしまったのは想定外ではあるが、特に大きな問題もなくここまで来れた事にホッとするイリス達は、シルヴィアが出してくれた水を美味しそうに飲みながら休息を取っていった。


「思ってた以上に時間かかっちゃったね。二アワールくらいかな」

「そうですね、大体そのくらいじゃないでしょうか」

「随分と時間をかけて進みましたから、それも致し方のない事ですわ」


 だがここから先は、地底魔物(クリーチャー)の数が極端に減る。

 最短経路となる道も、まっすぐ進むものが多くなる。だからといって油断など出来ないが、それでも今までよりは遥かに速く進む事が出来るだろう。

 五層突破に少々時間はかかったが、このまま順調に進む事が出来れば脱出にかける期限である二日どころか、馬車まで戻れる時間でダンジョンを抜けられるかもしれないという希望が出て来た。


 休憩をしながら、次の策について再確認していくイリス達。

 四層中央手前にある小さな行き止まりを(マーク)し、戦闘について話していった。


「まずは地底魔物(クリーチャー)を目視で確認し、(マーク)の場所に後退。作戦を立てましょう。

 もし発見されてしまった場合は、そのまま戦闘へと移行し、討伐します。

 その際は私が空間右にいる三匹に攻撃を、お二人は左の二匹をお願いします」

「わかりましたわ。そちらは私達に任せて下さい」

「そうだね。イリスはそっちに集中して。こっちはあたし達で何とかするから」


 とても頼もしい仲間達の言葉に微笑みながら、再び魔法をかけていくイリス。

 持続時間は三アワールなのだが、いつ切れるかも正確には分からないし、切れた場所で安全に魔法が使える状況ではない可能性も考えられた。

 出来る限り使える時に使うのがいいだろうと判断したイリスは、出し惜しむ事なく仲間達にしっかりと魔法をかけていく。


「では行きましょう」


 イリスの言葉に大きく頷いた二人は、四層中央手前に向けて歩き出していった。


 

 この四層は五層は違い構造解析ストラクチュアル・アナライズの見立て通り、大きな通路となっている様だ。

 とはいっても五メートラ程度の大きさとなるので、戦うとなると少々狭いと言わざるを得ないだろう。

 五層と四層を繋げる通路と思われる場所は多数あり、結局イリスは塞ぐ事が出来なかった。穴を塞ぐ際の発する音は無くせるが、ダンジョン全体に広がる振動の全てを抑える事は流石に難しいだろう。

 出来る事なら塞ぎたい気持ちがとても強いが、最優先は三人で無事に脱出する事だ。

 必要以上に事を荒立てる行為は慎むべきだと判断するイリスだった。


 極々小さな音を拾われる可能性があるだけでなく、塞ぐ穴の数も問題となる。

 大きな通路で十、小さいものまで入れるとその総数は二十三もの通路が存在し、その一つとして閉じる事を断念させられてしまった。

 この全てを塞がなければ全く意味をなさない。

 であれば現状で出来る事は、下手に刺激しない様に行動する事だけだと思われた。


 嘗てここを訪れたプラチナランク冒険者達も、こんな気持ちだったのだろうか。

 穴を塞ぐ事も出来ず、大量の地底魔物(クリーチャー)を相手に戦い、多くの犠牲を払ってしまったのだろうか。

 詳細が書かれた文献が残されていない今現在でそれを知る事など出来ないが、今のイリス達と同じような気持ちを持っていたのかもしれない。


 そんな事を考えながら周囲を警戒して、どこまでも続くかのような灰色の世界を、先ほどとは違う速い速度で歩いていくイリス達。

 重く息苦しいと思っていた世界の空気が随分と変わったように感じるのか、それとも彼女達がその世界に慣れてしまったのか、恐ろしいほどの数がひしめき合う五層から抜けられた精神的な安堵感からか。

 それを答えられる者などいないが、ただ一つ言える事は、まるで身体が軽く感じるかのようなこの世界であれば、十全に戦う事が出来ると確信が持てたイリス達だった。


 どことなく石質が少々白っぽく見える気がするが、詳しく調査をしている場合でもないし、調べたところでそれを知る事が出来るとも思えなかった。

 だが、こういった石質調査で手に入る情報も貴重な場合がある。

 可能であれば採取しておきたいが、そんな余裕もない。最優先は仲間の安全を確保し、無事にダンジョンを脱出する事だ。残念ながら諦めるしかないだろう。



 道標(ガイドポスト)の効果により、最短距離を進む事が出来る彼女達の足は止まらない。

 目標となる場所の近くにまで辿り着き、歩みを丁寧なものへと変えていく。


 いよいよ視界に討伐対象となる存在がいる大きな空間の手前まで来たイリスは、二人に合図を送っていった。

 頷いた二人を確認し、ゆっくりと頭を低くしながら壁側を歩き、問題となるそれ(・・)を目視する。


 瞬間、彼女達の全身を、まるで稲妻のような速度で悪寒が駆け巡っていく。

 心臓の鼓動が一気に高まっていき、身体の内面から途轍もない警告音を発していた。


 白い体躯に体毛は見られずぶよぶよとした表皮、体そのものは六十から七十センルといった大きさだが、二十センルはあるかと思われる鋭い剣のような爪に、正確な位置が分からないかのような顔。

 そのどれもが不快感を強く感じさせる存在に、イリス達は冷たい汗を吹き出しながら凍り付いてしまっていた。


 だがその本質は、見た目などでは言い表す事など出来なかった。

 視認出来る範囲の情報で言うのであれば、異質な魔物といったところ止まりだろうが、あれ(・・)は明らかに別の存在だと身体の内側が警鐘を鳴らしてしまっている。

 イリスが初めて出遭った魔物であるホーンラビットの時に感じたものとは全く違う、異質な気配。どちらかと言えば、"あのひと"を襲った歪な存在に気配が似ているように思えてならなかった。


 えも言われる不気味で気色が悪い気配に、息が詰まるイリス達。

 こんなものに五層で襲撃されれば、まず間違いなく刈り取られていただろう。

 それを確実なものとして悟ってしまったイリス達だった。


 いや、文献に書かれた数少ない情報によると、下に降りれば降りるほど異質になると書かれていた。であれば、五層は四層とも違う事が予想される。

 眼前に存在する、目にするだけでも気分が悪くなるかのようなモノ以上に異質となると、最早それは想像など出来よう筈もない。それが五百も、そしてその下にはそれどころではない夥しい数で溢れ返ってしまっている。


 ギルドの取っている対応は正しかった。

 こんなものが外へと出てしまえば、どれ程の被害になるのか想像も付かない。


 何をおいても穴を塞ぐ事が最善であり、ギルド側が何十年と調査を一切しなかったのも頷けてしまうイリス達は、地底魔物(クリーチャー)を地上へと流出させない事が、自身の命よりも遥かに重いのだと悟ってしまった。


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