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この青く美しい空の下で  作者: しんた
第十一章 前に進め
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"女は度胸"

 

 洞穴を暫く進んでいくと、すぐに負傷者達を目視するイリス達。

 男性一人と女性一人の冒険者で、装備を見る限りでは剣士(フェンサー)盾戦士(フェンダー)のように見えた。その表情は疲れ果てた様子をしており、これだけイリス達が近づいても気付く様子はなかった。

 恐らくだが、魔物除けの匂いで意識が遠のいているのかもしれないと、冷静に考えていたイリスに漸く手前の女性が気が付き、続けて男性もこちらを向きながら、女性と同じように目を丸くしながら言葉にしていった。


「――!? 貴女達、どうしてこんなところへ!?」

「ま、まさか、助けに!? ……いや、二人じゃそれはないか……。ここに逃げて来たのか?」


 一瞬だけ光が戻った男性だったが、すぐに暗い表情へと戻してしまった。

 仲間が一人穴に落ちて安否不明、動ける仲間は魔物の闊歩する森を二人だけで荷馬車でも一日半はかかる街を目指し、自分達は薄暗く危険な洞穴内で負傷し動けない。

 どれだけの精神的、肉体的疲労感を感じる事なのか想像に難くないが、ここで時間を使う事も出来ないイリスは、手短に言葉にしていった。


「ホルストさんとマルコさんから大凡の話は伺いました。

 これから私達は、洞穴内部に落ちた方の捜索に向かいます」


 洞穴内に静かに響いていくイリスの声に、驚愕の表情を露わにした二人は強く反発していくも、やるべきことは変わらないと決意をしてしまっている彼女達の心に届く事はなかった。


「な、何言ってるのか分かっているのか!? ここはダンジョンの可能性があるんだぞ!?」

「それもたった二人で何が出来るって言うのよ!? ダンジョンだったらどうするの! 大人しく救助を待ちなさい! 大体ホルストは何をやってるの!? こんな若い子達を二人だけで送るだなんて、正気とは思えない!」

「落ち着いて下さい。私達は私達の意志でここにいます。

 ですが、差し迫る状況かもしれませんので、もう一人の方が落ちたと思われる場所を教えて頂けませんか?」


 淡々と言葉にするイリスに、唖然としたまま固まってしまう二人。

 正直何を言っているのか理解出来ずに、思考が停止してしまっているようだ。


 彼らの仲間が落ちた場所を、イリスが尋ねたのには理由がある。

 既に構造解析ストラクチュアル・アナライズで穴の場所も、深さも把握済みではあるが、ずかずかと歩いて行ってその場所に降りてしまうと、後に色々と面倒な事になる為、二人に尋ねていた。

 出来る限り穏便に事を運びたいのだが、もし教えて貰えないのであれば調査の振りをしながら穴に落ちなければならない。

 だがそんな事をすれば、二人が追いかけて来てしまう事も考えられる。

 彼女達は強めにイリス達への反発を言葉にするが、それも心配しての事だと理解出来るし、もしここで行き成り姿が見えなくなってしまえば、本当にイリス達の捜索に来る可能性があった。そうなれば作戦を大きく修正しなければならないどころか、一気に危険な状況へと陥ってしまう事となるだろう。最悪の場合、全滅する事もあり得る。


 そんな事をイリスが考えている間に、二人の思考が追い付いて来たらしく、何やら考え込んでいたが、その様子から察するところ、どうやって仲間の救助を止めさせるかを考えているように見えた。


 出来れば納得した上で、それを教えて貰いたいのだけど。

 そう思っていたイリスの横からシルヴィアが、彼らに言葉を強めに放っていった。


「あら、冒険者とは、何をするのも"自由"ではないのかしら? 救助に行くのも止めるのも、全ては本人次第と認識していたのですが、違うのかしら?」


 少々嘲りとも思えるシルヴィア言い方にかちんと来た女性盾戦士(フェンダー)は、眉を(しか)めながら言葉にするも、苛立っている感情が隠し切れない声色をしていた。


「…………道なりを進んで右に曲がった先にある空間の、右壁の辺りよ。……私は止めたからね?」

「ええ。ありがとうございます」


 笑顔で言葉にしたシルヴィアは、女性の前にライフポーション四つとスタミナポーション二つ、それに二人分の食料を二食置き、持って来た空の大瓶に魔法で水を注いでいく。

 これだけあれば救助まで持つだろうと予測した二人は、洞穴の奥へと進んでいった。


 *  *   


 女性が言葉にした位置にまで辿り着いたイリス達。

 正確な場所の手前で立ち止まり、小さく言葉にしていく。


「あの手の類には、ああいった言い方が効果的ですわねっ」

「もう。私はひやひやでしたよっ。怒らせちゃってたらどうするんですかっ」

「その場合は、普通に調査の振りをすればよいのです」


 どこか楽しそうに話すシルヴィアに、少々呆れてしまうイリスだった。


 目の前に広がる穴はとても小さなもので、小柄な者しか通れない程の大きさの様だ。

 これだけの小ささとなると、ヴァンは勿論、ロットでさえも通れなかったと理解出来たシルヴィアは、思わず言葉にしてしまった。


「イリスさんの仰った言葉が、ここにも影響していましたわね」

「そのようですね。これはロットさんでも通れなかったと思います」

「偶然とはいえ、何だか幸運のようにも思えてきましたわ」

「鎧が無ければヴァンさんでもぎりぎり、といったところでしょうか」

「そうですわね。ダンジョンを鎧無しだなんて危険極まりますが」


 そうですねと苦笑いをしてしまうイリスだった。

 続けてイリスは最初の目的を話しつつ、穴の構造の再確認していく。


「まずは落ちた女性(・・)と合流しましょう」

「そうですわね」

「構造からすると三十二メートラほど落下しますが、保護結界プロテクション・カバーもかかってますし、着地の心配はありません。念の為、衝撃吸収用の魔法を着地前に使いますので安心して下さい。ただ……」


 そう言葉にしたイリスは話を途切れさせてしまうが、その先は言わなくても十分に理解出来たシルヴィアはそれに答えていく。


「……落下、ですものね……。流石に訓練はしていませんわね……」

「……はい。私もです……」


 そもそも落下の訓練などあるのだろうかと言葉にしかけたイリスだったが、そんな軽口をたたいている暇などないのだから、まずは合流を優先しなければと気を引き締めて深呼吸をしていった。


「全てが無事に済めば、笑い話になりますわ。

 ここは気合を入れましょう! 女は度胸ですわ!」

「そうですね! では行きましょう!」

「ええ!」


 気合を入れ直し、イリス達は穴に飛び込んでいった。


 三十二メートラともなれば、着地までそれほど時間はかからない。

 落下中なのだから、言葉に出す余裕はあまりないと言えるだろうし、五層に着く前に言の葉(ワード)を言葉にするよりも、イメージのみで魔法を発動させた方が確実だと考えたイリスは、"衝撃吸収ショック・アブソープション"を言葉に出さず発動させていった。


 同時に着地するも、見えない柔らかなものに包み込まれる感覚を感じるシルヴィア。

 イリスの魔法のお陰でかすり傷を負う事なく、無事に目的地へと辿り着けたようだ。


 だが魔法を解除した瞬間に、二人は顔を顰めてしまう。

 重ったるい湿気のような空気を帯びたその場所は、明らかに上とは異なった世界であると再認識させられた。

 濃密で息苦しい、まるで周囲の危険を肌で感じてしまっているかのようなピリピリとしたものを感じながら、少しずつ息を整えていくイリス達だった。


 内部構造もどうやらイリスが想定していた通り三メートラはあるようで、狭いながらも戦える場所となっていた。

 ホッと胸を撫で下ろしながら、無言でハンドサインをシルヴィアに見せ、頷いた彼女と共に、女性の下へと向かっていく。


 既に暗視(ノクトヴィジョン)を使ってある為、ダンジョン内部の石質まではっきりと見えるようになっているイリス達だったが、その構造は自然に作られたとはとても思えないようなものだった。

 中でも特に気になるのは、爪のようなもので深く傷付けられた無数の痕だ。

 その抉られた部分の大きさも気になるが、まるでそれは何者かがこの空間を掘り進めているかのようにも思えてしまう。

 そしてこの灰色の石質は、どこかで見た事があるような気がするイリスだったが、実際に壁に軽く触れてみただけでもパラパラと崩れ去ってしまうかなり脆い物らしく、やはり勘違いかと思いながら小さな空間へと向かっていった。


 そんな事を二人は考えていると、どうやら目的地の空間に辿り着いたようだ。


 要救助者がいる場所には、穴に落ちた先の近くだとシルヴィアにも分かっていた。

 しかし索敵(サーチ)系の魔法では、魔物の表示がイリスにしか見る事が出来ない。

 本来この系統の魔法は、レティシアの時代では誰もが扱えるものであり、その力の強弱は人によって様々ではあるものの、索敵(サーチ)自体を扱えない者はほぼおらず、対象の反応を見られないという事そのものがあり得ない事ではあった。


 これもレティシアの成した事の一つとはいえ、索敵(サーチ)くらいは仲間達に教えるべきだったかもしれないと今更ながらに思っていたイリスだったが、まさかこんな状況になるなどと想定出来る訳もなく、現状で出来る事を考えるのに集中していった。


 少々集中力が保てないような空間に思えてしまうが、早めに慣れなければ命に関わるだろう。余計な事はなるべく考えずに、最善策を取っていかなければならない。

 まるで集中力をかき乱されている気持ちにも思えてしまうこのダンジョンは、本当に危険な場所なのだと感じていたイリスだった。



 徐々に狭くなっていく通路の先に、女性が横になっているのが見えた。

 遠巻きに見てもその方は、獣人の女性のようだった。


 身長は約百六十五センルほどで、年齢もシルヴィアと同じくらいだろうか。

 細身の女性で、肩まで伸びた黒に近い濃紺のミディアムヘアを、後ろで束ねているようだ。シルヴィアともネヴィアとも、またイリスとも違った感じの、可愛らしさを残した美人さんだった。

 格好は胸部にミスリル製と思われる軽鎧を身に纏い、とても動き易そうなショートパンツと丈夫そうなブーツ、背中にダガーと左腰に小さなバッグを付けているようだ。

 頭には可愛らしい黒い耳を乗せ、膝下まで伸びた可愛らしい黒い尻尾が力なく地面に横たえていた。


 見たところ大きな怪我も無いようだが、魔物除けの薬から発せられる途轍もない匂いで、ひっくり返ってしまっているようにもイリス達には見えた。

 とりあえず無事で何よりと言った表情を浮かべながら、イリスは彼女に保護結界プロテクション・カバーをかけていった。



 シルヴィアさんの身長表記がされていない事に今更ながら気が付きましたので、ついでに三姉妹も合わせて書かせて頂きます。


イリス

百五十四センル


ネヴィア

百五十八センル


シルヴィア

百六十四センル です。


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